10 市場の喧騒と休暇中の騎士
「……足元に気を付けて」
王宮の立派な廊下ではない舗装されていないでこぼこ道を、レティシアの歩調に合わせて歩く時と同じように、ユージンは自然とクラリスの横で速度を落とした。そんな無意識の配慮が、クラリスの胸をどうしようもなく騒がせる。
市場に着くと彼らはエレナから頼まれた買い物リストを淡々と__しかし周りから見れば、若いカップルが楽し気にデートしているようにも見えた。
「まずは人参……葉の色が濃く土のにおいがするのがいい。形は多少不揃いでも……」
「……ユージン様、よくご存じで……」
「……あ、いいや。ガキの頃から母さんによくくっついて教えてもらってたからな」
「そうなのですね……」
そういって鮮度抜群の人参を抱えるユージンの姿に、青果商のおじさんがニヤニヤと笑いかける。
「おうや、ユージンさんよ、今日は可愛い娘さんをつれて、あんたも鼻が高いだろうよ」
「ちっ、違いますっ!ただの買い出しですっ」
クラリスが、慌てて否定する……顔は真っ赤なトマトのようになっていたが……。ユージンは笑みを浮かべ、無言でさりげなく人波から彼女を庇う位置にキープしていた。
次は乾物屋と香辛料の店だ。ハーブティー、キビ砂糖、ナッツ、香辛料……。クラリスがキビ砂糖の価格に驚き一瞬躊躇したが、ユージンはお構いなしに支払いを済ませる。……「檻」に入れられているお陰で、彼の給料はほとんど残っている状態だ……笑えない話である。
シナモンの香りが漂う店先で、店のおばあさんが二人をじろりと見て、ぼそぼそと声を潜めていった。
「あんた……建国祭の時のイケメンの騎士様によく似てるねぇ……後ろのレティシア姫も可愛らしかったけれど、この子も随分と可愛いらしい……」
それからクラリスにも囁いた。
「……あんた、良い旦那を見つけたねぇ、お嬢ちゃん!」
「う……っ……⁈いや、あの、その……っ!」
クラリスが顔を真っ赤にして弁明しようとする横で、ユージンは社交辞令のような乾いた笑みを返した。
「……有難うございます。そのように言って頂けるのは光栄ですよ」
(ユージン様は……何を言われても全く動じないし、褒められたとしか受け取ってないんだわ……)
クラリスの胸がチクリと痛んだ。彼はただ市場の人々の好意的な言葉を事務的に処理しているだけなのだ。
最後に、二人は、エレナお気に入りの菓子工房に立ち寄ることにした。




