第6話 取材(4)
「なんてねー! ビックリした? 私を本物のラブコメヒロインだと思った? ねぇねぇ? 今どんな気持ち?」
結衣はイタズラが大成功した子どものように頬を赤くさせ、ニコニコと楽しそうに笑っている。
「くっそ。一瞬でも可愛いと思った俺の純情を返せ」
瑞樹はわざとらしく不貞腐れたようにため息をつき、スタスタとソファーに歩み寄ってドカッと腰を下ろした。
結衣はそれを「あはは、待ってよー」と嬉しそうに追いかけて、相変わらずパーソナルスペースを完全に無視し、ピッタリと瑞樹にくっついて座る。
「楽しいなー、瑞樹くん」
「もう騙されないぞ! そうやってあざといラブコメムーブをしたって無駄だ!」
「あはは、私にとっては大切な『ネタ』なんだよー。今、閲覧良いから落としたくないんだー」
「……ネタ? 閲覧?」
瑞樹が怪訝そうに小首を傾げて結衣を見ると、結衣は「やべっ」という顔をして、素早くプイッと顔を逸らした。
「おお? なんだなんだ結衣さん。今の単語、詳しく話してもらおうか?」
「……フン、フフン、フフーン」
「甘いわ! その誤魔化し技は先ほど既に俺が見切っている! 話さないなら、こうだ!」
瑞樹はわざとらしく両手をわしわしと動かし、無防備な結衣の脇腹へとその手を滑り込ませた。
「きゃふっ!?」
結衣はビクッと身体を大きく跳ねさせ、唇の端をぶるぶると震わせた。
「ふっふっふ。もしや貴様、くすぐり耐性ゼロだな!?」
「あははははははっ! やめっ! ほんとに無理なの私っ!」
瑞樹は悪役のように瞳をキラリと輝かせると、固くガードを閉じようとする結衣の脇腹へ再度指先を滑り込ませる。
「お前が白状するまで! くすぐるのを! 止めない!」
脇腹、首筋、お腹。あらゆるウィークポイントを、文字通り手探りで容赦なくまさぐる瑞樹。
「あははははははは! だめっ! わかった! わかったからぁ!」
ソファーの上で暴れ悶える結衣を追いかけながら、瑞樹は半ば我を忘れてくすぐり続ける。結衣が身をよじって激しく暴れるものだから、瑞樹の手の甲や腕に、時折女の子特有の柔らかな部位がちょこちょこと触れてしまっているが、白熱する二人はそれどころではない。
「あはははは! やめっ! 死ぬぅ!」
ところが、結衣がバタバタと脚をもたげて暴れた拍子に。
ふいっと、瑞樹の手が結衣の太ももの内側、そのさらに奥の際どい部分を押し上げるような形になってしまった。
「――ひゃっ!」
瑞樹はそれにすぐには気付かず、笑いながらくすぐりの手を動かし続けていた。
「ほぉら、どうした! 泣け! 喚け!」
が、しかし。
結衣の表情が、ただ笑い転げているものから、急激に熱を帯びた恥じらいの紅潮へと変わっていくのを感じ取り、瑞樹はハッとしてピタリとその手を止めた。
少し荒い息を吐きながら、瑞樹は強引に元の悪役のトーンを取り繕う。
「ふっふっふ。これでわかったか。俺に逆らうと、お前は一生笑い地獄から抜け出せなくなるのだ!」
「……話すから……もうくすぐり禁止!」
結衣は顔を真っ赤にしながら、涙目でぷくっと頬を膨らませた。瑞樹は「よろしい」と満足げに頷き、ソファーに座り直す。
「で? ネタとか閲覧って?」
結衣は瑞樹の顔をチラリと見ては恥ずかしそうに顔を背け、そんなことを数回繰り返した。やがて、無言でジッと見つめてくる瑞樹の執念に観念したように、小さくため息を漏らした。
「はぁ……。私、ネットで小説書いてるの」
チラッと、瑞樹を向く結衣。瑞樹は真剣な表情で見つめ返していた。
「ほら、前言ったじゃん? 私たちの本屋での劇的な出会い、どこかに小説として投稿するとかしないとか」
「あー」
瑞樹は懐かしい思い出を振り返るように、視線を天井に向けた。
「え、でもあれ、ただのお決まりのおふざけ的なノリだったのでは?」
「そこはほら、私も夢みがちガールだからさ。実際に書いてみたら、意外と面白いんじゃないかと思って」
「なるほど」
瑞樹と結衣は、ある意味で劇的な出会いをした。ネット上のゲームで意気投合したオタク友達同士が、実はリアルでは隣町に住んでいて、同じ中古ショップに通う高校生で、そこで出会いを果たしたのだ。
「でも結衣。『手が届かなくて困ってる美少女と、そこに颯爽と現れるイケメン男子が実はネット上で友達でした』みたいな話は……」
