のような
「それは、マグヌスが愛したリーベという少女と同じ、紫の瞳にブロンドの髪を持つ十八の女性です」
ナハトの言葉に、リーナは驚きはしなかった。
あの神話の中にあった絵と、前世でリーベと瓜二つな自分が、神聖国の人間に攫われ、儀式に差し出されたからだ。
そこでリーナは一つ、疑問に思う。
「でも、リーベという少女とマグヌスの話を知っている人は限られているのでは?」
そう。ナハトが言っていた。
あの神話を知っているのは、神聖国でもナハト、ゼーゲン、大司教の三人だけだと。
ナハトは頷くと「あの神話を知っているのは、先ほど申し上げた三名だけです」と話す。
「ですが、リーベという少女がかつて存在していたことは、神聖国の人間なら知っています」
「マグヌスを誘惑し、騙し、裏切った悪女としてね」
「悪女……」と呟いては、眉を顰めるリーナ。
「まぁ、容姿については知られてはいないですがね」
「それから、例の神話について知っている者がもう一人いました」
どこか含みのある言い方に、リーナは「いました……?」とさらに眉を顰めては、ナハトに問いかける。
するとナハトは、ゆっくりと口を開く。
「……ヴァンディリア前当主、クラウス様が亡くなる前日、私は彼に例の神話の存在を話しました」
「……え?」
ナハトの話にリーナは固まる。
どう、いうこと……? と理解が追いつかないリーナ。
だが、ナハトは続ける。
「ヴァンディリア前当主が、フォルトモントのことを調べていたようで、私の元を訪ねて来たのです。何か知っていることを話して欲しいと」
「ですが私は聖職者。マグヌスを裏切る真似はできません。フォルトモントと神聖国の繋がりについて話すことはありませんでした」
「ですが、私は彼にこう話しました。〝秘められた地についてご存知ではないですか〟と」
「秘められた地……ユリスのことですね」そう話すリーナに、ナハトは頷く。
ユリスはアサーナトスとパラディースの戦争の被害を多く受けている地。
そして、そこには多くの両国の秘密が隠されていると言われているのだ。
「それだけを聞くと、ヴァンディリア前当主は何か思い当たることがあったのか、すぐに帰ってしまわれました」
「そして、ユリスにある図書館に辿り着いて、神話を見つけ出し、持ち帰り、神話を知ったヴァンディリア前当主は、同じくフォルトモントについて調べていたヴィルスキン辺境伯の元へ向かおうとしている最中に殺された」
そう淡々と話すナハトを、リーナは睨みつけると「随分詳しいんですね。まるで、公爵様の最期を見ていたみたい」と声を震わせる。
だがナハトは「ヴァンディリア前当主に、神話の存在を匂わせたのは私ですから。これくらいは容易に想像できます」と話す。
「それに、勘違いされると困りますので話しておきますが、ヴァンディリア前当主が殺害されたことに私は一切関わっていません」
ナハトの言葉に、リーナは手を強く握りしめては「……そんなこと、聞いていません。」と声を震わせる。
「公爵様の死に、誰が関わっていて関わっていないではなく、何故、公爵様に神話のことを匂わせるようなことを話したのですか?」
「もし、公爵様があなたからそのことを聞いていなければ、神話を知ることはなく殺されていなかったかもしれないのに……」
リーナは更に握る手に力を入れる。
そんなリーナにナハトは「……あまりにもしつこかったからですよ。」と話す。
「何度断ってもヴァンディリア前当主は神聖国に足を運んでは、私の元に訪れました」
「それで教えたと……?」
リーナの問いに、ナハトは「えぇ……」と頷いては、ゆっくりと話す。
「彼ならもしかしたら、彼らの馬鹿げた伝統を潰してくれると思ったからです」
その言葉に、先ほどまで力が入っていた手から力が抜けるリーナ。
そして、黙ったままナハトを見る。
「マグヌスを復活させるという儀式は、何百年と続いて来ました。それは、数多の犠牲があったということ」
「そのような馬鹿げた儀式は、もう、失われなければならない」
そう話すナハトの表情は、どこか辛そうで、リーナは「……あなたは神聖国の人間でしょう? なら、マグヌスが復活することを望んでいるんじゃないの?」と問う。
「マグヌスが復活することを望んでいないと言えば嘘になります。マグヌスは、我々神聖国の人間からすれば神であり、師であり、親でもある」
「マグヌスが烏を黒と言えば黒ですし、白と言えば白です」
「なので、それがマグヌスの教えで導きなのなら、神聖国の人間はどんな犯罪もよろこんで行うでしょう」
何とも理解し難い話だが、信仰心というのは人から考える力と判断能力を奪ってしまうのだろうと、ナハトの話を聞き思うリーナ。
ナハトは何かを考える素振りを見せたかと思えば、ただ淡々と静かに、だが力強く言う。
「ですが、どう足掻いても私は聖職者。何の罪もない者が無惨に殺されていく姿を見るのは、心にくるものがあります」
リーナはその時、初めて彼の心の声と感情の乗った声を聞いた気がした。
いつもは、まるで何かに操作されているかのような話し方に表情のナハト。
リーナは「……だったら、あなたが止めればいいんじゃないですか?」と問う。
だが、その言葉はあまり本気ではなかった。
リーナの言葉に、ナハトは視線を逸らすと「聖職者とは厄介なもので、罪のない者の死に心を痛めると同時に、信仰する相手をどんなに罪深いとわかっていても、裏切ることはできないんです」と話す。
その話を聞き、リーナは驚きはしなかった。
人の思考というものは、そう簡単に変わるものではない。
それは植え付けられた歳が幼いほど、植え付けられた時間が長いほど。
ナハトの家は、宗教国であるアサーナトスの中でも随一の信仰心を持っており、そんな環境で育てば、彼の思考も信仰心が強くなるのも必然的なことだ。
何も答えないリーナに、ナハトは「……私が今日、あなたに話した理由も同じようなものです」と言う。
「あなたなら……リーベという少女に瓜二つで、フォルトモントの瞳を持つあなたなら、何かを変えられるのではないかと」
そう話すナハトに、リーナは「……そんなに信頼されていたとは驚きです。あなたは、私の事を憎んでいると思っていたのに」と話す。
自覚があるのか、ナハトは顔色ひとつ変えない。
そして、ゆっくり口を開く。
「……えぇ。初めてあなたを目にした時から、あなたはとても目障りで不快でした」
「何故か、いつも視界に入って来ては、視界や聴覚、私の感覚全てをあなたはいつも邪魔して来る。そんなあなたが心の底から大嫌いでした」
その言葉を聞いてもリーナは驚かない。
そうだろうと思っていたからだ。
だが、それも束の間。
続けて話すナハトの言葉に、目を見開き驚く。
「ですが今は、感覚全てをあなたになら邪魔をされてもいいと、そう思うのです」
真っ直ぐはっきりと、そして穏やかな声と表情で話すナハト。
リーナはその言葉の意味が理解できぬほど鈍くはない。
どう返せばいいか分からず、言葉を詰まらせるリーナに、ナハトは「話しすぎましたね」といつもの淡々とした声と表情で話すと「先の話は忘れてください」と言う。
マグヌスによく似た見た目をしたナハト、リーベという少女に瓜二つなリーナ。
まるで、神話の中を覗いているような二人だが、二人の関係は神話のようにはいかなかった。
第五章 神話の中の話 完




