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転生龍覚者と導きの紋章 〜始原の森から始まる英雄譚〜  作者: シェルフィールド
2章

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第38話:反帝国同盟、始動

オリヴィアの衝撃的な告白から一夜が明けた。


エルム村は、いつもと変わらない穏やかな朝を迎えていた。温室からはテラスさんやエルフたちの明るい声が聞こえ、ゴードンさんの鍛冶場からは力強い槌音が響き、訓練場では防衛隊の若者たちの掛け声がこだましている。


だが、盟主室に集まった俺たちの間には、その日常とはかけ離れた、重く張り詰めた空気が満ちていた。


テーブルを囲むのは、俺、カイル、アリシア、ティアーナ、そして客人の席には、オリヴィアとイリスが、昨夜よりもさらに覚悟を決めた表情で座っている。


「昨夜の話、俺たちなりに整理した」


俺は、会議の口火を切った。


「オリヴィアの告白が真実であると仮定するなら……いや、真実なのだろう。我々の敵は、もはや森に潜む魔物や、ゼノンのような一介の魔術師ではない。大陸の広範囲を支配する軍事大国――ヴェルガント帝国、そのものだ」


俺の言葉に、仲間たちは静かに頷く。


「そして、帝国の次なる標的は、この始原の森……つまり、俺たちの故郷、エルム村だ。これは、もはやドラグニア王国の問題だけじゃない。俺たち自身の、存亡をかけた戦いになる」


盟主として、村を危険に晒すことへの葛藤がなかったわけではない。このまま帝国の存在に気づかぬふりをし、山脈に守られたこの地で、静かに暮らすという選択肢も、一瞬だけ頭をよぎった。だが、それはただの先延ばしに過ぎない。ゼノンという前例がある以上、帝国がこの森に干渉してくるのは時間の問題だ。ならば、座して滅びを待つより、打って出るしかない。


俺はまず、敵の戦力を正確に把握することから始めた。


「オリヴィア、我々が戦う相手を正確に知る必要がある。君が知るヴェルガント帝国の軍事力について、詳しく教えてほしい」


オリヴィアは、俺が敬称を付けずに名を呼んだことに少し驚いたようだったが、すぐに真剣な表情に戻り、自分たちが知る帝国の圧倒的な戦力について語り始めた。


「……わたくしの知る限り、ヴェルガント帝国の総兵力は数万に及びます。その中核を成すのは、厳しい訓練を受けた重装歩兵軍団ですが、それだけではありません。帝国は、魔法に特化した魔導師団を擁し、かのゼノンのような研究者が開発した、魔法と機械技術を融合させた独自の魔導兵器を多数配備しています」


イリスが、悔しさを滲ませた声で言葉を継ぐ。


「帝国の真の恐ろしさは、その魔導兵器にあります。戦場では、我々の騎士団も、見たこともない兵器によって陣形を乱され、多くの者が命を落としました……」


その一つ一つが、エルム村の常識を遥かに超えた軍事力だった。


「……とんでもねえ化け物国家じゃねえか。まともにやり合ったら、一日も持たねえぞ…」


カイルが戦慄し、呻くように言った。俺は、さらに最も重要な点を問う。


「では、ドラグニアの兵士たちはどうなったか教えてくれないか? 我々が味方にできる戦力は、どれだけいるんだ?」


その問いに、オリヴィアは悔しそうに唇を噛んだ。


「……それが、はっきりとは分からないのです。王都が陥落した際、多くは戦死しましたが、一部の部隊は混乱の中で大陸各地へと散り散りになりました。帝国との関係が悪化していたアルトリア王国や、自由な気風を持つレヴァーリア連合王国に庇護を求めて逃げ延びた者もいるかもしれません」


