第39話:拠点構築、神業の如く
同盟樹立の熱気と緊張がまだ残る盟主室に、カイル、アリシア、ティアーナ、そして新たな同盟者となったオリヴィアとイリスと継続して議論を進めていた。
これから始まる壮大な計画を前に、俺たちの間には、もはや隠し事はあってはならない。そして、彼女たちが持つ情報こそが、俺たちの正体を知る鍵となるかもしれない。そう判断したからだ。
「オリヴィア、イリス。今日からの計画を始める前に、あなた方に確認したいことがある」
俺の真剣な言葉に、オリヴィアとイリスは居住まいを正す。
「昨夜、あなたは自分の血筋を『龍覚者の末裔』と語った。その『龍覚者』について、ドラグニア王家にはどのような伝承が伝わっているのか、詳しく教えてほしい」
俺の問いに、オリヴィアは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに王女としての落ち着きを取り戻し、静かに語り始めた。
「はい。我が国に伝わる建国神話によれば、龍覚者とは、神話の時代に現れ、圧政を敷いていた『星の民』を打ち破った八人の英雄たちのことです。彼らはその身に龍の力を宿し、人知を超えた力で人々を解放したと言われています。我がドラグニア王国の祖は、その英雄の一人なのです」
イリスも、誇りを込めて言葉を継いだ。
「ドラグニアの王家に代々伝わる宝剣は、その証。龍覚者の血筋にのみ、その真の力を解放すると言われています」
「なるほど……」
俺は頷き、核心に迫った。
「その英雄たちには、何か身体的な特徴があったという伝承は?」
「はい」
とオリヴィアは答える。
「彼らの体には、その力の源泉である、龍を模した『紋章』が刻まれていた、と……」
俺は、仲間たちと視線を交わした。そして、オリヴィアたちの前に、自らの右手甲を静かに差し出した。
「……その紋章というのは、こういうものか?」
俺の右手甲には、龍の紋章が浮かび上がっていた。続けて、カイル、アリシア、ティアーナも、それぞれの左手甲の紋章を示す。
「なっ……!?」
「そ、その紋章は……! まさか……!」
オリヴィアとイリスは、信じられないものを見るかのように目を見開き、その場に立ち尽くした。自分たちの国が、何世代にもわたって伝説として語り継いできた証。それが今、目の前に、複数同時に存在しているのだ。
俺は、呆然とする二人に、はっきりと告げた。
「俺のこの力は、この森の古代遺跡で目覚めた。そして、カイル、アリシア、ティアーナも、俺との絆を通じて、ティアーナが言うところの『共鳴者』として覚醒した。俺たちは、おそらく……」
「龍覚者と、その共鳴者だ」
オリヴィアとイリスは、目の前で示された信じがたい事実に、言葉を失っていた。伝説の中にしか存在しないはずの「龍の紋章」。それが今、確かに目の前の四人の若者たちの体に刻まれている。
「……正直に言うと」
俺は、呆然とする二人に、静かに語りかけた。
「俺たち自身も、この力が何なのか、なぜ俺たちが選ばれたのか、全く分かっていない。ただ、この森で生き延び、仲間を守るために、必死でこの力と向き合ってきた。それだけだ」
俺の言葉に、カイルもアリシアも、ティアーナも、静かに頷く。俺たちは英雄などではない。ただ、運命に翻弄されながらも、必死に未来を掴もうとしている、ただの若者たちなのだ。
「俺たちが何者なのか、その答えはまだ見つからない。だが、一つだけ確かなことがある」
俺は、オリヴィアの紫色の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「この力は、今、ここにある。そして、帝国という巨大な敵と戦うために、この力が必要だということも、また事実だ」
俺は、彼女たちの前に進み出た。
「オリヴィア、イリス。俺たちは、伝説の英雄でも、救世主でもない。だが、俺たちは君たちと同じように、守りたいものがある。そして、そのために戦う覚悟がある」
俺は、仲間たちの顔を見回す。カイルの目には闘志が、アリシアとティアーナの目には揺るぎない決意が宿っている。
オリヴィアは、絶望的な逃亡の果てに辿り着いたこの場所で、彼女は初めて、誰かに全てを委ねられるかもしれないという、温かい感情に包まれていた。
彼女は、涙を拭うと、これまでで一番美しい、気高い笑顔を見せた。そしてオリヴィアは、その小さな手で、レンの手を固く、固く握り返した。
「レン盟主。あなた方が、その力の秘密という、最大の切り札を我々に示してくださった。ならば、今度は我々が誠意を示す番です。帝国と戦う上で、我々が知ることは全て共有しましょう。それが、対等な同盟というものでしょうから」
