表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロドニア再建記 2__お転婆姫と無自覚な専属騎士  作者: AKIRA


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/15

11 宝石箱の選別

 路地裏の工房は、重厚なオーク材の扉の向こうにあった。チリン、と小さな鈴が鳴り、二人が足を踏み入れるとそこは、外の喧騒とは隔絶された「琥珀色の沈黙」が広がっていた。

鼻腔を満たすのは、砂糖と蜂蜜、そして僅かに漂うカルダモンの芳香。ガラスなどない職人の誇りが詰まった巨大な木箱の戸棚が、まるで宝物庫のように壁を埋め尽くしている。


「わぁ……っ」


クラリスが小さく声を漏らした。職人が鍵を開け丁寧に布を取り去ると、そこには砂糖漬けの食用バラの花びら、マジパンで作られた精巧な果実たち、金箔を少量散らしたドライフルーツのコンフィーがビロードの上に並べられていた。


ユージンはその光景を背景に、楽しげに菓子たちを眺めるクラリスの横顔を見ていた。王宮でレティシアの奔放さに付き合うときのあの「厳しい」眼差しは影を潜め、どこか穏やかな空気が漂っている。


「クラリスさん、どれが一番君の目に留まる?」

「えっと……この砂糖を纏った紫のお菓子……」

「それは菫の砂糖漬けだ……選別された極上品だよ……ではこれをクラリスさんに……」

「……ええっ!こ、こんなすごく高価な……私なんかが頂けるものではありません!ユージン様、どうかキャンセルを……」


クラリスは目を丸くして狼狽し、慌てて手を振った。貴族の社交場でも見かけるか見かけないかの超高級品であることを彼女も知っていたのだ。こっそりレティシアに食べさせて貰ったのかもしれない。

しかしユージンはその抗議を耳に入れていないかのように、淀みない動きで指を滑らせた。


「……で、こちらの胡桃と蜂蜜の焼き菓子を」

「……はいよ。……スミレの砂糖漬けと、胡桃の蜂蜜菓子ね」


クラリスがなおも何かを言おうと口を開きかけたが、ユージンのあまりにも当然のような態度に言葉を飲み込んでしまった。


「……義父(おやじ)は、何も言わないが、たまにこうやって義母(はは)に買ってくるんだよ」

「……そうなんですね」


工房の奥で、職人が手際よく木箱に緩衝材を詰め、リボンをかけていく。ユージンはその一連の動作ををじっと見守っていた。彼は穏やかな声で、しかし、はっきりと菓子職人に語り掛けた。


「……店主。一つ頼みがあります」


職人が作業の手を止め、怪訝そうな顔でユージンを見上げた。しかし、ユージンの真摯な眼差しに気圧されたのか、自然と背筋を伸ばした。


「実は、私の義母(はは)が此処の菓子を大層気に入っておりましてね……これからも、どうかその素晴らしい品質を落とさずに、良いものを提供し続けては頂けませんか」


ユージンは、あえて「金を払う客」としてでの立場ではなく、「素晴らしい仕事を続けてほしい」と願う一人の理解者として言葉を紡いだ。こんな辺鄙な路地裏でひっそりと営む……庶民の為の菓子とはいえ高級品である。苦労も多いはずだ。

彼は革袋から金貨を取り出し、カウンターの端に置いた。


「これは貴方方への腕への敬意……どうぞお収め下さい」


職人たちは呆然として、金貨と端正な顔立ちのユージンを交互に見つめた。客からこのような形で「品質の維持」を乞われ、さらにそれに見合う以上の対価を提示されることなど、この工房では初めてのことだったのだ。

数秒の沈黙の後、職人は深々と頭を下げた。その表情には商売人としての欲ではなく、職人としての誇りが滲んでいた。


「……有難う。そう言って貰えるなんて職人冥利につきますよ……その期待、決して裏切りませんよ。必ずや、次回来られるときも、最高の品を出します」


ユージンの注文は、単なる菓子を買うという行為を超えて、職人の心に「良い仕事」への情熱の火を改めて灯したようだった。


工房を出た後、クラリスは、スミレの砂糖漬けとおまけにプチ焼き菓子をいくつか選んでもらい、驚いたように、けれど嬉しそうに箱を抱きしめ、ユージンの横を歩いていた。


「ユージン様……あんな風に、他の方の仕事に敬意を払えるところ、とても素敵でした」

「……そうか?ただ、旨い菓子が喰えなくなるのが困るだけだ」


ユージンはそっけなく言ったが……実は自分はエレナが焼く菓子以外は、あまり手を出さない。エレナが喜ぶ顔をただ見たいからだけの理由に過ぎなかったのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