気に食わない
「やはり、流石はヴァンディリア当主ですね。剣を交えられて光栄でした」
試合を終えたリンがエーデルに向かい握手を求める。
エーデルも息を整えながら、リンの握手に応えては「こちらこそ」と笑みを浮かべる。
その瞬間、会場内には歓声と拍手が巻き起こる。
「リンに勝つとは……やはりヴァンディリア公爵は強いな」
袖で試合を見ていたシャッテンヴェヒターの団長は、隣に立つリヒトにそう言うと、リヒトは「えぇ」と頷いては戻って来るエーデルの事を見る。
そんなリヒトに気づいたエーデルは「勝ったぞ」と声をかける。
「もう直ぐお前も試合だろ。勝てよ」
「分かってるよ」
そう二人が話していると「いやぁ〜、相変わらずヴァンディリア公爵はお強い」とシャッテンヴェヒターの団長が話に入って来る。
その事に驚くエーデルと「団長」と冷静なリヒト。
マティアスは「……相変わらず、あなたは空気が読めませんね」と呆れている。
エーデルは「ありがとうございます」と礼を言うと、団長はエーデルの手を取ると「是非、シャッテンヴェヒターに入っていただきたい!」とものすごい圧で言う。
そんな団長に少し後ずさりしながらも、エーデルは「……せっかくのお誘いですが、前もお話ししたとおり、どこの騎士団にも入るつもりはありませんので」と笑みを浮かべ断る。
「入ってみれば心変わりするかもしれない! シャッテンヴェヒターは体験入団も出来ますよ!」
団長の言葉にすかさずマティアスは「初耳ですが」と言う。
そんなマティアスの言葉を無視し「一日だけでもどうですか!」とエーデルに再度問う団長。
だがエーデルは「遠慮させていただきます」と断る。
二人のやり取りを見ていたリヒトが「団長、もういいでしょう。エーデルにいくら言っても入りませんよ」と呆れたように言う。
「それより、団長もうすぐ出番でしょ。準備しなくていいんですか?」
リヒトの言葉に「忘れてた」と準備をしに行く団長。
エーデルは「悪いな」とリヒトに言うと、リヒトは「一度捕まったら長いからね、団長は」と眉を下げ笑う。
それから試合は進んで行き、エーデルとリヒト、シュタインは順調に勝ち進むことが出来ていた。
「――試合を開始します。エーヴィッヒ・フォン・ディセール・アサーナトス、リヒト・フォン・グランべセルの両名は前へ!!」
審判の言葉を合図に、リヒトとエーヴィッヒは競技場内に出てきては、向かい合って立つ。
準決勝へと進む試合、対決するのは帝国の剣と呼ばれるグランべセル家の嫡男であるリヒトと、帝国の第一皇子殿下であるエーヴィッヒ。
誰もが期待していた対決。だが、会場内には僅かに緊張感が漂う。
ヴァンディリアとグランべセルの人間が、剣客祭とはいえ、皇室の人間と剣を交える事は今までなかった。
守られるものと守るもので剣を交える。一体どういった試合になるのか誰も予想ができない中、リヒトとエーヴィッヒは剣を構えると試合が始まる。
開始とともに、まず走り始めたのはエーヴィッヒだった。
エーヴィッヒは剣を振り上げては、リヒトに目掛け振り下ろす。
動き出しは早かったが、リヒトはエーヴィッヒの攻撃を受け止めては押し返し、二人は離れる。
まさか、開始早々リヒトに向かって行くとはな。
袖でリヒトとエーヴィッヒの試合を見るエーデルは、エーヴィッヒが真っ先にリヒトに向かって行った事に驚く。
エーヴィッヒの性格上、相手の出方を見ると思っていた。
恐らくリヒトもそう思っていたのだろう。
エーヴィッヒが真っ先に向かってきた事に、リヒトも驚いているようだった。
リヒトの動きは速い。
だから、自分から向かって行き、流れを自分のものにしようという作戦なのだろう。
だがリヒトも驚きつつも、エーヴィッヒに攻撃をする。
キンキンッ――と剣が交わる音が響き渡り、両者どちらとも勝ちを譲ろうとはしない。
「すげぇ……エーヴィッヒ殿下がグランベセル公爵の速さについて行っている」
「当たり前だろ。エーヴィッヒ殿下も幼い頃から剣を学ばれているからな」
近くで皇宮騎士団の者が、リヒトとエーヴィッヒの試合を見て話しているのを聞き、エーデルは、速さについて行っている、か……。と彼らに視線を向けては、再びリヒトたちに視線を向ける。
確かに、傍から見れば他の剣士より遥かに動きが速いリヒトに、エーヴィッヒが追い付いているように見える。
本気のリヒトとは戦った事はないけど、何度も手合わせをしてきたからわかるけど、あいつ……。
エーデルは腕を組み眉を顰めては、焦りも疲れも無い、ただ試合に集中している表情を浮かべ、エーヴィッヒと剣を交えるリヒトを見る。
