突入
「準備は整いました。いつでも神聖国へと突入できます」
神聖国付近の森林で待機していたエーデルとリヒトにやって来たノアがそう声をかける。
神聖国内でアサを使った実験が行われていると踏み、神聖国にはノア率いるシセルバンの騎士団と、エーデル率いる一部のヴァンディリアの騎士団、それからリヒト率いる一部のグランべセルの騎士団が強制捜査を行うこととなった。
他にある神聖国が拠点にしている場所には、シャッテンヴェヒターや、皇宮騎士団、ヴァンディリア、グランべセルの騎士団長が率いる騎士たちが向かっている。
ノアの言葉にエーデルは頷くと「今、リヒトと話をしていたのですが、この神聖国北側の祈りの部屋が可能性が高いのではないかと」と言いながら、手に持つ紙をノアに見せる。
それは神聖国内部の構造が載った紙で、リヒトも同じものを持っていた。
「地下……のように見えますが、少しおかしな位置にありますね。どうしてここが怪しいと?」
そう問いかけるノアに、今度はリヒトが「こちらの構図を見てください」と自分が手に持つ紙を見せる。
一見、エーデルが持っているものと変わりがないように見える。
だがノアは「これは……」と驚いたように呟く。
「グランべセル公子の方には、祈りの部屋が載っていない……」
ノアの言葉に頷くエーデルとリヒト。
ノアの言う通り、リヒトの方には例の祈りの部屋はどこにも載っていなかったのだ。
「俺が持っている方が新しく描かれた構図です。使わなくなって載せなくなった……という可能性もありますが、全く使われていない南棟の懺悔室は載っています」
「となれば、わざと載せなくなった、載せられなくなった理由があると考えた方がよろしいですね」
エーデルとリヒトは頷く。
そして、それぞれ捜索する箇所を割り当てる。
「——では、例の祈りの部屋には突入してすぐに私とシセルバン騎士団数名が行きます。」
ノア率いるシセルバンの騎士たちが例の祈りの部屋を調べることとなり、先ほど今は使われていないと話に出ていた懺悔室も怪しいということとなり、そこにはエーデル率いるヴァンディリアの騎士たちが向かうこととなった。
リヒト率いるグランべセルの騎士たちは、それぞれ手分けをして各部屋を回ることとなった。
「それでは時間ですし、行きましょう」
ノアは懐中時計を胸ポケットから取り出しそう言うと、エーデルとリヒトは頷く。
そして、馬に乗り神聖国の門まで向かう。
「お待ちください! 神聖国には許可証か許可がなければ立ち入ることはできません。許可証はお持ちでしょうか?」
神聖国の門前に立つ門番はそう言って、エーデルたちの馬の前に立ちはだかる。
だがノアが「我々はシセルバン家です。この意味がお分かりですね?」とすかさず言う。
〝シセルバン家が来た〟その言葉の意味は、アサーナトスの人間なら分からない者はいない。
門番は「シセルバン家……」と驚いたように言うと「……一体、何の捜査を」と呟く。
「あなたには関係のないことです。とにかく、入らせて頂きます」
ノアは横に並ぶエーデルとリヒトに視線をやると、二人は頷き、門の中へと入ろうと馬を動かす。
その瞬間、門が開き出す。
「何、だ……? 勝手に門が……」そう驚くエーデルたち。
門番が扉を開けた訳ではないのに、勝手に門が開いている。
ガタガタと大きな音を立て、鉄の門が開く。
それと同時に「これはまた、随分な人数をお連れになられましたね」と言った声が聞こえてくる。
その声がする方を見て、エーデルたちは更に驚いた表情を浮かべる。
「静かな神聖国には、これくらいの人数のお客様がいらした方が、賑やかでいいかもしれませんね」
そう言って人当たりのいい笑みを浮かべ門の先に立っていたのは、他の誰でもない、ゼーゲン司祭だった。
ノアは眉をひそめると「あなた方神聖国に、アサを栽培し、怪しい実験を行われているという容疑がかけられています。その件について捜査をしにまいりました」と話す。
強制捜査は、捜査対象には内密に行われる。