「割とあるよね。シチュエーションこそ違えど、そーゆー『美少女』との出会いとか『美少女』との関係って、使い古されてはいると思う」
あえて『美少女』の部分を強調して言う結衣。
「ほう? では、何か打開策のアイデアがあったんだね、結衣くん?」
瑞樹はわざとらしく、無い顎ヒゲを触るふりをする。
「もちろんだよ、瑞樹くん」
結衣も乗っかり、かけてもないインテリメガネをクイッと上げる素振りをした。
「あのね。ラブコメみたいなシチュエーションに憧れるオタク女子が、自分の気付かぬ間に現実でラブコメみたいなシチュエーションに遭遇するんだけど、なんせ本人が無自覚だからドキドキも何もしないの」
「ふむ」
「一方で、ラブコメ嫌いでクールなオタク男子がそのシチュエーションに巻き込まれるんだけど、そのオタク女子がなんてことない顔でゼロ距離で迫ってくるもんだから、オタク男子の方が毎回ドギマギさせられて……気付いたら、その子のことを好きになってた。みたいな!」
瞳をキラキラとさせて、楽しそうに結衣は自身の小説のプロットを語る。
「この話のエピソードに、私たちのリアルの出来事を反映させていこうかなって思ったんだよね」
結衣の話した設定の物語は、なんだかどこかで聞いたことがあるようで、だけど具体的な作品名は思い浮かばなかった。
いや、そもそも現代において、ありとあらゆる設定はすでに出尽くしている。そこに、生きた人間の「誰も考え付かなかったオリジナリティ」や「リアルな質感」を加えることで、名作や傑作が生まれるのだ。
「その時の現場の雰囲気とか、感じたこととか、リアルに表現出来ると思って。あれ? 現実だとこのラブコメ展開、意外とドキドキしないな、とか。逆に、思ってもみなかった些細なことにドキドキするぞ? とか」
「なるほど。リアルに体験したからこそ、より本物の解像度で感情を表現できる……か。面白そうだな?」
「でしょー!」
結衣はキャッキャと喜ぶ。
「それで、結構反応が良いんだ?」
「うん。初めての投稿だったんだけど、毎日500PVくらいあって、感想とかも少しだけど貰えたんだー。多くの人に読んでもらうにはまだまだ拙い文章だけど、やっててすごく楽しいんだよね」
そう言って笑う結衣の顔が、いつものふざけたときのニコニコとは違う、心から充実している本物の笑顔に見えた。
「よし、じゃあ俺にも読ませて」
瑞樹が手を差し出して「スマホを寄越せ」と催促すると、結衣はそのスマホを胸にギュッと抱き込んで、首をぶんぶんと激しく振った。
「だめ! 瑞樹くんには絶対見せない!」
よほど恥ずかしいのか、顔を真っ赤にさせてソファーの上で身を縮める結衣。
自分の書いた創作の文章を、しかもモデルにした本人の友達に読まれるのは、死ぬほど恥ずかしい。その気持ちはオタクとして痛いほどわかる。だが、そう必死に隠されると、余計に読みたくなるのが人間の性だ。
瑞樹はまた、両手を空中でわしわしと動かして見せる。
「いいのかなぁ? また、あの地獄の笑いタイムが待ってるぞ?」
「…………っ」
結衣は頬を極限まで赤らめ、自身を守るように小さく身を構えた。両手で胸元や下半身のガードを固める。
「……やっ!」
「え?」
「やっ……!」
それは、本気の明確な拒絶という感じではなかった。だけど、いじらしい表情で必死に身を守る結衣の姿に、思わず瑞樹の胸が大きく跳ね、ゴクリと生唾を飲み込んでしまう。
(いかんいかん!)
瑞樹は内心で首を振り、湧き上がる煩悩を強引に振り払うと、「仕方ないなぁ」とわざとらしく呟いた。
「じゃあ『死家』、観るか」
ソファーに座り直し、テレビのリモコンを操作する。
そろそろ見始めないと、深夜の最新話のリアタイに間に合わなくなる。なんたって第一話だけで三時間もあるのだから。
「うん……」
結衣もホッとしたように身を正して座り直すが、すぐにいつものように、きゅっと瑞樹の左腕に触れるゼロ距離をキープしてくる。
瑞樹が録画してある番組一覧から『あいシてるHOUSE』の第一話を探して画面をスクロールしている中。隣で少し俯いていた結衣が、ボソッと、瑞樹にだけ聞こえる声で呟いた。
「……完結したら、見せるから」
その控えめな約束の言葉に、瑞樹はスクロールする手を止め、目を丸くした。
そして、彼女の髪をそっと撫でるような優しい視線を向け、微かに微笑んだ。
「おう。……楽しみにしてる」