その情報は、レンたちが帝国という巨大な敵と戦う上で、何よりも強力な武器となる。
こうして、互いの全てをさらけ出し、信頼で結ばれた真の同盟が産声を上げた。閉ざされた森の奥深くで、滅びた王国の最後の希望と、転生した龍覚者の力が、今、確かに一つの未来へと歩き始めたのだ。
◇◇◇
そして反帝国同盟の血盟から、わずか三日後の早朝。
エルム村の空気は、これまでにないほどの熱気と緊張感に満ちていた。村人たちの顔には、不安と、しかしそれを遥かに上回る未来への決意が浮かんでいる。
俺たちの村が、大陸の覇権国家に立ち向かうための拠点となる。その事実が、良くも悪くも、村の日常を根底から変えようとしていた。
俺は、村の西側に広がる未開墾の森の前に立っていた。ここが、三つの大事業の第一歩、「大規模受け入れ態勢の構築」の現場となる場所だ。俺の隣には、カイル、アリシア。そして、少し離れた場所では、オリヴィアとイリスと一部の村人たちが、これから始まろうとしている光景を固唾を飲んで見守っている。
「レン、この広さの整地を..本当にやるのか? 」
カイルが、興奮と不安が入り混じった声で尋ねる。
「ああ。俺にしかできない仕事は、俺が最速で終わらせる。その後の、家を建てたり、畑を耕したりする作業は、皆の力で進められるからな。これを最初にやらないと皆が動けない。そのための下準備だ」
俺は、盟主として、そしてこの計画の発案者として、集まった皆に向き直った。
「皆、聞いてくれ! 俺たちの戦いは、もう始まっている! 帝国が我々に与えてくれた時間は、数年しかない! だから、一日たりとも無駄にはできない! これより、新居住区の造成と、大規模農地の開墾を開始する! 俺たちが生きるための、そしてこれから来るであろう仲間たちを迎え入れるための、未来への礎を、今日、この手で築き上げる!」
俺の宣言に、村人たちから「「「おおおっ!!」」」という力強い雄叫びが上がった。
俺は、仲間たちに頷きかけると、一歩前に出て、両手を目の前の広大な森が広がる大地へと、深く突き立てた。
「――いくぞ!」
魔力を、惜しむことなく大地へと流し込む!
ゴゴゴゴゴ……! グググググッ……!
大地が、生きているかのように鳴動を始めた。俺の手のひらから放たれた魔力が、蜘蛛の巣のように地中深くまで広がり、森の根という根を掴み、岩盤という岩盤を揺さぶる!
直径数十メートルに及ぶ範囲の木々が、土ごと、根こそぎ、巨大な絨毯のようにゆっくりと持ち上がっていく。それはもはや「工事」などという生易しいものではない。圧倒的な「地形改変」だった。
その神業の傍らで、二人の共鳴者が、まるで手筈を打ち合わせていたかのように同時に躍動した!
「じゃあやるか! レン、動かした木材はこっちによろしくな!」
カイルが、共鳴者としての力を全身にみなぎらせ、大地から引き剥がされた巨大な丸太に向かって突進する! レンが魔法で器用にコントロールして投げ渡した、家ほどもある大木を、カイルは信じられないほどの膂力で受け止め、肩に担ぐと、資材置き場として指定された場所へと急ピッチで運び出していく。その一挙手一投足が、大地を揺るがすほどの迫力だった。
「レン、使えそうな岩はこっちにお願い!」
建材に使えそうな巨大な岩石は、アリシアの前に集められていく。彼女は、その両手に清浄な光の魔力を集中させていた。
「【ライトカッター】!」
アリシアが両手を振り下ろすと、そこから放たれた光の刃が、巨大な岩石を、まるで熱したナイフがバターを切るように、次々と正確な大きさの直方体へと裁断していく! 切り口は滑らかに磨き上げられ、それらはもはやただの石ではない。何度も裁断しているうちに、すぐにでも壁として積み上げられる、高品質な「レンガ」へと姿を変えていた。
レンが大地を耕し、カイルが木々を運び、アリシアが石を建材へと変える。
三人の阿吽の呼吸による連携作業。そこに、言葉による打ち合わせはほとんどない。龍の紋章を通じて互いの意志が繋がり、まるで一つの巨大な生物であるかのように、森を開拓していく。
その光景は、まさに「神業」だった。
オリヴィアとイリスは、防壁の上から、その信じがたい光景を、ただ呆然と見つめていた。
「……信じられません……」
オリヴィアの声が、震えている。
「一人が地形を変え、一人が山のような資材を運び、一人がそれを瞬く間に建材へと変えていく……。我が国の千人の工兵が、一年かけて行う事業に匹敵するものを、彼らは、たった数時間で……」
「これが……龍覚者と、共鳴者の力……。姫様、我々は……とんでもない方々と同盟を結んだのかもしれません」
イリスもまた、戦慄と、そしてそれ以上の抑えきれない興奮に、ゴクリと喉を鳴らした。
