第6話 取材(3)
「うまーっ! 瑞樹くん天才!? 実は銅人なの!?」
土曜日の夕方。瑞樹は約束通り、結衣の住むワンルームマンションを訪れていた。二人で『死家』こと『あいシてるHOUSE』を第一話から一気に観て、そのまま深夜の最新話をリアタイで視聴するというオタクの鑑のような約束のためだ。
「来る時に夕飯の材料も買って来て! そして作って!」という無茶な甘えを受け入れ、瑞樹はキッチンを借りて甲斐甲斐しく手作りボロネーゼを振る舞っていた。
「せめて料理なら『鉄人』だろ! 何故あえて銅に格下げした!?」
「ねぇ知ってる? 瑞樹くんが無意識に選んだこのパスタ麺。ブロンズダイスっていって、表面がザラザラしてるからボロネーゼとかカルボナーラみたいな濃厚なソース系に最適な麺なんだよ?」
「ブロンズだから銅!? 安直! そして伝わりにくいわ!」
結衣はあははと笑ってボロネーゼを一口啜ると、両頬に手を当てて「美味しいー!」と全身で喜びを表現した。トマトとひき肉、そしてニンニクの食欲をそそる香りが小さな部屋に満ちている。
「なんで結衣はそういう無駄な知識はあるのに、料理がまるで出来ないんだ?」
「『知ってる』と『出来る』は別ものだよ、少年」
「ドヤ顔で胸を張るな」
どうやら聞くところによると、結衣は自炊を一切しないらしい。しないというか、壊滅的に出来ないらしい。
いくらなんでもパスタの麺ぐらい茹でられるだろうと手伝いを請うたが、買ってきた乾麺を袋から出し、そのまま電子レンジに突っ込もうとしたのを見た瞬間、瑞樹は彼女を強制的にソファーへ座らせて大人しく待っていてもらうことにしたのだ。
電子レンジという文明の利器に対する彼女の信頼感は、常軌を逸していた。
「一人暮らしで一切自炊しないって、ちょっと経済的ではないと思うが? 俺たちのようなオタクは、グッズやら円盤やらで金がいくらあっても足りないだろ」
「……ん? 瑞樹くん、何故私が『一人暮らし』だと知ってるの。もしかして私のこと……」
「つけ回してもないし、監視もしてないからな?」
結衣のニヤニヤとした言葉を遮って、瑞樹は即座にツッコミを入れる。
「玄関の靴の数とか、どう見たって一人暮らし用のワンルームの家具の配置だろ。……てか、前回来た時に何故言わなかった? 俺が性欲にまみれたケダモノだったらどうするつもりだったんだ」
瑞樹は上品にフォークにパスタを巻きつけながら、呆れたように一口食べる。
「瑞樹くんは、そんなことしないもーん」
「……」
「…………え、するの?」
「しないわ!」
そうだよねー! とニコニコ笑いながら、結衣はペロリと最後の一口を食べ終え、「ご馳走様でしたっ」と綺麗に両手を合わせた。
空になった食器をキッチンに持っていく結衣の背中に、瑞樹はふと気になったことを声を掛ける。
「他にも……男の友達とか、誰か来たりするのか……?」
カチャン、と食器をシンクに置いた結衣は、くるりと振り返った。そしてニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべながら瑞樹に歩み寄ると、ソファに座る瑞樹のすぐ隣に、ベッタリとゼロ距離で腰を下ろした。
「えーなになに? 瑞樹くん。私が他の男を部屋に連れ込んでたら、嫌なのー?」
意地悪く目を細めながら、結衣はツンツンと瑞樹のほっぺを指先でつつく。
瑞樹は照れ隠しに、ふいっと顔を反対側へ背けた。
「……嫌だな。嫉妬する」
「へ? ……へー……ふーん?」
冗談で返してくると思っていた結衣は、瑞樹のあまりにも素直な本音に虚を突かれたように目を丸くした。
瑞樹は顔を戻すと、今度は分かりやすく照れた表情を浮かべて固まっている結衣の柔らかいほっぺを、両手でむにっと摘み返した。
「えーなになにー? 結衣さん、俺が嫉妬するって言って、もしかしてちょっと嬉しかったのかなー?」
「ふぁー! うざー! 瑞樹くんとの親密度が上がりすぎて、うざさが垣間見えてきてる!」
「頑張れ結衣! 後少し親密度が上がれば、『親友』から『気になる』にランクアップだぞ!」
「なんで私が瑞樹くんを攻略してることになってるの!?」
ギャーギャーと言い合いながら、二人の笑い声が部屋に響く。
楽しい。本当に、結衣と過ごすこの時間が、心の底から楽しい。
シェアハウスでの狂気も、自分が背負っているものも何もかも忘れて、ただの「古河瑞樹」という等身大の高校生でありのままでいられる、唯一の時間。
だからほんの少し、脳のストッパーが外れて、つい本音がこぼれ出てしまう。
「……結衣との楽しい時間を、独占したい」
「えっ……?」
時が、止まった。
「あっ、いや、その」
瑞樹は思わず口をついて出たその言葉の破壊力に気づき、慌てて訂正しようとした。しかし、あまりにも直球過ぎて、それを取り繕うような都合の良い別の言葉がすぐに見つからなかった。
(まあ、いいか)
思っていることはちゃんと言葉にして伝える。それが、あのカフェで瑞樹と結衣がやり直した、二人の大切なルールなのだから。
瑞樹はこれ以上彼女の顔を見ていられなくなり、自分の食べ終わった食器を逃げるようにキッチンに持っていくと、スポンジに洗剤をつけて皿洗いを始めた。
「フン、フフン、フフーン」
気まずさを誤魔化すように、わざとらしく鼻歌を奏でる瑞樹。
すると、背後からトコトコと足音が近づいてきて、結衣が瑞樹の隣に並び立った。彼女は何も言わず、瑞樹が洗った食器を受け取り、流水ですすいで水切りトレイに並べていく。
無言の時間。
シンクに当たる水音と、皿が重なる音だけが響く中、二人は黙々と作業を進める。
沈黙が続けば続くほど、気まずさよりも、甘酸っぱい恥ずかしさがどんどんと膨張していく。
たまらず、瑞樹のほうが先に耐えられなくなった。
「……何かしらツッコんでくれませんか、結衣さん?」
「え? あ、うん。ごめ……」
らしくない、しどろもどろな反応。
横目で盗み見ると、結衣はほのかに頬を赤く染め、ずっと俯き加減で皿を水洗いしている。
普段の快活な彼女からは想像もつかない、どこかしおらしくて女の子らしいその表情に、瑞樹は内心の心臓の鼓動が跳ね上がるのを必死に抑えた。
結局、なんて言葉を紡ぎ出せばよいかわからないまま、無言で洗い物を終えた。
やがて全ての食器を処理し、順番にタオルで手を拭く。
「さて、ソファーに戻ってアニメ観るか」と瑞樹が振り返ろうとした、その時だった。
くいっ、と。
結衣が、瑞樹の服の裾をちょこんと指先で引っ張った。
瑞樹が振り返ると、結衣は顔を耳の裏まで真っ赤に染め上げ、潤んだ瞳で上目遣いに瑞樹を見つめていた。
そして、考えられないほど小さな声で。
だけど、瑞樹の脳天を完全にショートさせるにはでかすぎる、なんともラブコメヒロインの決定打のような台詞を口にした。
「……私も……あなたを、独占したいよ」




