第5話 復讐(5)
結衣と駅前で解散した瑞樹は、歩きながら制服のポケットからスマホを取り出し、画面の時刻を確認した。
夕方の十六時を過ぎた頃。
通りは、部活に入っていない帰宅部の高校生たちや、そのまま遊びへと向かう若者たちの弾んだ笑い声で、少しばかりの賑わいを見せ始めていた。
瑞樹はそんな平和な喧騒に背を向け、シェアハウスのある場所とは真逆の方向にある、閑静な高級住宅街へと歩を進めた。
立派な門構えの一軒家が立ち並ぶこのエリアは、この街でも比較的地価が飛び抜けて高い。つまり、一握りの裕福な家庭の層が集まる特別なエリアなのだ。
綺麗に舗装された歩道の脇には美しい花壇が等間隔で設置されており、住民自らが自宅前の花壇に好きな花を植え、手入れして管理することが暗黙の義務となっている。
また、道路や公園などに落ち葉やゴミが放置されることは決してなく、定期的に住民たちが集まって一斉にこの区域の清掃を行うという徹底ぶりだ。
この富裕層が住まうエリアは、景観を皆で守り、皆が気持ち良く生活することが強く求められる。聞いた話では、外壁や屋根の塗装も、一定の償却期間を過ぎたら景観維持のために必ずやり直さなければいけないという規約があるらしい。
何が言いたいかというと、この住宅街に住むには、金銭的にも精神的にも「圧倒的な余裕」のある人間しか、そもそも住むことを許されないのだ。
瑞樹は、その高級住宅街の中でも一際大きな敷地を誇る、ある豪邸の前で静かに足を止めた。
北欧のログハウスをそのまま持ってきたかのような、オシャレで威圧的な存在感を放つ一軒家。
立派な門柱に掲げられた大理石の表札には、『溝口』と彫られている。
この家は、この街でも三本の指に入る大きな企業『溝口設備株式会社』の社長家族の持ち家だ。民間の仕事から街の公的なインフラ工事まで幅広く受け持つ、安心と信頼を兼ね揃えた優良企業。
その会社の社長である父親と、この街の副市長を務めている母親、そして甘やかされて育った一人息子の三人が暮らしている。
「…………」
瑞樹は、躊躇うことなく門柱のインターホンを押した。
ピンポーン、という上品な電子音が鳴る。
少し待つと、ノイズ混じりのスピーカーから、瑞樹と同年代くらいの気怠げな男性の声が返って来た。
『はい』
「城ヶ崎朱音のことで、話がある」
『……は? なんのことか……』
溝口。
あの朱音の元彼であり。
外の世界に怯えながらも必死に踏み出そうとした朱音を騙し、暴力を振るい、その純粋な心と身体を無残に穢した、万死に値する張本人。
「ちょっと家に入れろよ、クズが」
低い、地を這うような瑞樹の声。
防犯カメラのレンズを見据える瑞樹の瞳からは、すでに一切の感情が綺麗に消え去っていた。
白眼すらも黒く泥濘んで見えるような、モニター越しにすら圧倒的な死の恐怖を与える、深淵の闇のような視線。
遊に「復讐なんて意味がない」と冷静に正論を説き伏せた瑞樹自身の怒りは、とっくの昔に限界の頂点を超えていたのだ。




