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公爵家の養女  作者: 透明
第三章 おとぎ話のような
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二人きりで



 馬車から降り、街の広場にある噴水に向かっては、先ほどから通り過ぎる女性たちが顔を赤らめては、何かをコソコソと話しながら、噴水の縁にもたれ掛かるように座る彼を見る。


 その光景は見慣れたものだが、リーナも彼を見て少し頬が赤くなる。



 そして嬉しそうに「リヒト!」と名前を呼ぶと、彼、リヒトは声に気づくなりこちらに視線を向けては「リーナ」と嬉しそうに笑う。


 先ほどまで無表情だったリヒトだが、リーナを見るなり柔らかい笑みを浮かべるものだから、周りの女性たちはざわつき出す。



 そのことに気づいているのかいないのか、リヒトはリーナの元へ駆け寄って来ると「おはよう」と声をかける。




 「おはよう、リヒト。ごめんね、待たせちゃったかな?」


 「いや、待ってないよ。それより今日、すごく可愛いね。」




 唐突にそう褒めてくれるリヒトに、リーナは驚くも「あ、ありがとう」と照れくさそうに笑う。


 そんなリーナを見て、リヒトは笑みを浮かべると「今日はありがとう。俺のわがままを聞いてくれて」と言う。




 遡る事数日前、ヴァンディリアにやって来ていたリヒトと二人、談話室で話をしていたリーナ。


 そこで、もうすぐリヒトの誕生日なので、プレゼントは何がいいかと尋ねたのだった。



 本当はサプライズで渡したいが、考えれば考えるほどリヒトに何を渡せばいいか分からなくなり、リーナは二人きりになった時に聞くことにした。




 『プレゼントか……あまり思い浮かばないな』




 そう頭を悩ますリヒトに、それもそうかと頷くリーナ。


 欲しい物があれば自分で買うだろうし、それに、リヒトが何かを欲しがっているイメージはあまりない。


 もう出会って長いけど、あまり物とかに執着がない印象がある。




 『何でもいいの。食べ物とかでも!』




 それでも何かを渡したくて、リヒトにそう話すリーナ。


 するとリヒトは『何でも?』と首を傾げるとリーナは『何でも!』と力強く頷く。



 その言葉にリヒトは何かを考える素振りを見せたかと思えば、リーナを見て言う。




 『だったら、誕生日の日リーナと二人で好きな事をして過ごしたい』


 『え……』

 

 『だめかな?』




 予想外の提案に驚くリーナを覗き込むように、そう首を傾げるリヒト。


 リーナは『だ、だめじゃないよ! けど、せっかくの誕生日なのにいいの?』と問う。




 『うん。リーナと一緒に過ごせる時間が欲しいな。それがプレゼントでいい』


 『わ、分かった。じゃあ、リヒトの誕生日一緒に過ごそう! 二人きりで』




 そう頷くリーナを見て、リヒトは笑みを浮かべると『楽しみにしているね』と言う。


 そんなやり取りがあり、リヒトの誕生日を迎えた今日、二人は街の噴水の前で待ち合わせをしており、これからお出かけに行く予定なのだった。




 「今日はどこに行くの?」




 リヒトが行きたい場所があると言っていたが、どこに行くかは知らないので、そう問いかけるとリヒトは「オペラのチケットをもらったから観に行こうと思って」とチケットを一枚、リーナに渡す。


