第6話 取材
小学生になった更科雫は、どこに行くにしても、何をやるにしても、常に古河瑞樹の背中にべったりとくっついていた。
内気で恥ずかしがり屋で、何よりも争い事や波風が立つことを極端に恐れていた彼女は、いつしか自分の本当の気持ちを隠すことが息を吸うのと同じくらい当たり前の癖になっていた。
だからこそ、雫は瑞樹という自分にとっての絶対的な存在と一緒にいることを選んだ。
瑞樹の隣にいれば、自分が決断を下す必要はない。いつだって『瑞樹の選択』を『自分の意思』として上書きし、同化させることができるからだ。結果として、その強固な依存関係が、空っぽな雫の自己肯定感を辛うじて維持させる命綱となっていた。
周囲の同級生たちからは、「瑞樹の金魚のフンだ」「どうせ瑞樹のことが好きなんでしょ」なんて、心ない言葉やからかいを投げられることもあった。
けれど、雫はどう考えても『まったくもって、その通りだ』としか思えなくて、悲しくなるどころか、瑞樹の特別でいられることが誇らしくさえ思えていた。
――そんな彼女が、ひた隠しにしてきた『本当の自分』を瑞樹の前に曝け出したのは、小学六年生の卒業間際のことだった。
それが雫にとって、どれほど命を削るような勇気を出した告白だったのか、当時の瑞樹には正確には測りきれなかった。
けれど、誰もいない放課後の教室で顔を引き攣らせ、小さな両手をギュッと震わせ、まるで死刑宣告でも待つかのように慎重に言葉を選ぶ彼女の姿をまじまじと見せられたら、さすがの瑞樹でも、雫がこれまでの人生で一番の一大決心をして口を開いたのだということだけは、痛いほどに察することができた。
「わたっ、私……!」
夕日が差し込む静かな教室。雫は、震える声でついにその秘密を口にした。
「実は……オタク、なんだ……」
その、あまりにも悲痛な告白を聞いた時。
馬鹿にするでもなく、嘲笑するでもなく、瑞樹は単純に、心底拍子抜けしたように『なんだ、そんなことか』と思った。
そして、思ったと同時に、そのまま声にも出していた。
「なんだ、そんなことか。誰か殺しちゃったのかと思ったよ」
瑞樹のそのあっけらかんとした反応を受けた雫は、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、心底驚いた様子で固まっていた。
彼女はずっと恐れていたのだ。
この秘密を知られれば、大好きな瑞樹に馬鹿にされる。気持ち悪いと笑われる。嫌われて、見捨てられる。
そう信じて疑わなかったからだ。
しかし、予想とは全く違った瑞樹のフラットな反応に、雫の瞳からポロポロと大粒の涙が溢れ出した。驚き、安心し、そして心の底からの嬉しさを感じるとともに、こんなにも長い間一緒にいた瑞樹という『たった一人の友達』の深い性根を、全く理解できていなかった自分がひどく恥ずかしくなった。
更科雫という女の子は、自分を殺してでも他人に合わせようとする、誰よりも心優しい子だった。
そして古河瑞樹は、そんな彼女の弱さも秘密もすべて丸ごと飲み込んでしまえるほど、もっと、もっと優しい子だったのだ。
「雫は、何が好きなの? アニメ? それとも漫画?」
瑞樹は前屈みになり、雫の踏み出した一歩を全面的に肯定し、その胸の内に隠し持っている『宝物』をすべて自分に曝け出してくれと、優しく手を差し伸べた。
その瞬間、雫の顔から長年憑いていた重い憑き物が取れたように、清々しく、柔らかい表情が浮かんだ。
言いたいけど、言えない。伝えたらどうなるかわからないから怖い。そんな雫の臆病な心を、「大丈夫だよ」と、瑞樹は優しく、完璧に包み込んだ。
それからというもの、瑞樹と雫は、二人きりで遊ぶ時は必ず、雫の大好きなアニメや漫画の世界を楽しむようになった。
遊や一花、朱音といった他の幼馴染たちには決して明かされない、秘密の共有。
それは、瑞樹と雫だけが知っている、甘くて優しい『二人だけの小さな楽園』の始まりだった。