「ですが、ドラグニアの騎士の誇りを失っていない者たちが、今もどこかで再起の機会を窺っていると…そう信じています」


イリスの言葉は力強かったが、それは確かな戦力ではなく、あくまで一縷の望みでしかなかった。


絶望的な戦力差と、不確かな希望。そして、始原の森を隔てる越えられない山脈。ドラグニアの仲間を集めることすら叶わないという現実に、部屋は重い沈黙に包まれる。


その沈黙を破ったのは、カイルの苛立ちを隠せない声だった。


「ちくしょう……! つまり、俺たちに必要な仲間ってのは、あのクソみてえに高い山脈の向こう側にいるってことかよ!」


カイルの言葉に、イリスも悔しそうに頷く。


「はい。始原の森を囲む山脈は、帝国にとっては天然の要害ですが……今の我々にとっては、民を分断する牢獄の壁となっております。通常の手段で彼らをこの地へ呼び寄せるのは、不可能と言っても過言ではありません」


「八方塞がり、か……」


俺が呟くと、部屋の空気はさらに重くなった。だが、俺は諦めていなかった。この状況を覆すための、唯一の活路。それを提示するのが、俺の役目だ。


「いや、道はある」


俺の言葉に、全員の視線が集中する。


「たとえ今は散り散りでも、一人でも仲間がいる可能性があるなら、俺たちが探し出し、集める。そのための手段が、俺にはあると考えている」


俺はそう言うと、自らの右手甲に淡く浮かぶ龍の紋章に視線を落とした。


「俺は転移魔法が使える。君たちを川岸からこの村に連れてきた時も、この力を使った」


「てんい……まほう……!?」


オリヴィアとイリスは、信じられないといった様子で、その言葉を繰り返した。


「まさか……! 空間を跳躍する魔法など……!」


「ああ。だが、この力も万能じゃない」


俺はすぐに釘を刺す。


「複数人の同時転移は大きな負荷がかかる。オリヴィアの言う、散り散りになった兵士や民がもし数百、数千の単位でいるのなら、俺一人の力で全員をこの地に連れてくるのは不可能だ。途中で俺が力尽きる」


俺の言葉に、オリヴィアの顔に浮かんだ希望の光が、再び翳りを見せる。


「……では、やはり……」


「いや、諦めるのはまだ早い」


俺は、仲間たちに向き直り、議論を促した。


「俺個人の力では不可能でも、ティアーナとゴードンさんの技術を組み合わせれば、もっと安定的で、大規模な転移を可能にする『門』…【転移門】を創り出せるかもしれない。それこそが、帝国に対抗するための、俺たちの最大の切り札になる!」


「転移門……!」


ティアーナの目が、知的な探求心の光で輝いた。


「レンさんの転移魔法の理論を解析し、それを固定式の魔道具として再現するのですね……! 星脈鋼さえあれば、理論上は可能です!」


俺は、オリヴィアに改めて向き直った。


「オリヴィア。その門を使って、大陸に散らばった君の民を、一人残らずこのエルム村へ迎え入れる。彼らはもはや難民じゃない。帝国に故郷を奪われた怒りと、再興への意志を持つ、俺たちの新しい『仲間』であり、帝国に立ち向かうための『力』だ。そのための拠点として、この村を…いや、国を築くんだ」


その言葉に、オリヴィアの瞳から大粒の涙が溢れ落ちた。それは、絶望の闇の中に差し込んだ、確かな希望の光だった。


そこからは、まさに真剣勝負の議論だった。


「まず、オリヴィアさんの仲間をここに集めるとして、どこに住まわせるの? 食料はどうする?」とアリシアが現実的な問題を提起する。


「集める方法も問題です。レンさんの力だけに頼るのは、あまりにも危険すぎます。もっと安定的で、大規模な転移方法を確立しなければ」とティアーナが技術的な課題を指摘する。


「当然、村の守りも固めなきゃならねえ。帝国の連中がどんな兵器を持ってくるか分かったもんじゃねえぞ」とカイルが軍事的な懸念を示す。


様々な意見が飛び交い、課題が浮き彫りになっていく。だが、不思議と誰も絶望的な顔はしていなかった。それぞれが、自分たちの持つ知識と技術で、その課題をどう乗り越えるかを必死に考えていたのだ。


そして、数時間に及ぶ議論の末、俺たちの進むべき道が、明確な形となって見えてきた。


俺は、立ち上がり、議論の結果を力強く宣言した。


「帝国との全面対決に備えるため、我々は今より、三つの大事業を同時に始動する!」


俺は、指を折りながら、具体的な計画を提示した。


「第一に、『大規模受け入れ態勢の構築』! アリシアとオリヴィアを中心に、これから来るであろうドラグニアの民を支えるための、食料増産、居住区の整備、そして医療体制の確立を進める!」


