思っている何倍も
「日も暮れて来たし、そろそろ帰ろうか」
しばらく買い物を続けたリーナとリヒト。
気がつけば辺りは日が暮れて来ており、リーナは、もうそんな時間か……と少し寂しくなる。
「リヒト」と名前を呼ぶリーナを振り返るリヒト。
リーナは「誕生日おめでとう」と言って、手に持つバッグから取り出した、綺麗に包装された小さな箱を渡す。
まさか、プレゼントを貰えるとは思っていなかったのか、リヒトは「いいの?」と少し驚きつつも嬉しそうにプレゼントを受け取る。
「開けていい?」と聞いて来るリヒトに、リーナは頷いて「気に入るか分からないけど……」とどこか緊張したように言う。
「これ……カフスボタンだね」
リヒトはそう言って、箱からカフスボタンを取り出す。
イエローダイヤモンドで作られたそのカフスボタンは、リヒトの黄金色の瞳とよく似ており、キラキラと輝き美しい。
「これを見つけた時、絶対にリヒトに似合うだろうなって思ったんだ」
そう笑みを浮かべるリーナに、リヒトは「俺のわがままを聞いてもらったのに、プレゼントまで……いいの?」と問う。
「二十歳の誕生日で成人を迎えるでしょ? 特別な誕生日だし、何かプレゼントしたかったの。だから受け取って」
リーナの言葉に、リヒトは「ありがとう」と嬉しそうに笑うと、早速カフスボタンを袖につける。
夕日にカフスボタンが照らされ、美しく輝き、リヒトによく似合っている。
そして、その様子を見てやっぱりプレゼントして良かったとリーナは思う。
リヒトは「本当にありがとう。プレゼントも一緒に過ごしてくれたことも」と改めてリーナにお礼を言うと、真っ直ぐリーナを見る。
「……デビュタントの日、リーナに言った言葉、覚えてる?」
リヒトの問いに、リーナは一瞬驚いた表情を浮かべるも「うん……」とゆっくりと頷く。
『今日……リーナをダンスに誘ったのは、ただの友人だからではないって事、そこに深い意味があるって事を覚えておいて』
デビュタントの日、リヒトがリーナに言った言葉。
リヒトはあの日と同じように、真剣に真っ直ぐリーナを見て言う。
「それは今も変わってない。多分、薄々気づいていると思うけど、リーナのことが好きだ」
「え……」
「きっと、リーナが思っている何倍も」
リヒトの言葉に動きが止まるリーナ。
突然のことで、頭は追いついていないけど、早くなる鼓動は正直だ。
何となく気づいてはいたが、改めて伝えられると驚いてしまう。
けれど、自分が好きな相手から好きだと言われることはこんなにも嬉しいことなのかと思う。
それと同時に、リヒトの言葉に直ぐに返事をできない悔しさもある。
今はリヒトの気持ちに応えられないのに、期待させるようなことは言えない。
だからと言って離すような言葉を言って、リヒトを傷つけるのも嫌だ。
どう返事をしようと頭を悩ませるリーナを見て、リヒトは眉を下げて笑みを浮かべると「ごめんね。いきなりこんな事言って」と謝る。
「今すぐに返事が欲しいわけじゃないんだ。ただ、何があっても俺は一番にリーナのことを思っているし、何よりもリーナが大切で、俺が今も昔も好きなのはリーナだけだということを知っていて欲しくて」
その言葉にリーナは嬉しくなりながらも、やはり、直ぐに返事ができないことに申し訳なくなる。
きっとリヒトも、リーナが返事に困ることは分かっていただろう。
だからそれ以上は何も言わず「帰ろうか」とリーナに声をかけた。
◇
「こんな所にいたのかリヒト」
リヒトの誕生日から数日後、その日は、リヒトが成人を迎えたため、ちょっとしたパーティーが開かれていた。
とは言っても、ほとんどがグランベセル公爵の知り合いで、リヒトと親しい相手や同年代の人はほぼほぼおらず、リーナたちも招待はされていなかった。
名ばかりの自分の成人を祝うパーティーに退屈し、バルコニーへと来ていたリヒトに、グランベセル公爵が呆れたように笑みを浮かべ、声をかけてくる。
「父上」
「全く……主役が外にいてどうする」
そう言う公爵に、リヒトは「皆、俺じゃなく父上に夢中のようですよ」と返す。
「お前がずっと端にいるからな。皆お前と話したがっているぞ」
「それは申し訳ないことをしましたね。あまりに父上に話しかけているので、自分の成人を祝うパーティーだということを忘れていたんです」
リヒトの言葉に公爵は「何だ? 拗ねているのか?」と笑うと、リヒトは「そんな柄じゃないことくらい分かってますよね?」と笑って返す。
「冗談だ。だが、あと少しはまだ会場にいてもらうぞ。このパーティーは成人を祝うだけではなく、将来、グランベセルを共に支える相手を見つけるためでもあるんだからな」
公爵の言う通り、成人を祝うとは名ばかりで、リヒトは次期当主として結婚相手を探す目的があるのだ。
そのことを分かっているため、リヒトは尚更、パーティーに乗り気ではなかった。
「まぁ、今日一日で見つかるわけがないが、そろそろお前も良い相手を見つけなければな。ただでさえ、シャッテンヴェヒターに入り、家と皇宮を行き来し、出会いがないのだから」
「いつまであんな所に入っているつもりだ?」
グランべセルの次期当主であるリヒトが、シャッテンヴェヒターに入っていることが気に食わない公爵。
そんな公爵に「あんな所だなんて仰らないでください。国で一番の騎士団ですよ」と返す。