二人は、レンたちの持つ力の底知れなさに改めて戦慄し、同時に、絶望的だと思われた帝国打倒への道に、確かな希望の光が差し込んでいるのを、確かに感じていた。
◇◇◇
一方、その頃。
村の工房では、もう一つの大事業が、静かに、しかし着実に進められていた。
「ふむ……」
ゴードンは、ティアーナが描いた、羊皮紙に無数に書き込まれた複雑な術式――「転移門」の設計図――を、眉間に深い皺を寄せながら睨みつけていた。
「ティアーナ殿の設計図は複雑怪奇じゃが、実に理に適っておる。この空間座標を固定するという考え方……」
「ありがとうございます、ゴードンさん」
ティアーナもまた、工房の薄暗がりの中で、目を輝かせながら研究に没頭していた。
「レンさんの転移魔法の魔力循環データを基に、動力源となる小型の魔力炉の試作品が、まもなく完成します。これと、ゴードンさんが鍛え上げてくださるフレームを組み合わせれば……」
二人の天才技術者は、種族も年齢も超え、ただ純粋な探求心で結ばれていた。ゴードンが、自身の鍛冶師としての経験と知識の全てを注ぎ込み、転移門の物理的なフレームの試作を。ティアーナが、エルフの叡智とレンから得たデータを基に、その頭脳と言うべき制御装置と動力源の設計を。
数日後、二人の才能は、一つの美しい、しかし不完全な試作品を生み出した。
「どうじゃ、ティアーナ。フレームの強度は完璧なはずじゃ。これなら、多少の魔力の奔流にも耐えられるじゃろう」
ゴードンが、自信作である合金製のフレームを誇らしげに示す。
「はい、素晴らしい出来です。魔力炉との接続も問題ありません。……ですが……」
ティアーナは、試作品に探知用の魔道具をかざしながら、悔しそうに顔を歪めた。
「やはり……ダメです。このまま大規模な転移術式を起動させれば、門が自身のエネルギーに耐えきれず、暴走・崩壊してしまいます」
「なんだと!? ワシの合金が耐えられんというのか!?」
「いえ、フレームの強度の問題ではありません。空間そのものを安定させるための、魔力伝導性と親和性が、絶対的に足りないのです。このままでは、ただの暴走する魔力の塊になってしまう……」
試作品を前に、二人は壁にぶち当たっていた。門を安定して稼働させるには、あまりにも膨大なエネルギーが必要であり、その負荷に耐えうる素材が、この村の中には存在しないのだ。
「……何か、何か方法があるはずです……」
◇◇◇
ティアーナは、煮詰まった頭を冷やすため、そっと工房から出てきた。外の涼しい空気を吸い込み、深くため息をつく。
「ティアーナさん」
穏やかな声に顔を上げると、オリヴィアが心配そうな顔で立っていた。彼女は、村の子供たちに読み書きを教えた帰りだったらしい。
「お疲れのようですね。開発は……あまり上手くいっていないのですか?」
「オリヴィアさん……」
ティアーナは、その気遣いが嬉しくて、つい弱音をこぼしてしまった。
「はい……。理論上は完璧なはずなのですが、どうしても素材が……。転移門を安定して稼働させるには、魔力にただ耐えるだけでなく、空間魔術そのものと『調和』する性質を持つ、特殊な物質が必要なのです。ですが、そんな都合の良いもの……」
ティアーナがそこまで言った時、オリヴィアの表情が微かに変わった。
「……空間と、調和する物質……?」
彼女は、何かを思い出すように、そっと自身の頭に手を当てた。
「待って……。わたくしの国、ドラグニアの王家に伝わる古い伝承に、そのような物質の記述があったやもしれません」
「えっ!?」
今度はティアーナが驚く番だった。
「建国の祖である龍覚者が、かつて『星の欠片』を用いて天と地を繋ぐ門を築いたと……。その金属は、『星々の脈動を宿す鋼』と呼ばれていたそうです」
「星の……脈打つ鋼……!?」
ティアーナの青い瞳が、驚きと興奮に見開かれた。それは、エルフの伝説の断片にのみ登場する、物質の名だった。
「まさか……! それは、伝承にのみ登場する、金属……。高い魔力伝導性と空間安定性を持つと言われる特殊鉱石……!」
オリヴィアは、ティアーナの反応に静かに頷くと、その名を告げた。
「ええ。王家の書庫では、こう記されていました――【星脈鋼】、と」
「星脈鋼……! やはり、実在したのですね!」
ティアーナは、オリヴィアの手を興奮気味に握りしめた。
「オリヴィアさん、ありがとうございます! あなたのおかげで、道が開けました!」
彼女は、それだけ言うと、すぐさま工房へと駆け戻っていった。
「ゴードンさん! 分かりました! 私たちに必要なものが!」
こうして、一つの雑談がきっかけとなり、ドラグニア王家の失われた知識が交差し、次なる目標である「素材探索の旅」への、確かな道筋が立てられるのだった。




