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公爵家の養女  作者: 透明
最終章 終幕
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人のようなもの



 「――突然押しかけてしまい、申し訳ありません。エーヴィッヒ殿下」




 エーヴィッヒの向かいのソファに座り、そう謝罪するリーナに、エーヴィッヒは笑みを浮かべ「そんな。リーナならいつでも大歓迎だよ」と話しては、リーナの両隣を一瞥(いちべつ)する。




 「ただ、二人きりならもっと良かったのだけれど」




 エーヴィッヒの言葉に、リーナの右隣に座るエーデルが「……殿下、そのようなご冗談はおやめ下さい」と顔を顰める。


 そんなエーデルに笑みを浮かべ「冗談だと思う?」と話すエーヴィッヒ。



 今度はリーナの左隣に座るリヒトが「えぇ。そうだと思いたいですが。何せ殿下の冗談は面白くありませんので判断し難いですね」とエーヴィッヒに笑みを浮かべる。




 「これは随分な言われようだね」




 部屋の中を重い空気が流れる。


 間に座るリーナは、気まずい……と胃がキリキリして来るのがわかる。



 とにかく、話を変えなければと「あの……!」と声を発すると、三人の視線が一気にリーナに向けられる。


 そしてリーナは誰にも視線を合わせずに「喧嘩をしにきたんじゃないでしょう? 早く話をしましょう」と言う。



 その言葉に、リヒトたちは「……そうだね。ごめんね」と気まずそうにして、エーヴィッヒは一つ咳払いをする。


 そして、改めて「それで、今日は一体どんな用で僕に会いにきたのかな?」とリーナたちに問う。




 「殿下のもとにも、もう話は回っていると思いますが、昨日の夕方、俺の妹エミリアが何者かに襲われて帰宅しました」




 リヒトの話に、エーヴィッヒは「あぁ、聞いたよ。容態はどうなんだい?」と眉を下げる。


 リヒトは「幸い、軽く怪我をした程度ですみました」と答えると、エーヴィッヒは「それは良かったよ」と笑みを浮かべる。



 それは本心なのだろうか。エーヴィッヒの心は読めない。




 「わざわざ、その報告を僕にしにきてくれたのかい? 忙しいだろうに、便りでも良かったのに」




 一々口を挟むエーヴィッヒに、エーデルは「それだけではないと分かっていますよね」と眉を顰める。


 だがエーヴィッヒは「そんな怖い顔をしないでおくれ。僕はエミリアどころか君達にも剣客祭以来会っていないんだ。分かるわけないだろう?」と眉を下げ笑う。



 そんなエーヴィッヒを数秒見ては、リヒトは言う。




 「初めは、盗賊にでも襲われたのだろうと思っていました。ですが、落ち着いた頃、エミリアに話を聞くと、耳を疑うようなことを言ったんです」


 「〝人のようなものに襲われた〟と」




 その言葉にエーヴィッヒは一瞬、眉をピクッと動かす。


 だがすぐに平然としながら「人のようなもの? それはどういう意味だい?」と首を傾げる。




 「……飛び出して落ちてしまうんじゃないかと思うくらい、見開かれイカれた目をした奴が、声をかけてきたエミリアを襲ったと」


 「飛び出してしまうんじゃないかと思うくらい、見開かれイカれた目ね……」




 そう顎に手を当て、考える素振りを見せるエーヴィッヒ。


 そんな彼に、リーナは「……音楽祭の日、私と殿下が見たものと特徴が一致しますよね」と話す。



 エーヴィッヒは動きを止めると、ゆっくりとリーナに顔を向ける。




 「あの時、襲われそうになったところを、殿下は助けてくださいましたよね。その時、殿下はその人のようなものについて、分からないと仰られていましたが、確かに()()()()()()と仰られましたよね?」




