事実
何かおかしい……。
ハンナに言われ、温室へと向かうリーナたち。
その最中、リーナはある違和感を覚えていた。
やけに静かすぎる気がする。
いつもなら、温室まで行く途中で使用人や、騎士たちに会うはずなのに。
もう温室が目の前なのに、誰一人として会わない。
ほとんどの騎士たちが、屋敷を空けているからかもしれないけれど、それでもここまで来るのに見張りが一人も居ないのはおかしい。
リーナは不審に思ったため、引き返そうかとハンナとジークフリートに声をかけようとした時だった。
ハンナが突如足を止めたため、リーナはハンナとぶつかってしまいそうになる。
リーナは「ハンナ? どうしたの?」と問いかける。
その時、リーナの頭の中で何かがよぎる。
それは、過去に戻ってくる前、リーナが殺されてしまう前日。
リーナの部屋の中で、誰かと話している場面だった。
相手はメイド服を着ており、その顔はよく見覚えがある。
「ハンナ……?」
記憶の中のメイドの顔と、こちらを振り返るハンナの顔が重なる。
そして、そうだったと思い出す。
あの日、ハンナのお勧めのお店に、エーデルとシュタインのプレゼントを買いに行ったんだった。
……でもどうして今、そのことを思い出したんだろう?
「お嬢様」ハンナはリーナを振り返ったかと思えば、そうゆっくりと呼ぶ。
そんなハンナに返事をしようとした時だった。
「お嬢様! 走ってください!!」
「え……」
突如、ジークフリートがそう大きな声を出したかと思えば、リーナの手を引き走り出そうとする。
だが、リーナたちの目の前に現れたそれを見て、足を止める。
前に一度、エーヴィッヒと共に目にした、恐ろしく気味の悪いそれを目の前にし、リーナの足はすくむ。
「いつの間にこんなに……」
リーナとジークフリートの周りには、例の化け物が囲むように立っている。
リーナも、敵の気配には敏感なはずのジークフリートも、その存在を目にするまでは気が付かなかった。
ジークフリートは、リーナを庇うように立っては、剣を抜き、化け物たちに剣先を向ける。
「こんなに大量の化け物……エズワルド令嬢ではないな。ゼーゲン司祭の差金か」
ジークフリートは、肩越しに顔を後ろに向けては、リーナの後ろにいるハンナを睨みつけながらそう話す。
「エズワルド令嬢……? ゼーゲン司祭の差金かって……?」
そうジークフリートの言っていることが理解できていないリーナとは違い、ハンナは「あなたには関係のないことです」と淡々と返す。
その光景に、リーナは戸惑うも、今はどういうことか尋ねている暇はない。
「お嬢様、私の側を離れないでくださいね」
ジークフリートの言葉に、リーナは頷く。
ハンナの「捕まえて」という言葉に、化け物たちはリーナとジークフリートめがけて来る。
それをジークフリートは、リーナを守りながら剣で斬っていく。
初めて、ジークフリートが剣を振るっているところを見たが、騎士たちの噂通り強かった。
大柄な体で剣を振るっているので、豪快だが、決して力任せだけではない。
ジークフリートは強い。
けれど、相手はあの化け物。
普通の人間とは違い、一振りだけでは倒れることはない。
リーナを守りながら、一人で何体もの相手をしているので、日頃鍛えているジークフリートでも辛そうだ。
こんなに化け物が集まり、剣を振るっているのにも関わらず、誰も助けが来ない。
やはり、誰も寄らないように温室周辺の人を払ったのだろう。
リーナが何とかして屋敷内にいるバルドゥールや他の騎士たちに助けを求めることはできないか。
そう考えていた時、ジークフリートの手から剣が落ちた。
「ジークフリート!! 後ろ!!」
リーナが気づき、そう叫びながらジークフリートを庇おうとするも、遅く、ジークフリートに向かい、一体の化け物が拳を振り上げた。
その瞬間、二メートルは超えるジークフリートは、宙に舞った。
あまりにも衝撃的なことで、スローモーションに見える。
ドサッと音を立て、ジークフリートはその場に転がる。
「ジークフリート!!」
リーナはジークフリートのもとへと駆け寄ろうとするも、目の前を化け物が塞ぎ身動きが取れなくなる。
バケモノの隙間からジークフリートが見えるも、動いている様子はない。
「そ、んな……」
