第5話 復讐(7)
溝口という男が、入学当初から朱音に執拗な告白を繰り返していたことは、朱音本人からその相談を受けるよりもずっと前から、瑞樹は知っていた。良くも悪くも、奴のチャラついた行動は目立っていたからだ。
正直に言えば、最初は瑞樹も、ここまで大掛かりな事態になるなんて想定していなかった。
ただ、朱音が自分以外の他者と付き合うことで、外の世界の冷たさに触れて苦しい思いをしたなら、その傷を優しく慰めて塞いでやることで、自分への依存度をさらに高められるかもしれない。
瑞樹の胸の内にあったのは、そんなありふれた打算だけだった。
何故なら、溝口の第一印象は『ただのチャラい不良』だったからだ。
そんな見た目とは裏腹に、朱音からは「誠実で、真面目で、優しい人」だと聞かされていた。しかし、瑞樹が水面下で少し調べた彼の実態と、朱音が語る人柄との間には、あまりにも酷い乖離があった。
だからこそ、瑞樹は「これは使える手駒だ」と直感したのだ。
溝口の真実を知るのは、実に簡単だった。
彼の出身中学を調べ、同じ中学校に通っていた生徒のSNSアカウントをいくつか特定し、メッセージで中学時代の彼の素行を鎌を掛けて聞いただけで一発だった。返ってきた答えは、誠実さや真面目さなど微塵も存在しない、底辺の不良生徒だという事実だけだった。
初めは本当に、このクズに遊ばれて悲しむ朱音を慰める。
この『依存の構図』さえ作れれば、瑞樹はそれだけで満足だったのだ。
――その計画が、甘く猟奇的に肥大化したのは。
あの中古ショップの前の角路地で、結衣を『ビッチ』だと侮辱したあの先輩不良が現れた時だ。
あの時、奴が見せて来た怪しげな裏サイト。手軽にヤれる女子高生の写真と個人情報が勝手に載せられていたあの掲示板を、奴が自信満々にスワイプしてラインナップを見せびらかして来た時。
その画面の中に、一瞬だけ、見知った金髪の女の子が映り込んだのを、瑞樹の目は見逃さなかった。
朱音だった。
顔こそスタンプで隠されていたものの、同じ屋根の下でずっと一緒に暮らしている瑞樹には、その背丈も、服のセンスも、立ち姿の癖も、一目でわかった。さらに、ご丁寧にも『馬鹿』『ヒス女』『処女』という情報まで一緒に掲載されており、それはもう確信へと変わった。
そこで瑞樹は、ある一つの黒い予想を立てた。
溝口もまた、この裏サイトの利用者であり、サイトに載っているこの女子高生と、同級生である城ヶ崎朱音を同一人物だと認定したのではないか。だからこそ、ゲーム感覚で執拗に告白を繰り返し、落とそうとしていたのではないか、と。
すぐに、その予想は確実のものとなった。
結衣に迫った件の先輩不良を呼び出し、少しばかり『物理的な恐怖』を与えて問いただすと、溝口がその先輩の不良グループの末端にいることがわかった。そして案の定、あの忌々しいサイトを利用して女漁りをしていることも、あっさりと吐いた。
溝口が朱音に何度も告白し、付き合えた後すぐに「家に来ないか」と誘い続けた理由。
それは愛情でもなんでもない。最初から、朱音の純潔な『体』だけが目的だったのだ。
これは、最高の舞台装置に使える。
そう、瑞樹は歓喜した。
溝口の家に行けば、確実に『取り返しのつかないこと』が起こると確信した。
その計画の中で一番のネックだったのは、溝口の部屋に監視カメラを設置するという物理的なミッションだった。
別に、警察に突き出すための事件の証拠を確保することが目的ではない。しかし、今後この手駒を完全にコントロールするためには、相手の致命的な弱みを握っておくに越したことはない。念のための『保険』として、動画を用意しておくことにしたのだ。
朱音から聞き出した溝口の住所へ初めて訪れたのは、事件の三週間ほど前だった。
僥倖だったのは、この高級住宅街の景観ルールのおかげで、高いブロック塀や、家の中からロックを解除するタイプの厳重な門扉がなかったことだ。道路から玄関まで、何も遮るものがない。
事前に下見は出来た。どこかの窓の鍵さえ開けられれば、容易に家の中に侵入できる。
しかし、瑞樹にプロのようなピッキングの技術があるわけでもなく、ガラスを割って入ればすぐに警察を呼ばれてしまう。足がつくリスクは極力ゼロにしたかった。
だから瑞樹は、正面から堂々と入ることにした。
『溝口設備株式会社』の人間に扮することにしたのだ。
先日の土曜日。朱音が溝口と会うために家を出た後。
街でデートをしてから夜に溝口の家に向かうというスケジュールは、朱音から事前に聞いて把握していた。だから、瑞樹は先回りする形で、昼下がりの溝口の自宅を訪れた。副市長である母親が、休日のため在宅しているのは確認済みだった。
ホームセンターで揃えた作業着を纏い、クリップボードを持ってインターホンを鳴らす。
そして、玄関から出てきた母親に対し、完璧な営業スマイルで「ご主人様の会社から参りました。夏に備えて、各部屋のエアコンの無料点検と清掃を回っております」と伝えた。
すると母親は、自分の身内の会社の人間だと完全に信じ込み、疑うことなく簡単に瑞樹を家に入れてくれたのだ。自社の社員だと偽ったことが功を奏したのか、あるいは富裕層特有の油断か、点検に同行して監視されることもなく、瑞樹は容易に溝口の部屋に侵入し、エアコン付近の通気口の隙間に小型の監視カメラを仕掛けることに成功した。
溝口家のWi-Fiルーターのパスワードは、リビングに無防備に貼られていた。それを勝手に設定させてもらったので、カメラが録画した映像は、リアルタイムで自動的にクラウドにアップロードされる仕組みだ。だから、後日危険を冒してカメラを回収しに行く必要すらなくなった。
唯一の懸念は、小型カメラのバッテリーが持つ数日間の間に、本当にこの部屋で『その日』が来るかどうかだった。そう何度も、同じ手口で侵入するわけにはいかないからだ。
しかし、そんな瑞樹の心配は全くの杞憂に終わった。
瑞樹の完璧な目論見通り、溝口はその日のうちに朱音を部屋に連れ込み、その純真を、本人の抵抗も虚しく暴力で無残に犯してくれたのだ。
すべてが。
何もかもが、瑞樹の引いた糸の通りに、上手く進みすぎた。
日曜日の夕方。
衣服を破られ、顔を腫らし、すべてを失ったかのようにボロボロになって帰ってきた朱音の姿を見た時。瑞樹は、悲しむフリをしながらも、心の奥底で沸き上がる歓喜で、思わずニヤけてしまいそうになるのを必死に堪えていた。
朱音は、瑞樹にとって、何よりも大事な幼馴染の一人だ。
全幅の信頼を自分に寄せてもらい、あわよくば甘い恋心さえ抱かせ、「瑞樹くんがいなければ、私は生きていけない」と錯覚するくらいに、骨の髄まで愛し尽くしてやる。
そして。
最高に美しく、完成されたその瞬間に。
――この手で、殺してやるのだ。
唯一の誤算は、朱音の綺麗な肌が瑞樹以外の者の手で穢されてしまったことだ。
それだけは許せなかった。
朱音を初めて穢すのは、瑞樹でなければいけなかった。
許せない。
だから溝口には、両親共々消えてもらうことにした。
「ああ……楽しみだ……」
瑞樹は雲一つない夜空の満月を、キラキラとした瞳で見上げて、一人家路についた。




