違和感
エーデルたちが化け物と対峙していた同じ頃、神聖国とは別の場所へと向かっていた、団長率いるヴァンディリア騎士団らの元にも、それぞれ例の化け物が現れていた。
「ラインハルト団長……!!」
声のする方に、ヴァンディリア騎士団団長、ラインハルトが顔を向けると、そこには深手を負った隊員がおり、その隊員を支えて立つ隊員も傷を負っているようだった。
ラインハルトは、目の前の化け物を剣で斬っては彼らのもとへと駆け寄る。
「酷い傷だ……すぐに手当てをしなければ」
そう話すラインハルトらのもとに、一人の隊員がやって来ては「ここはひとまず撤退した方がよろしいかと」と話す。
「数は我々の方が多いですが、到底人の力とは思えないくらい力が強く、一人につき、我々数名で向かうのがやっとです」
「深手を負っている者もいますし、このままでは死人が出てしまいます」
彼の言葉に、ラインハルトは一瞬、考える素振りを見せるも頷くと「ひとまず撤退する。動ける者は傷を負った者を連れ、その場を離れてくれ」と指示を出す。
同時刻、マティアスらシャッテンヴェヒター、皇宮騎士団らの元にも例の化け物が現れていた。
「な、なんなんだ……こいつらは一体……」
そう一人の皇宮騎士団の青年が、目の前に広がる光景を見て呟く。
一見人に見えるが、人ではないその気味の悪い存在に、思わず足がすくんでいるようだ。
青年は、剣を持つ震える手に力を入れているも、足が動かない。
近くでは、シャッテンヴェヒターの騎士たちがその化け物たちと戦っている。
その様子を見て、化け物の相手は野蛮なシャッテンヴェヒターに任せればいいんだ。そういった考えが過ぎり、青年はゆっくりと後ずさりをし、その場から逃げようとする。
だがその時、誰かに体がぶつかり、青年はゆっくりと後ろを振り返る。
「……っ!!」
裂かれた口元には血が滲み、目は血走り焦点が合っていない。
青年も鍛えており、かなり体格がいい方だが、それを上回るほどがっしりとした体。
青年は恐怖のあまり、顎が震え、喉の筋肉が硬直し声が出ない。
青年のすぐ後ろには、例の化け物が立っていたのだった。
化け物の目玉が、ギロっと青年を捉える。
剣を抜けば、まだ助かるかもしれない。そう思うも、恐怖で体が動かない。
化け物は「ゔー……ゔー……」と息を荒げながら、青年の首を片手で掴んでは、そのまま持ち上げ、青年の足は地面から浮く。
力は強く、必死に離そうとしても首から手は離れることはない。
「ゔっ……!」段々と顔は真っ赤になっていき、やがて青紫になる。
もうだめだ。そう思った時だった。
どこからか、矢が飛んできたかと思えば、化け物の腕にその矢が刺さる。
その事により、化け物の気が矢が飛んできた方に向けられ、青年はその場に投げ落とされる。
青年はその場に投げ落とされては、激しく咳き込む。
そして、霞む視界で化け物の先を見る。
そこには、散々自分が馬鹿にして来たシャッテンヴェヒターの団長がおり、全く臆することなく剣を化け物に振り落とす。
鍛え上げられているシャッテンヴェヒターや、皇宮騎士団でさえ、数名がかりで一体と戦っているのに、シャッテンヴェヒターの団長は、たった一人でその化け物を倒した。
そして、青年の元へと行くと、青年に手を差し出す。
「よう、立てるか?」そう聞いてくる団長に「何で、助けた……」と問う青年。
団長は、一瞬考える素振りを見せると「散々バカにして来たやつを助けるのは気持ちがいいからな」とニッと笑みを浮かべる。
その言葉に戸惑う青年。
だが団長は直ぐに「なぁんちゃって」と言うと、青年の腕を掴み、無理やり立たせては肩に手を回し「いくらやな奴でも見捨てるのは騎士道に背くってうちの副団長様がうるさいからな」と言うのだ。
そんな団長に、青年は「な……!」と抵抗しようとするも、団長の力の方が強く、直ぐに抵抗するのをやめた。
◇
「失礼します」
そうどこか慌てた様子で談話室に入って来た、ヴァンディリアの騎士、ルドルフ。
そんなルドルフに、リーナたちの視線は向けられる。
ルドルフは深刻そうな表情を浮かべては「……たった今、神聖国他各地で例の化け物が現れていると連絡がありました」と話す。
その言葉にリーナたちは「そんな……!」と立ち上がる。