だが、ゼーゲンはまるでノアたちが捜査を行うことを知っていたかのように、門の前に立ち出迎えている。
まさか、捜査を行う者たちの中に、内通者がいたのか。
そう考えるも、今は内通者を探している暇はない。
ノアの言葉に、ゼーゲンは「まさか、そんなふざけた噂に耳を傾け、ヴァンディリア、グランべセルと言うアサーナトスの剣を率いてやって来たのですか?」と眉を下げる。
「よほどお暇なようで。それとも、捜査がお好きなのでしょうか?」
そう話すゼーゲンに、ノアは「捜査は我がシセルバン家のお家芸ですので」と真顔で返す。
「素敵ですね」
ゼーゲンはそう言うと「そのお家芸と言うやらを拝見したいところですが、私どもの芸を先に見ていただくとしましょうか」と話す。
芸……? そう眉をひそめ警戒するリヒト。
ゼーゲンは「お前たち、出て来なさい」と声を上げる。
その瞬間、どこからか唸るような声が聞こえて来たかと思えば、ゼーゲンの周りに二十は超える数の人のようなもの……にしては、顔に血色はなくどこか様子のおかしいものたちが現れた。
一瞬、何事かと思うも瞬時に、エーデルたちは「まさか……!」と察する。
「全員、戦闘準備!!」
エーデル、リヒト、ノア以外の騎士たちは何が起きているのか理解しておらず、エーデルの言葉に動揺しつつも、馬に乗りながら剣を抜く。
その瞬間、ゼーゲン司祭の周りに現れたそのものたちは、奇声を発したかと思えば、エーデルたちに向かい走り出す。
そう。突如姿を現したそのものたちは、例のアサの力を使い生み出された化け物だった。
向かってくる化け物たちを見て、数多くの戦を経験してきた騎士たちの動きが一瞬怯む。
それも無理ない。
人のように見えるが、裂かれた口に、目玉が抜け落ちてしまいそうなくらい見開き血走った目。
そして、とても人とは思えないような動きをし、奇声を上げているとなれば、いくら腕に自信がある者たちでも初めてそれを目の当たりにすれば怯んでしまうだろう。
そんな中、エーデル、リヒト、ノアの三人もほんの一瞬、戸惑った表情を浮かべるもすぐに、馬を走らせ向かってくる化け物たちの元へと行く。
三人も化け物を見るのは初めてだ。
だが、常に人の前に立たなければいけない立場なため、自分たちが気後れしていてはダメだと先陣を切ったのだ。
そんな三人を見、怯んでいた騎士たちも気を取り直し、化け物に向かって行く。
その様子をゼーゲンは見て、ふっと笑みを浮かべその場を去る。
だが、ゼーゲンが去ったことに誰も気がつくことはなかった。
◇
床にティースプーンが落ちる音が鳴り響く。
その音に、ソファに座っていたリーナは少し体をビクつかせ、ティースプーンを落としてしまったメイド長のエマが「申し訳ありません……!」と謝罪しては、慌ててティースプーンを拾う。
そんなエマに「珍しいね。エマが落とすなんて」とリーナの向かいに座るシュタインが言う。
「本当だね」と頷いては、リーナの頭の中を不安がよぎる。
何だろう。さっきからずっと、頭の中を何かがちらつく。
何か見落としているような、それが重要なことなのかそうじゃないのかは分からない。
リーナは必死にそれが何なのか、目を瞑ってみたり、温かいお茶を飲んでリラックスさせ、思い出そうと試してみるも、全くそれが何なのか知ることはできない。
そんなリーナのことをシュタインは呼んでは「心配するなよ、リーナ。兄貴たちなら大丈夫だよ」と声をかける。
きっと、シュタインもエーデルのことを心配しているだろう。
けれど、自分まで心配しては、屋敷全体が不安に包まれてしまう。
そのことを分かっており、それに、エーデルに屋敷のことを頼まれたため、シュタインは皆を不安にさせないように明るくいつも通りに振る舞っては、皆に声をかけていた。
そんなシュタインを見て、頼もしく思うも、リーナは申し訳なくなる。
シュタインがせっかく気を遣ってくれているのに、私が暗い顔をしてはダメだ。
リーナは「そうだよね」と頷く。
そんなリーナを、シュタインの後ろで待機しているジークフリートは見つめる。