 そのチケットに書かれた公演名を見てリーナは「この公演……」と呟くと、リヒトの顔を見て言う。




 「チケットがなかなか取れないって言う人気の公演……! 私すごく行きたかったの!」




 そうはしゃぐリーナを見て、眉を下げ笑みを浮かべると「良かった」と言うリヒト。




 「今から会場に向かえばちょうどいい時間だし、そろそろ行こうか」


 「うん……!」




 二人はオペラを観に行くため、馬車に乗り会場へと向かう。


 人気の公演とあり、会場内は満席で三時間ほどあったが、一瞬に思えるほどリーナは楽しんだ。




 「ちょうどお昼時だね」




 オペラを終え、会場から出るとリヒトは懐中時計を見てそう呟く。


 リヒトの言葉に、そういえばお腹が空いたなと思い「お昼にする?」と尋ねるリーナ。



 そんなリーナにリヒトは頷くと、二人は昼食を摂りにオペラ会場の近くにある完全予約制だが、中々予約の取れないレストランへとやって来た。




 「予約してくれていたんだね」




 リヒトはレストランを予約していたらしく、レストランへとやって来るなり、店員がリーナたちを席へと案内してくれた。


 リヒトは「せっかくオペラに行くから、来てみたかったんだ」と言う。



 リーナも、というかオペラ好きな人なら一度は訪れたいと思っているであろうそのレストランは、オペラ終わりの客と思わしき人で店内はいっぱいだ。


 リーナは「私も……来てみたかったんだ。連れて来てくれてありがとう」とお礼を言うと、リヒトは嬉しそうに笑みを浮かべる。




 「――あのオペラ歌手の方が今一番人気の方らしいの」




 食事を楽しみながら、オペラの話をするリーナたち。


 今回観に行ったオペラの歌手は、今一番人気があり中々チケットが取れない人で、リーナもずっと行きたいと思っていた。



 よくオペラを観に行く人たちでも取るのはむずかしく、リーナは諦めていたのだった。


 そういえば、この話を前に一度リヒトにした事があった気がする。と思いながら、向かい側に座るリヒトに話すリーナ。




 「エミリアが話してたよ。俺が知らないって言ったら物凄い迫力でありえない! って」


 「普段、オペラを観なかったら知らないよね。リヒトは久しぶりなの?」


 「うん。幼い頃に何度か父上に連れて行ってもらったきり。最近は観たことなかったから新鮮で楽しめたよ」




 「たまにはいいね」と笑うリヒトに、リーナは「そうでしょ?」と返す。

 


 それから昼食を摂り終えたリーナたちは、街へとやって来て店を見て回っていた。




 「リーナ」と名前を呼ばれ、リヒトを振り返ると、リヒトの手には帽子があり「これ被ってみて」と言う。


 白いレースの帽子はとても綺麗で、リーナ好みの帽子だ。



 リーナは頷くと、リヒトから帽子を受け取り鏡の前で被ってみる。




 「どうかな?」




 そうリヒトを見るリーナ。


 リヒトは頷くと「凄く似合ってる。綺麗だよ」と言う。



 白のレースの帽子は、リーナの綺麗なブロンドヘアに映え、リヒトの言う通りよく似合っている。



 リヒトに褒められたし、凄く好きなデザインだし買おうかな……とリーナが考える横で、再びリヒトが「リーナ」と名前を呼ぶので、そちらに視線を向けると今度はスカーフを手に持っていた。




 「これもリーナに似合いそう。付けてみて」




 そうリヒトに言われるがまま、リーナはスカーフだけではなく、手袋やブローチ。


 色々な物をリヒトに勧められては、全て試着をする。




 「……ありがとう、リヒト」




 リーナはリヒトにお礼を言うと、リヒトは「本当に帽子だけで良かったの?」と問う。


 リヒトはリーナに勧めたものを全部買うと言い出したのだ。



 流石に買ってもらうわけにはいかないと、リーナは断ったのだが、リヒトに「今日は俺の誕生日だから。やりたい事をやらせて?」と言われ、リーナはせめて一つだけと、一番初めに試着した白のレースの帽子をプレゼントしてもらうことにした。


 リーナは「むしろ帽子買ってもらっちゃって……今日はリヒトの誕生日なのに」と返すと、リヒトは「そんなの気にしないで。俺がリーナにプレゼントしたくてしたんだから」と言う。




 そんなリヒトを見てリーナは思う。


 ブティックにやって来る前に、少し休憩に入ったお店は最近、令嬢たちの間で流行っているカフェで、リーナも気になっていた。



 そして、オペラやレストランだってリーナが行きたいと思っていた場所。


 それから買い物はほとんど、リーナの物を見ており、リヒトは一切見ていない。




 もしかしてだけど……。


 リーナは「……今日ずっと私が行きたい場所とか、私の要望を聞いてくれてるよね?」とリヒトに問う。



 するとリヒトは黙ったままリーナを見る。




 「今日はリヒトの誕生日なのに……リヒトは楽しめてる?」




 リヒトの誕生日だから、リヒトのしたい事を一緒にやりたいと思っていたから、今日の予定は全部リヒトに任せた。


 けれど、ずっとリーナが行きたい場所や好きな事をしてくれている。



 それが申し訳なく思うリーナ。


 そんなリーナにリヒトは柔らかく笑うと「これ以上ないくらい楽しいよ」と言うのだ。



 その言葉に「え……」と驚くリーナ。




 「言ったでしょ? 今日は好きな事をリーナと一緒にして過ごしたいって。俺にとって好きなことはリーナが楽しいって思えることだから」


 「それに、リーナが隣にいるなら、どんな事でも楽しいよ」




 そう話すリヒトにリーナの胸は音を立てる。


 常にリヒトが自分のことを大切にしてくれていることは感じている。



 だけど、こんなに想っていてくれたとは思わなかった。


 いや。ずっと見ないようにしていただけか。



 自分がどういうわけか二度目の人生を生きていることもあるが、ヴァンディリアの娘と言っても、養女ということでリヒトの気持ちには応えることができなかった。



 どんなに綺麗に着飾っても、血は抗えないと。


 根っからの名家の人間であるリヒトと、拾ってもらった自分では釣り合わないと。



 そうずっと、言い聞かせてきた。


 だけど今はそれも……。



 リーナはずっと自分の中にしまっていた言葉を、リヒトに言いかける。


 けれども、エンゲルの顔が浮かび上がり飲み込む。




 音楽祭の日に思い出したこと。


 リヒトとエンゲルがお見合いをしたのなら、二人が結婚した可能性が高い。



 二人は結ばれるかもしれないのに、私が間に入ってもいいの……?