リーナがそう震える声で呟いた時。
鈍い音が響くのと同時に、リーナは意識を手放した。
◇
「……お姉ちゃん……お姉ちゃん……!」
薄っすらと開く視界の中、どこからかまだ幼さを残す少女の声が聞こえて来る。
お姉ちゃん……? と不思議に思いながら、その声を頼りに目を覚ます。
視界の先には紫の髪をし、紫の瞳を持つ少女が、安堵したような表情を浮かべていた。
「ここ、は……」
リーナは辺りを見渡しては、自身の手首と足首を縄で縛られていることに気がつく。
ふと隣にいる少女を見てみると、少女も同じように手首と足首を縄で縛られていた。
「良かった……お姉ちゃん、死んじゃったのかと思った」
涙で濡れた跡がある顔で、笑顔を見せる少女。
そんな彼女に、リーナは「あなたは……?」と問いかける。
「私はリア。お姉ちゃんと同じ、フォルトモント出身だよ」
「フォルトモント……!」
リーナは思い出す。
そういえば、温室にハンナとジークフリートと向かい、襲われたのだったと。
ジークフリートは!? と辺りを見渡すも、リーナとリアという少女だけで他に誰もいない。
そんなリーナに「どうしたの?」と首を傾げるリア。
リーナは「ここはどこかわかる? どうして私たちは縄で縛られているの?」と問う。
リアはゆっくりと「ここがどこかはわからない」と首を横に振る。
「けれど、お姉ちゃんのことは、背の大きな男の人が運んできたよ」
「大きな背の男の人……?」
「うん。ローブを身に纏っていたの」
ローブ……神聖国の人間?
だったらここは、神聖国の中?
そういえば、ジークフリートがハンナに向かって、ゼーゲン司祭の差金かって言っていた。
その前にはエズワルド令嬢の名前も……。
リーナがそう考えていた時だった。
鉄の扉が開いたかと思えば、誰かが中に入ってきた。
リーナはその人物を見ては、酷く驚いた顔を浮かべる。
「ごきげんよう、ヴァンディリア令嬢」
「エズワルド、令嬢……」
部屋の中に入ってきたのは、エズワルド令嬢、ブリューテとハンナの二人だった。
リーナは、ハンナを見ては「……この状況、説明してくれる?」と言う。
すると、ハンナではなくブリューテが「見た通り、あんたはハンナに騙されたのよ」と馬鹿にしたように言う。
「ハンナは元々私のメイド。私の指示で、ヴァンディリアでメイドとして働いていたの」
「どうしてそんなことを?」
「どうしてって……」
ブリューテはそう言うと、リーナを思い切り睨みつける。
「あんたの行動を監視するためよ」
「行動を……?」
「あんたが気に入らないから、随時報告させていたの。何か弱みでもあれば、それをばら撒いてやろうと思ってね」
ブリューテは「それに」と続ける。
「これはゼーゲン司祭の頼みでもあったからね」
「ゼーゲン、司祭……」
リーナは、なるほどと納得する。
前世、なぜいきなり私を殺した犯人にブリューテの名が上がったのか。
恐らくそれは、前世でもブリューテとゼーゲンは手を組んでいたのだろう。
だが、ゼーゲンの裏切り……というよりかは、初めからブリューテに全ての罪をなすりつけようとしていたのだろう。
私が殺されたのは、全てブリューテの嫉妬から来たものだということにされていた。
「あんた、フォルトモントとかいう血を引いているんだって? 良かったわね。ヴァンディリアの血を引いていないから、何の役にも立たないと思っていたけど、少しは役に立つじゃない」
「フォルトモントのことを知っているの……?」
リーナは驚いた表情を浮かべては「……だったら、ゼーゲン司祭が何をしようとしているかも知っているの?」と問う。
だが、ブリューテは「そんなの知るわけないじゃない」と言う。
「ただ、フォルトモントはアサーナトスにとっては害でしかないから、始末しなくてはならないって」
リーナは、儀式のことやゼーゲン司祭の本来の目的は聞かされていない? と眉をひそめた。
でも、始末すると知っていながら、私を捕まえることに協力したのは事実。
どちらにせよ、ここにいるのはまずいわね……。
その時。
扉が再び開いた。かと思えば、よく見知った人物が姿を現し「皆さん集まっておられたのですね」と気味の悪い笑みを浮かべる。
その人物に、リーナは「ゼーゲン司祭……」と警戒心を強めるのだった。