「それに、今調べていることが片付くまで辞めるつもりはありませんから」
そう笑みを浮かべるリヒトに、公爵はため息をつくと「まぁいい、それより結婚相手だ」と言う。
「お前が剣や事件以外に興味を持ってくれて、いい人の一人や二人見つけてくれればいいのだが……」
公爵の言葉に「二人もいらないでしょう? それに、俺にはもう心に決めた人がいるので、今日、令嬢たちと話す事はありません」と言うリヒト。
その言葉に「何? 何故それを早く言わない?」と公爵は驚いたように言う。
「相手は誰なんだ? 相手に思いは伝えたのか?」
「父上もご存知の人ですよ。思いは伝えてありますが、返事はもらっていません。」
「何故だ?」
「俺が急がなくていいと言ったんです」
「何を呑気なことを。」と呆れる公爵に「一方的に気持ちを押し付けたり、負担にはなりたくないですから。まぁ気持ちを知っていて欲しいというのもわがままと言えばわがままですが」と返すリヒト。
「そんなに呑気なことを言っているのもいいが、次期当主だということを忘れるんじゃないぞ。数日後に控えたファルバーニの令嬢との見合いには必ず顔を出すようにな」
公爵の言う通り、数日後、エンゲルとの見合いが控えているリヒト。
親同士が勝手に決めていたことだ。参加する義理はないのだが、名家の次期当主という立場、それにエンゲルの体裁を守るためには参加せざるを得ない。
リヒトは「……分かっています。ですが俺の心にはもう既に決めた人がいるということは覚えていてください。」と話す。
「想っている相手がいながら、ただ両家の仲をとり持つだけのために、婚約できるほど俺は大人ではありませんので」
その言葉を言われ、エミリアの母と思い合っていながらも、家の体裁を守るため、リヒトの母と結婚した公爵には何も言い返すことはできない。
「……何度も言うが、お前の母が生きている間はエミリアの母とは何もなかった」
「そんな事どうでもいいんですよ。父上も分かっていますよね? 周りは真実なんて興味がないと。母上が亡くなってすぐに、父上が義母と再婚しエミリアを授かった」
「その事実が全てなんです。申し訳ないと思うなら、亡くなる時まで来もしない父上の名前を呼んでいた母上と、実の母が亡くなってすぐに母の苦しみの原因であった女を連れてこられた幼い俺にもう少し気を遣って欲しかったですね」
リヒトは冷めたようにそう言い放っては「リヒト……」と呼び止める公爵の声も聞かず、バルコニーから出て行った。
◇
「まだ起きてたのか?」
談話室に入ってくるなり、リーナにそう声をかけるエーデルに、リーナは「うん……眠れないから本を読んでたらますます眠れなくなっちゃったの」と眉を下げ笑みを浮かべる。
時刻は午前一時を過ぎ、時計の針は二時を指そうとしていた。
「エーデルも眠れないの?」そうリーナに聞かれ、エーデルは「今日中に片付けたいことがあってやっていたら気づいたらこんな時間だったんだ」と言う。
「そうなんだ。遅くまでお疲れ様。あまり無理しないでね」
そう言うリーナの事をじっと見るエーデル。
そんなエーデルに首を傾げては「どうしたの?」とリーナは尋ねる。
するとエーデルは「……リヒトのお見合いの事は気にするなよ」と言うのだ。
「え……?」
「貴族、それも次期当主となればお見合いは業務みたいなものだから。そこまで深く考えなくていいからな」
そう話すエーデルに、リーナは「どうしていきなりリヒトの話?」と首を傾げる。
そんなリーナに「眠れないって言ってたから、気にしてるのかと」と答えるエーデル。
リーナは「なるほど」と頷くと「普通に眠れないだけだよ」と笑う。
リヒトがエンゲルとの見合いをしたという噂は、過去と同じように直ぐ様広まり、リーナの元まで届いていた。
気にならないと言えば嘘になるが、過去にもしていたし、それにグランベセルほどの名家の次期当主なら、仕方のない事だ。
きっと、リヒトもわかっていたから、あの日、リヒトの誕生日に、私に気持ちを伝えてくれたんだろうと思う。
エーデルは「そう、か……ならいいけど」と言うと「……お前は何も考えずに、お前がしたいようにしろよ」と言うのだ。
「どうしたの? 急に」と眉を下げ笑みを浮かべるリーナに「お前は誰よりも幸せにならなきゃいけないからな」とエーデル。
その言葉に「何それ」と笑うも、リーナは「それはエーデルもだよ」と言う。
「エーデルも幸せにならなきゃいけないからね! エーデルが幸せじゃなかったら私も幸せになれない」
リーナの言葉を聞き、エーデルは何か言葉を呑み込んだそぶりを見せると「そうだな」とふっと笑みを浮かべる。
「眠れなくてもいいからもう布団に入りな。体を冷やして風邪を引いたらいけないからな」
「そうだね。眠たくなってきたし……エーデルももう寝る?」
「あぁ、寝るよ」
エーデルの言葉を聞いたリーナは安心したような表情を浮かべると「おやすみ、エーデル」と談話室を出て行く。
そんなリーナを「おやすみ」とエーデルは見送ると、談話室から出て行く。
その日の晩、リーナは恐ろしく長い、懐かしい夢を見た。
それは夢でもおとぎ話でもない。
リーナの奥底に眠る、決して忘れることができない、そして、彼女が回帰して来た意味に繋がる記憶だ。
第三章 おとぎ話のような ――完――