「第二に、俺個人の力に頼らない、安定した『集団転移魔法の開発』! ティアーナと俺、そしてゴードンさんを中心に、大陸とこの国を繋ぐ、恒久的な転移の道を切り拓く!」


「そして第三に、『エルム村の防衛力の抜本的強化』だ! カイルとイリス殿を中心に、帝国の魔導兵器にも対抗できる、新たな兵器の開発と、防衛隊の再編成を行う!」


その力強い宣言に、仲間たちは、もはや迷いのない顔で、それぞれの役割を即座に理解し、自ら名乗りを上げた。


「はい!来る人々が安心して暮らせるように、食料の増産、居住区の整備、そして医療体制の確立……。準備します!」


アリシアが、力強く宣言する。


「お任せください!」


ティアーナも、知的な輝きを瞳に宿して続けた。


「私は、レンさんと共に『集団転移魔法の開発』を! 安定して大人数を転移させるには、術式を固定化する設置型の『転移門』が必要です。その設計なら、私のエルフの知識が必ず役立つはずです!」


「おう!」


カイルが、拳を固めて立ち上がった。


「俺とイリス殿は、『防衛力強化』だ! 今の防衛隊を、本物の騎士団に鍛え上げてやる! 帝国の魔導兵器にも対抗できる新しい戦術を練り上げる!」


イリスもまた、カイルの隣で力強く頷いた。

それぞれの決意表明を聞き届けた俺は、最後に一つ、戦略上最も重要な確認をオリヴィアに求めた。


「オリヴィア。最後に一つだけ。君の王女としての、そして軍を率いた者としての見立てを聞かせてほしい。帝国が、この始原の森に本格的な侵攻を仕掛けてくるとしたら……我々に残された時間は、どれくらいあると思う?」


俺の問いに、オリヴィアはしばし黙考し、そして冷静な分析を口にした。


「……数年、いえ、少なくとも二、三年の猶予はあるかと」


「その根拠は?」


「帝国は、我が国ドラグニアとの戦いで、少なからず消耗しています。新たな侵攻を行うには、兵力の再編と補給が必要です。そして何より、この始原の森を隔てる山脈は、大軍が越えるにはあまりにも険しい。小規模な特殊部隊の潜入は考えられますが、本格的な侵攻軍を送り込むには、新たな補給路の確保や、山脈を越えるための大規模な土木工事、あるいはゼノンのような者の技術による大規模な転移手段の確立が不可欠です。それには、いかに帝国といえど、数年の準備期間が必要になるでしょう」


その言葉は、俺たちに絶望的な状況の中での、唯一にして最大の希望を与えてくれた。「時間」という、何物にも代えがたい資源だ。


「……そうか。数年、か。十分だ」


俺は、最後に、オリヴィアに向き直った。


「オリヴィア。これが、俺たちの答えだ。そして、この計画を成功させるために、改めて提案したい」


俺は、彼女に手を差し出した。


「俺たちと、正式な同盟を結ばないか。エルム村は独立した共同体として、そしてあなたはドラグニアの正当な後継者として、対等なパートナーとして帝国と戦う。俺たちは、あなたの民を受け入れ、守る。そして、あなたの持つ知識と、兵士たちの力を、この村のために貸してほしい」


それは、彼女が思い描きもしなかった、あまりにも大胆で、しかし唯一の希望に満ちた提案だった。


オリヴィアは、俺の差し伸べた手と、その後ろに立つ仲間たちの顔を、涙に濡れた瞳で見つめた。そして、迷いなく、その手を取った。


「……はいっ! このオリヴィア・フォン・ドラグニア、あなた方と共に戦うことを、ここに誓います!」


こうして、エルム村は単なる村から、大陸の未来を左右する反帝国同盟の拠点へと、その第一歩を踏み出した。俺の周りには、彼を支え、共に未来を築こうとする、頼もしい仲間たちの姿があった。彼らの挑戦は、今、始まったばかりだ。


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