儀式
『貴族たちは、完全にエズワルド侯爵令嬢が犯人だと思っているでしょう』
神聖国内にある一室。
そこでは長テーブルに着き、食事をするゼーゲンがナイフとフォークでお肉を切りながら、同じく長テーブルに着く大司教にそう話す。
『儀式に必要なのはあの紫の瞳と、ブロンドの髪。本人は必要ないので、盗賊の仕業に見せかけるために、遺体を再び森へと運ぶことが出来て良かったですよ』
『儀式に本人がいるのなら、この工作は使えませんからね』
そう言って水を一口飲むゼーゲン。
そんな彼に大司教は『それで、儀式の方は上手くいっているのですか?』と問いかける。
ゼーゲンは頷くと『順調ですよ。あと少しで陣が完成します。そうすれば儀式も終わることでしょう』と笑みを浮かべる。
その時、勢いよく部屋の扉が開いたかと思えば、いつもは表情を全く崩すことがないナハトが、どこか怒りが混じった表情を浮かべ部屋に入って来たのだった。
そんなナハトに『おや? ナハト司祭ではありませんか』と声をかける大司教に『ナハト司祭。ノックをしないとは失礼ですよ』と注意するゼーゲン。
だがナハトはそれらを全て無視し『何故、彼女を殺したのですか?』と問いかける。
その声はいつもより低く、いつも淡々と話す彼だが、珍しく感情がこもって聞こえた。
そんな彼に驚いた表情を、ゼーゲンは浮かべ、すぐに笑みを浮かべ『神聖国に疑いを向けないためですよ』と話す。
『彼女を生かしておけば、儀式のことを話されかねませんからね』
そう平然と話すゼーゲンに、ナハトは『殺さないことを前提に儀式を行うはずでしたよね。』と更に低い声で言う。
そんな彼にゼーゲンは『ナハト司祭。一体何をそんなに怒っているのですか?』と首を傾げる。
『らしくないですよ。あなたは常に神聖国のためだけにその身を捧げてきた。そのためならどんなことだって厭わないはずでしょう? それなのにただ一人の人間が死んだくらいで、そんなに感情的になるとは……』
ゼーゲンはそこまで言うと、ナハトを深く見つめては『……まさかあなたも魅せられたのですか?』と問いかける。
その言葉に、眉をひそめるナハト。
すると瞬時に大司教が『そこまでですよ、ゼーゲン司祭』と間に入る。
『それ以上、何かを言うのならマグヌスへの侮辱と捉えますよ』
大司教の言葉にゼーゲンは『まさか……! 私ほどマグヌスに忠誠を誓っている者はいませんよ』と笑みを浮かべる。
『ただ、いつも冷静なナハト司祭が冷静さを失っているようでしたから、目を覚まさせようと』
そう話すゼーゲンに、ナハトは『……私はただ、彼女を殺せば儀式に影響すると思ったまでです。』と話す。
『儀式に影響する?』と眉をひそめるゼーゲン。
その時、勢いよく扉が開かれ、一人の助祭が慌てた様子で部屋に入って来る。
そして『ゼーゲン司祭様、大変です!! 陣の方が完成したのですが、部屋の中が物凄い力に包まれて……!!』と話す。
その言葉にゼーゲンは『何……?』と立ち上がると、すぐに部屋を出て行く。
そんなゼーゲンを見送るナハト。
そんな彼に大司教は『あまりゼーゲンと揉めるのは控えなさい、ナハト司祭。儀式が成功すればあなたたち二人がこの国を引っ張って行く事になるのですから』と話す。
ナハトは『成功すれば、ですか』と呟くと、大司教に頭を下げ、部屋から出て行く。
部屋の外に出たナハトは、先ほどゼーゲンに言われた言葉を思い出す。
『……まさかあなたも魅せられたのですか?』
そう言われて、何も言い返せなかった。
あれほどまで不快だと思っていた相手が殺された。
はずなのに、何故、ここまで心が掻き乱されるのか。
何故、亡くなった後に、自分の中にある想いに気づくのか。
ナハトは額に手を当てため息をつくと『まさか、自分もこんな哀れな感情を持っていたとは……』と呟くと、そのまま歩いて行くのだった。
『――ナハト司祭様!!』
儀式が行われている部屋へとやって来たナハト。
すると一人の助祭が血相を変えながら、ナハトの元へと走って来た。
そんな彼に『ゼーゲン司祭は? 儀式はどうなりましたか?』と尋ねると、助祭は『そ、それが……』と眉を顰める。
『ゼーゲン司祭』
助祭の話を聞いたナハトが部屋に入ると、部屋の中は乱れており、その中央にゼーゲンが立ち尽くしていた。
そんな彼の名前をナハトが呼ぶも、返事はない。
ナハトは荒れた部屋の中を見ながら、ゆっくりとゼーゲンに近づく。
やはり、儀式は失敗に終わったか。
儀式を成功させるには、紫の瞳とブロンドの髪が必要とされていた。
だがナハトはそれだけでは、儀式が成功しないだろうと考えていた。
儀式を成功させるのに必要なのは彼女本人。
その事をゼーゲンにも話したのだが、どうやらゼーゲンはナハトが、リーナの事を庇っていると思ったのか、ナハトの言う事を聞かず、彼女を殺し、紫の瞳とブロンドの髪だけを奪いマグヌスに捧げたのだ。
ナハトはゼーゲンの後ろまで来ると、再び『ゼーゲン司祭』と声をかける。
するとゼーゲンは『ナハト司祭』と返事をする。
そんな彼にナハトは『儀式は失敗したのですか?』と問う。
だがゼーゲンは『失敗……?』と呟くと、ゆっくりとナハトの方を振り返る。
そんな彼の瞳を見たナハトは、目を見開き驚いた表情を浮かべる。
何故なら、ブラウンだった彼の髪が、紫に変わっていたからだ。
そんな彼を見て、ナハトは『その髪……』と呟いては『一体何が、あったのですか?』と問う。
するとゼーゲンは『別に何も』と言っては『ただ、儀式が成功したまでですよ』と笑みを浮かべた。
その言葉に、眉を顰めるナハト。
本来なら、マグヌスの魂を呼び起こし、用意した死体に移すことでマグヌスを復活させる予定だった。
だが用意していた死体はそのままだ。
それに、ゼーゲン司祭のあの髪の色に、どこかいつもと違う雰囲気。
まるでマグヌスが乗り移ったような……。
ナハトはそこまで考えると、ハッとしたようにゼーゲンを見る。
『まさか……ゼーゲン司祭……』
ナハトの言葉に、ゼーゲンは笑みを浮かべると『私はマグヌスに選ばれたのです。ナハト司祭』と話す。
『……どこも、異常はないのですか?』
『えぇ。問題はありません。むしろ、力が湧いて来るようです』
ゼーゲンの言葉にナハトは黙ってゼーゲンを見る。
そんな彼に『そんな顔をしないでください』とゼーゲン。
『これも全てはマグヌスの導き』
『こんなに喜ばしいことはありません』
儀式に成功したゼーゲンら神聖国は、乱れたアサーナトス帝国を纏める役として、貴族たちと手を組み始めたことにより、皇室の立場が揺らぐこととなった。
そして長らく停戦していたパラディーストの戦争が始まったのだった。
第四章 最悪な結末 完




