12 路地裏の夕焼け
夕暮れが、下町の狭い路地裏を琥珀色に染め上げていた。
石畳のあちこちに干された洗濯物が揺れ、どこかの家から夕飯の支度をする煮物のにおいが漂ってくる。王宮の張りつめた空気とは違う、人の生活のする場所だ。
「……あの菓子職人のおじさん、頑固そうでしたね……」
少し前を歩くクラリスが、そういってフフッと微笑んだ。
表通りからは裏路地を三つも四つも抜けた先、地図にも載らないような悪立地の店だ。それでもエレナが一番喜ぶ素朴で丁寧な焼き菓子を作る店として、この界隈では知る人ぞ知る名店だ。
ユージンは、クラリスが大事そうに抱える菓子の箱をちらっと見て、小さく頷いた。
「……ああ、あんな場所で店を続けているのは、金の為じゃなく、ただ自分の旨い菓子を食わせたい連中がいるからなんだろう」
二人で歩く距離感は、どこか奇妙なほど淡々としていた。ユージンの実家である私設騎士養成所とクラリスの家との距離はそんなに遠くない。近所だから、幼いころから互いの家の前をすれ違ったことはあったはずだが、言葉を交わした記憶はない。
ユージンは鍛錬に明け暮れる「養成所の息子」、クラリスは幼いころから家計を支えていた「侍女の娘」。
住む世界が違えば、近所に住んでいても決して交わらない__下町特有の、見えない境界線があったのだ。
ユージンはふと、彼女が胸元でしっかりと抱えて込んでいる菓子箱に目を留めた。
「……随分と大事そうだな」
ユージンの言葉に、クラリスは少し照れたように頬を染め、自分へのご褒美であるその菓子箱をいっそう愛おしそうに抱きしめ直した。
「ええ……。これだけで、明日またお仕事を頑張れそうな気がします」
その純粋な言葉に、ユージンは小さく笑みをこぼした。
「ならいい……楽しんで」
「はい……ユージン様も、どうぞお気を付けて」
クラリスはもう一度深々と頭を下げて、家へと歩き出した。
ユージンはその背中を見届けて、荷物を担ぎ直すと養成所へと歩き出したのだった。




