胸騒ぎ
まだ夜も明けきらない頃、エーデルはゆっくりと体を起こしては、額に手を当てる。
エーデルはリーナの話を聞いたその晩、リーナから聞いた話と全く同じ内容の夢を見た。
それはあまりにも生々しく、そして確かに体験した記憶がある感じがした。
「……リーナが結婚を急いだのも、全部俺のせいじゃないか」
エーデルは力なくそう呟く。
『……そんなにあいつの方がいいのなら、さっさとこの家から出ていけばいいだろ』
『もう、お前に振り回されるのはうんざりなんだ。……今はお前の顔を見たくない』
あの晩、リーナが亡くなる前日、俺がリーナにそんなことを言わなければ、もっとリーナに対して優しくできていたなら、リーナが殺されてしまうこともなかったのでは。
そして、そんな怖い思いをして、再び同じ生を生きなければならないこともなかったのではないか。
考えたって仕方がないことばかり、頭の中をぐるぐると回る。
そして、震える手に力を入れては「今度は絶対に、死なせたりしない」と呟いた声が、静かな部屋に消えていく。
——同じ頃、リヒトもリーナの話通りの夢を見ており、部屋にあるバルコニーで外を見ていた。
亡くなったはずの愛しい人が、今度は家族とも仲良く、友人と楽しく自分らしく生きている。
『もう一度やり直して、思いが届かなかったとしても、今度は必ず、あなたを死なせはしない』
最愛の人を亡くした過去の自分が、最愛の人の前で震える声で、だが力強く誓ったこと。
「今度は必ず、あなたを死なせはしない。何があっても今度は俺が——」
リヒトはそう呟くと、二十歳の誕生日の時にリーナから貰ったカフスボタンを手に取り口付けをする。
未だに、信じられない。
だが、リーナが声を震わせながら話した、夢にまでみた自分たちの本来の結末。
それはあまりにも悲しく残酷で。
今度は絶対にそんな結末にはしないと、リヒトは誓うとバルコニーを後にした。
◇
「……それでは明日、約束通り神聖国へと強制捜査を行います」
ヴァンディリアには、朝早くからリヒトとノア、マティアスがやって来ており、明日、シセルバン家、シャッテンヴェヒター含め行われる、神聖国への強制捜査の話をしていた。
リーナから話を聞いて直ぐに、エーデルとリヒトは皇帝らにリーナが過去に戻ってきたことは話さず、とある人物からの情報提供があったとし、神聖国が行っていること、これから行おうとしていることを話した。
そして、シセルバン家に強制捜査を行うよう頼んだのだった。
皇帝らは、神聖国を疑っていたのか、二つ返事で頷くと直ぐにシセルバン家へと繋いだ。
「恐らく、神聖国の内部でアサの実験が行われているでしょうが、もしもの場合も考え、神聖国が拠点とする場所にも兵を派遣させた方がよさそうですね」
ノアの言葉に「そうなれば、シセルバン家、シャッテンヴェヒターだけでは少し足りませんね」とマティアスは言う。
「その点は安心してください。ヴァンディリアとグランベセルからも騎士を派遣させますので」
「皇宮騎士団からも数名、派遣させるようですしね」
エーデルとリヒトの言葉に「それは頼もしい」と頷くノア。
こうして明日、シセルバン家、シャッテンヴェヒター、ヴァンディリア、グランべセルが協力し強制捜査を行うこととなった。
ここまで大々的に、それも国内でアサーナトスの中心の家や騎士団が動くことは滅多にないこと。
ましてや、相手はあの神聖国。
どことなく、エーデルたちの間には緊張感が走っている。
「明日は聖誕祭の最終日。何が起きてもおかしくはありません。慎重に行きましょう」
マティアスの言葉に、エーデルたちは頷く。
「——リーナ」
ヴァンディリアの二階にあるバルコニーで、外を見ていたリーナにそう声がかけられる。
振り返るとそこにはリヒトの姿があり、リーナは「リヒト」と柔らかく笑う。
「会議はもう終わったの?」
「うん。シセルバン伯爵は帰られて、エーデルとマティアス副団長は談話室でシュタインと話しているよ」
「そっか……」と数回頷くリーナはリヒトに「リヒトは話さなくていいの?」と問う。