 そう考えるリーナの表情は、辛そうで、リヒトは「リーナ? どうしたの?」と心配そうに問うも、リーナは「……ううん。何でもないよ」と笑みを浮かべる。




 今はだめ。


 まだ、過去に戻って来た理由も、フォルトモントのこともわかっていないのに。


 これ以上、リヒトに迷惑をかけるわけにはいかない。







 「……あれ? エミリア来てたのか」




 外から帰ってきたエーデルが、談話室で一人で本を読むエミリアにそう声をかけると、エミリアは本から視線をエーデルに向けると「お帰りなさい、エーデル兄様」と声をかける。




 「シュタインに会いに来たのか? そのシュタインがいないようだけど」




 そう言うエーデルに、エミリアは「シュタインは剣の稽古に行ったわ。()をおいてね」と呆れたように言う。


 エミリアもよく、ヴァンディリアに遊びに来るので、お客さんという感覚はなく、シュタインが途中で剣の稽古に行くことは日常茶飯事だ。




 「客を置いて稽古をしに行くやつがあるか」


 「もう慣れたわよ」




 エミリアはそう言うと、エーデルを見て「……忙しいみたいね」と言う。




 「皇宮に行っていたんでしょ?」


 「あぁ、貴族院会議があったからな」




 そう言うエーデルに、エミリアは「……今日、兄様とリーナがデートしてるのは知ってる?」て問う。


 その言葉を聞き、エーデルは「それが聞きたかったのか」と呆れたように言っては、エミリアの向かい側のソファに腰を下ろす。




 「もちろん知ってるよ。リーナから聞いたしな」


 「そんな呑気でいいの?」


 「呑気って?」




 エミリアは「エーデル兄様もリーナのこと好きなんでしょ?」と声のボリュームを落としながら問う。


 あまりにも直球で少し、驚いた表情を浮かべるも、エーデルの「お前には関係ないだろ」とあしらう。



 だがエミリアは「関係ないって……私が言うのも何だけどいいの? 兄様とリーナの仲が深まっても!」と前のめりに言う。




 「別に、構わないけど。お前は嫌なのか?」


 「嫌なわけないじゃない。私から見ても二人はお似合いよ」


 「ならいいじゃないか」




 そうケロッとしているエーデルに、エミリアは「本当に言ってるの? リーナのことが好きなんでしょ?」と再度問いかけて来る。


 そんなエミリアに、エーデルは少し息を吐きながら言う。




 「そうだとしても、俺は別にリーナとどうこうなりたいとは考えてない。リーナがただ幸せに笑ってくれていたら俺はそれでいいんだ」


 「だから余計なお節介はそこまでにして、早く家に帰って兄貴の誕生日ケーキでも用意してあげな」




 エーデルの言葉を聞いても、まだ納得していないのか「わけわかんない!」と不満そうに言う。




 「お子ちゃまには分からないか」


 「二歳しか変わらないでしょ! まだ若いのにどうしてそんな冷めてるのよ!」


 「リヒトのことを応援してるんだろ? だったらライバルが一人減るからいいじゃないか」




 そう話すエーデルに、エミリアは「そうだけど! 私はどっちかが傷ついているのを見るのもやなの!」と力強く言う。




 「仮にリーナが兄様じゃなくて、他の何処の馬の骨かも分からないような相手と良い仲になったら嫌でしょ? 自分の心に素直に従いなよ!」




 その言葉にエーデルは黙り込む。


 だが直ぐに「……それでも構わない。さっきも言ったけど俺からしたら、俺の気持ちが叶うより、リーナが幸せになることが一番だから」と言う。



 そんなエーデルに「あっそう! なら手を貸してあげないから!」と貸して貰った覚えのない事を言うので、エーデルは「それはいいけど、ケーキは忘れるなよ」と言う。


 エミリアは扉から出て行くのと同時に「もう用意してるわよ! とびきり大きいのをね!」と言っては、勢いよく扉を閉める。



 エーデルは苦笑いを浮かべては「自分の心に素直に従いな、か……」と呟くのだった。

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