 そう話すリーナを、黙って見つめるエーヴィッヒ。


 リーナは「……もし、殿下が何かご存知であるのなら、教えていただけますか?」と、エーヴィッヒを見つめ返す。



 エーヴィッヒは、一つため息をつくと「……先に言っておくけれど、僕は本当に()について何も知らない」と言う。



 「では、本当にその化け物のようなものは存在するんですね?」リヒトの言葉に、エーヴィッヒは頷く。




 「僕が噂を知ったのは、それこそ音楽祭の少し前のこと。それも、宮中で働く者たちが話をしていてね」


 「最近、朝方になるとどこからか獣のような鳴き声が聞こえて来ると」




 エーデルはエーヴィッヒの言葉に眉を顰める。

 エーデルもまた、獣のような声を聞いていたからだ。



 そんなエーデルを気にすることなく、エーヴィッヒは話を続ける。




 「初めはそこまで気にしていなかったんだけど、ある日、僕もその獣のような声を聞いたんだ。その声は皇宮からも聞こえるということは、皇宮近くか又は、()()()()にいるかと思って、皇宮内と皇宮近く……皇都辺りを探したんだ」


 「皇宮内には、それらしいものがいなくてね。まぁ、それもそうかと、声が聞こえて来る朝方、皇都を捜索していたら、例の声が聞こえてきてね」




 言っていて、だんだんとエーヴィッヒの顔が険しくなっていくのが分かる。




 「二人の騎士と捜索に行っていたから、僕は二人とその声のする方へと向かったんだ。その日は、朝からすごい靄がかかっていて、とても視界が悪かったのを覚えているよ」


 「視界が悪い中、恐る恐る声のする方へと近づくと、何か影が見えてね。四つん這いのように見えるけれど、どこか違和感を覚えたんだ」


 「狼にしては胴が長すぎるし、獣の匂いがしないと」


 「それで僕たちは、囲むようにそいつに向かい、捕まえようとしたんだ」




 リーナは、音楽祭の日、襲われそうになった時のことを思い出したのか、ドレスを掴む手に力が入り、表情が強張る。




 「けれども、襲ってきたそいつを見て、僕たちは恥ずかしい事に一瞬、足が竦んだんだ」


 「一見、人間の男の人に見える。けれど、見開かれた目に、裂けたような大きな血まみれの口。何の迷いもなく、僕たちに襲いかかってきたのを見て、これは人じゃない。人のような何かだと直ぐにわかったよ」




 エーヴィッヒの話に、とても信じられないとでも言いたげな表情を浮かべているエーデルとリヒト。


 その隣でリーナだけは、実際に見たことがあったので想像ができ、思わず肩が震えてしまった。




 「それから僕と一部の騎士たちで、内密に調査を始めたんだ。まだあれが何なのかも、どこから現れたのかも分からないまま、国民に知られれば混乱を招くと思ってね」


 「それとなく、噂を聞いて回ってはその場所へ行った。それで二回目に見つけたのが、あの音楽祭の日だよ」




 リーナに視線を向け言うエーヴィッヒに、リーナは頷く。


 エーデルはエーヴィッヒに「……もしかして、例の変死体もその化け物の仕業なのですか?」と問う。



 エーヴィッヒは「恐らくね」と頷く。




 「だったら何故、そのことを早く陛下たちに言わないんだ? 皇宮騎士団や、シャッテンヴェヒターだって動いているのに」




 そう眉を顰めるエーデルに、エーヴィッヒは数秒、黙ると「……話さなかったのではなく、話せなかったんだ」とゆっくりと言う。




 「……話せなかった?」そう問うリヒトに、エーヴィッヒは頷き言う。




 「その化け物を調べていく上で、一つの可能性に気づいたからだよ」


 「一つの可能性……?」




 リーナがそう呟いた時だった。


 コンコンッ――と、部屋の扉がノックされる音がした。



 エーヴィッヒは「……あぁ」と呟いたかと思えば「どうぞ」と答える。


 ゆっくりと扉が開かれたかと思えば、そこには一人の年配の男性が背筋を伸ばし立っていた。



 そんな彼に、エーヴィッヒは「……皇帝付きの執事が一体僕に何の用かな?」と問う。


 皇帝付き執事……? とリーナが眉をひそめたのも束の間、その執事は「お話中申し訳ありません」と声を発する。



 そして「エーヴィッヒ殿下、エーデル・フォン・ヴァンディリア様、リーナ・フォン・ヴァンディリア様、リヒト・フォン・グランべセル様。陛下がお呼びですので至急、私にご同行お願いいたします」と言うのだ。




 「陛下が……?」


 「どうしていきなり?」




 そう戸惑うエーデルたちとは違い、エーヴィッヒは「やっぱりね」と呟くと、エーデルたちに「この話の続きは、陛下も交えて話そうか」と言うのだった。

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