リヒトは頷くと「……明日はきっとヴァンディリアには来られないから、その前にリーナと話がしたいと思って」と言う。
「話?」と首を傾げるリーナに、リヒトは言う。
「リーナに過去の話を聞いた晩、夢で過去を見たんだ」
「え……」
「俺は過去を覚えていないから、過去のことかはわからないけれど、リーナが言っていた事を夢で見たんだ。それからリーナが話していなかった部分も」
リヒトの言葉を聞き、リーナは驚く。
まさか、リヒトが過去を見たなんて。けれど、夢で見ただけで、リヒトからしたら現実かどうかはわからないだろう。
「そして過去でも俺は今と変わらずリーナのことが好きで、ずっと思い続けていたことを知ったんだ」
リヒトの言葉を聞き、目を見開き驚くリーナ。
まさか、過去でリヒトが自分の事を好いてくれているとは思っていなかったからだ。
実際、リヒトとはそこまで親しくはなかったし、変な噂が流れて気まずさすらあったからだ。
少なくともリヒトみたいな素敵な人が自分の事を好きになることはない。
過去のリーナはそう思っていた。
だから、今、リヒトが自分の事を好いてくれていることが、嬉しくもあり、驚きもあった。
「過去も今もずっと俺はリーナの事を好きなんだと知れて嬉しかった反面、それなのにリーナの事を守れなかった自分にすごく腹が立ったんだ」
リヒトの言葉にリーナは首を横に振っては「過去も今もリヒトは私のことを守ってくれていたよ」と話す。
親しくなかったのにも関わらず、リヒトはいつもリーナの事を守ってくれていた。
今思えば、自分の事を好いてくれていたからだろうとわかるが、その時は誰に対しても紳士な対応を取るリヒトからすれば、そこに深い意味はないのだろうと思っていた。
リヒトはリーナを見ては「でも、過去のリーナは……」そこまで言うと口をつぐむ。
亡くなってしまった。リヒトは気を遣って言わないようにしてくれたのだろう。
「眠るリーナに俺は誓っていた。もし、過去に戻れるなら、今度は必ず守ると。きっとそのために今、俺はリーナの傍にいると思っている」
「だから今度は絶対に俺が、これからリーナが歩むことになる何十年先の幸せな未来も守るから」
リヒトはそこまで言うと、言葉を詰まらせる。
そして「……リーナはずっと笑っていてね」と眉を下げ笑みを浮かべる。
その言葉にリーナは何かを言おうとするも、やめては「……うん。ありがとう」と笑みを浮かべる。
リヒトが言葉を詰まらせた理由はリーナには分かった。
けれど、今ではないとリヒトは思ったのだろう。
ならば気づかないふりをするだけだ。
そして翌日、神聖国へと強制捜査を行う日。
神聖国へと強制捜査を行うのはこれで二度目だが、前回とは違い、神聖国全体を捜査するので、妙な緊張感が流れている。
「それじゃあシュタイン、それからバルドゥール家の事は頼んだぞ」
屋敷を発つ前、エーデルは見送りに来たシュタインと騎士団副団長バルドゥールにそう言う。
流石に、エーデルもいない状態で騎士団全員が家を空けるわけにはいかない。
そのため、バルドゥール含め数名の騎士は屋敷に残ることになった。
そして、エーデルはシュタインに留守を頼み、何かあった時シュタインが指揮を取るよう伝えたのだ。
シュタインとバルドゥールは「任せて」「お任せください」と力強く頷いた。
そんな二人を見てエーデルは笑みを浮かべると、シュタインの隣にいるリーナに視線を向ける。
「心配するな。絶対帰ってくるから」と笑うエーデルに、リーナは「気をつけてね」と頷く。
エーデルは頷くと、ヴァンディリアの騎士たちとともに屋敷を後にする。
いよいよ、強制捜査が始まる。
そこで証拠が出てくれば、ゼーゲン司祭含め関わっていた者たちを捕まえることができる。
けれど、この胸騒ぎはなんだろう。
まだ何か、見落としていることがあるような。
「リーナ、中に入るよ」
シュタインに呼ばれ、リーナは「あ、うん」と振り返るも、リーナは再び振り返っては、心配そうな表情を浮かべるのだった。