試合開始からしばらく経つも、未だに決着がつく事なく、リヒトとエーヴィッヒは剣をぶつけ合っては後ろに退き息を整える。
リヒトは一息吐いては、少し息が上がってきている様子のエーヴィッヒを見る。
完全にバテている様子では無いけど、もうすぐだな。
リヒトはそう考えると、再び向かってくるエーヴィッヒを見ては、剣を構える。
そしていつの日かたった一度だけ、エーヴィッヒと剣を交えた日のことを思い出す。
あの日は本気でやったらエーヴィッヒに勝って、怒られたんだったっけ。
ただ、試合をしたいってエーヴィッヒが言うから受けただけなのに、剣の先生に叱られたっけ。
そこから曖昧だった俺たちの関係は、溝が出来たんだったよな。
リヒトは向かって来るエーヴィッヒの剣を避けては、エーヴィッヒに向かい剣を振るう。
その事がある前から、エーヴィッヒの事はどことなく苦手だった。
特に喧嘩をしたわけでも、嫌なことをされたわけでも無い。
ただ、初めて会ったあの日、俺が守るべき人物として紹介された日。
俺の中で何かが引っかかっていた。
けれども、その時は別にそこまで気にならなかったから、エーデル含めよく遊んでいたっけ。
でも、遊んでいくうちに思ったが。あいつは自分の思い通りになるように、周りをコントロールする所があると。
使える人間には甘く優しい言葉を囁き、俺やエーデルみたいに反発して来る人間には、冷めた目を向け、どんなにあいつが悪くてもまるで俺たちが悪いかのように振る舞った。
きっと、初めて会った日に感じた違和感はそういうところなのだろうと、最近になって気づいた。
とにかく、俺はあいつが気に入らない。
皇族だからといって勝ちを譲らなければいけないことも、全てをまるで自分が操っているかのように振る舞うことも。
……そして、リーナに近づくことも。
でも、それはお前も同じなんだろう。
リヒトは今までより少し強めの一撃を喰らわせようとするも、エーヴィッヒはそれを両手で受け止める。
だがその威力は凄まじく、エーヴィッヒは後ろに少し飛ばされてしまう。
同じくらい動いているはずなのに、リヒトの息は全く乱れる事はない。
一方でエーヴィッヒの息はかなり乱れており、辛そうだ。
息を整えながらリヒトを見るエーヴィッヒ。
大概、周りの人間は僕が思った通りに動いてくれる。
少しいい顔をすれば、直ぐに尻尾を振ってもてはやして来る。
けれどもリヒトは……リヒトとエーデルは違う。
どんなにいい顔をしても、あの二人は僕の心のうちを見透かしたかのように、すり抜けて行く。
気に入らない。今まで誰一人として、思い通りにならなかった者はいなかったというのに。
エーヴィッヒの剣を握る力が強くなり、ギュッと音が鳴る。
剣の分際で、主人に反抗するなんて……大人しく剣として主人に忠誠を誓えばいいのに。
リーナもあんなやつのどこがいいんだか。
エーヴィッヒは一つ息を吐くと、リヒトに向かい走って行く。
これで絶対に決める――
そう強く思い、エーヴィッヒはリヒトに剣を振り下ろすも、リヒトは軽々しくその剣を受け止めると、今度はリヒトがエーヴィッヒに剣を振るう。
先ほどよりも一段と早くなったリヒトの動きに、エーヴィッヒはついて行くがやっとで、なかなか攻撃ができずにいる。
「――あいつ、手ぇ抜いてやがるな」
リヒトたちの試合を見ていた、シャッテンヴェヒターの団長は、眉をひそめながら、隣に座るマティアスに話す。
マティアスは「えぇ」と頷くと「……まぁ、早々に皇族を負けさせるわけにはいきませんからね」と言う。
「出たよ、めんどくせぇな」
「本人が一番嫌でしょうがね。リヒトくんは剣に不誠実な事は好みませんから。ですが、家の間柄というものは面倒ですからね。やむを得なくでしょう」
マティアスの言葉に「名家も大変だな。良かったぁ、俺三男で」とさほど思ってもなさそうに言う。
剣と剣がぶつかる音が鳴り響く中、観客たちはどちらが勝つかと手に汗握り、息を呑みながら見る。
その時、エーヴィッヒがリヒトの隙を見つけ、そこを一気に攻めるも、リヒトはわざと隙を作ったため、それにハマってくれた事により、先ほどよりも更に動きを速める。
そしてその動きにエーヴィッヒはついていけなくなると、今度はリヒトがそこを突き、その場に転け、手をつくエーヴィッヒの喉元に剣先を突きつける。
それと同時に「そこまで!!」と止めると「勝者リヒト・フォン・グランべセル!!」と白旗を上げる。
リヒトとエーヴィッヒの戦いは、見事リヒトの勝利で終わったのだった。




