13 休日の終わり
アルベール邸のダイニングテーブル。ユージンは宮殿から運んできた数本のボトルを静かに置いた。
琥珀色のその液体は『王室ご用達』の最高級品。日頃、安酒で喉を焼いているモラン、ガストン、アルベールにとっては、眩しすぎるほどの逸品である。
「……お前、これって、王室ご用達の酒……か?」
ガストンが驚愕に目を見開く。騎士団の長であり、ずいぶん昔、共に養成所で訓練を耐え抜いてきた兄貴分である彼でさえ、この銘柄を目の当たりにするのは初めてだ。
モランもアルベールも一瞬だけ言葉を失った。
ユージンは三人のその顔を見て、フッと小さく、しかし心の底からの笑みを浮かべた。
ガストンは警戒しながらも、しかしいつもの癖でガツン……と煽ろうとした瞬間__。
「喉が……焼けない……?なんだ、これ……?」
ガストンは動きを止め、思わずグラスを見つめた。普段なら喉を通過する瞬間に感じる「痛覚」が全くなく、代わりに鼻腔を抜ける甘美で深遠な香りに脳が麻痺する感覚。蜂蜜を溶かしたような甘美な余韻が舌の上で溶けていく。驚くほど滑らかでフルーティーな口当たりだった。
「……驚いた。酒というより、極上の果実をそのまま絞ったような気品だ。……こんなもの、俺の人生で一度も口にしたことがない」
モランもまた、メガネを外し、うっとりとその琥珀色の液体を透かして見た。アルベールもまた、深々とため息をつく。長年飲んできた安酒特有の雑味とは無縁の、洗練された「優しさ」が、疲れた彼らの身体に、じんわりと染み渡っていく。
ユージンは、その三人の反応を静かに眺めていた。
「……気に入ってくれて良かった」
「いいなお前……こんな酒を毎日……」
ガストンがぼやくとユージンは苦笑する。
「……飲めるわけないだろ?」
ユージンは自分のグラスに触れようともしない。
「『あれ』(レティシア)からの呼び出しがいつ来るか分からないんだぜ?……喉が焼けるほど強い酒を飲んで麻痺させることも出来ないし、かといってこんな高級酒を楽しむ余裕もないんだ。……だから、せめてあなた達に飲んで欲しい……俺の代わりに、この静寂を愉しんでくれればそれでいいんだ」
三人はユージンの言葉の裏にある「感謝」を汲み取った。
彼にとってのこの酒は、自分を支えてくれる数少ない理解者たちへのせめてもの贈り物なのだ。
またユージンは義父アルベールが元気でいてくれること、そしてあの懐かしい訓練の音が響く養成所が守られていること。それこそが、ユージンが王宮でどれほど汚れようとも、決して折れないための「心の防波堤」だったのだ。
「……義父、あまり無理はするなよ」
ユージンは低く、しかし確かな声で言った。アルベールはグラスを置くと不意に息子をジロリと見据えた。彼は、息子がただ高級な酒を持ってきただけではないことに気が付いていた。
「……養成所のことか」
アルベールがポツリと呟くと、ユージンは微かに頷いた。
「……王宮という場所は人を食いつぶす。俺はこの先……あそこから出られなくなるか分からない。だけど養成所だけは残してほしいんだ。俺が、俺であることを思い出させる唯一の場所だから」
アルベールは暫くの間、言葉を探すように酒を見つめ、やがて太い指でグラスを握りしめた。
「お前は此処を……養成所を『帰りたい場所』だと思ってくれているのか」
「……そう思える場所があるから、俺は俺でいられる」
そうはいっても、遠い目をしているユージンを複雑な思いで見るアルベール。
彼の、横顔に見え隠れするゼノスの影「孤独」を支えてやらなければと改めて思ったに違いない。
レティシア姫様→姫様→レティシア→お転婆→あれ
ユージンの彼女への呼び方が変わっていくこの面白さをお楽しみください(笑)