「現在、死亡者はいないようですが、数名、怪我人が出ているようで……」
ルドルフの話にシュタインは「俺たちも向かった方がいいかな?」と副団長のバルドゥールに尋ねる。
だが、バルドゥールは首を横に振り「恐らく、エーデル様たちは撤退を採られると思います。戻ってこられるまでは、こちらで待機しておきましょう」と話す。
シュタインは「……そ、うだね」と頷きソファに座り直す。
前までのシュタインなら、感情任せで動いていただろう。
だが今は、冷静にバルドゥールの意見が正しいと判断している。
そんなシュタインを見ながら、リーナの心の中は不安でいっぱいだった。
夢の中で見た光景。
それは、例の化け物が次々と剣を持った人たちを投げ倒していた。
帝国の中でも上位の強さを持つ騎士団が集まっているが、夢で見た光景が本当なら、相手はかなり手強い。
現に怪我人が複数出てるって言うし……。
リーナがそう考えていた時、突如、頭に激しい痛みが走る。
「ゔっ……」と頭を押さえるリーナに「リーナ?」「お嬢様?」とシュタインとエマは駆け寄り、バルドゥールらも側に寄る。
「どうしたの? 頭が痛むの?」
そう心配そうに覗き込んでくるシュタインに、リーナは「……少し頭が……大丈夫だから安心して」と笑みを浮かべるも、冷や汗をかき辛そうだ。
バルドゥールは「無理をしては、体に良くありません。ひとまず、部屋でお休みになられてください」と手を差し出す。
リーナは「ありがとう……」とバルドゥールの手を取る。
側にいたエマは「私もお供します」と二人の後に続く。
「リーナ、大丈夫かな……」
そう心配そうに、談話室から出て行くリーナを見送るシュタイン。
その隣でジークフリートもリーナたちのことを見送っていた。
「——何かあれば、直ぐにお呼びくださいね」
そう言うバルドゥールに、リーナは「ありがとう」と返すと、バルドゥールは胸に手を当てお辞儀をし、部屋から出て行く。
ベッドでリーナは寝転がり、その側でエマが心配そうにリーナのことを見ている。
「お嬢様、具合はどうですか?」
「先よりはマシになったよ」
リーナがそう言うと、少し安心したように頷くエマ。
「きっと緊張状態が続いているので、余計お体に障ったのでしょう。しっかりと体を温めてくださいね」
「ホットミルクをお持ちしますね」
エマはそう言うと、リーナの部屋から出て行く。
エマを見送ると、リーナは一つため息をつく。
何だったんだろう……そういえば、前にも一度激しい頭痛に見舞われた時があったっけ……。
確かその時、何かを思い出しそうになって、そのタイミングで……。
リーナがそこまで思い出した時だった。
コンコンッ——と扉を叩く音がする。
リーナはエマかな? と思い体を起こすと「どうぞ」と声をかける。
だが、返事はなく、どうしたんだろう? と不思議に思ったリーナは、ベッドから降り、扉を開ける。
「あら、ハンナ!」
扉の前にいたのは、メイドのハンナでリーナは「どうしたの?」とハンナに問う。
すると、ハンナは「……温室の調子が悪いようで、花が枯れてしまっているので、一緒に来ていただけますか?」と問う。
「温室……?」リーナは、どうして今? とふと疑問に思うも「わかったわ」と頷く。
その時「お待ちください」と声がする。
「ジークフリート」
そこには、ジークフリートの姿があり、ジークフリートは「お嬢様は体調が優れません。確認なら私が」と話す。
そんなジークフリートに、ハンナは少し慌てたように「お、温室はお嬢様が管理している場所です! お嬢様にしか入れない場所もあるので……」と返す。
「ならば後日でよろしいのでは? お嬢様の体調が良くなられてからの方が」
「で、ですが、放っておいたら全ての花が枯れてしまいます……!」
そう話す二人を見て、リーナは「ジークフリートありがとう。少し温室を見に行くだけなら大丈夫だよ」と声をかける。
ハンナは安堵した表情を浮かべるが、ジークフリートは「では、私もお供します」と言い、少しハンナの表情は引き攣る。
「そんなに心配しなくても平気よ?」
「万が一のことがあるといけませんので」
リーナは「わかった」と頷き、ジークフリート含め、三人で温室へと向かうことになった。




