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【完結済】伝説の「龍覚者」に覚醒した俺、大切な居場所を守るためなら手段を選ばない 〜始原の森から始まる、現代知識チートによる最強建国記〜  作者: シェルフィールド
2章:星脈の鍛冶師と亡国の姫君 〜始原の森に集う新たな絆〜

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第40話:星脈鋼とドワーフの誓いと、芽生える恋心

工房の中は、熱気に満ちていた。


テーブルの上には、ティアーナが描いた複雑な術式が刻まれた設計図と、ゴードンが試作した美しい合金製のフレームが置かれている。それは、二人の天才技術者の才能の結晶であるはずだったが、今はただ、乗り越えられない壁の象徴として、静かにそこにあった。


ゴードンは、腕を組み、炉の残り火を睨みつけながら、深い溜息をついていた。


そこへ、工房の扉が勢いよく開け放たれた。


「ゴードンさん!」


息を切らして飛び込んできたのは、ティアーナだった。彼女の青い瞳は、これまでにないほどの興奮と確信の光で輝いている。


「どうしたんじゃ、ティアーナ。そんなに慌てて。」


だが、ティアーナの次の言葉に、彼は息を呑んだ。


「転移門を完成させるために必要な、材料を!」


彼女は、ゴードンの前に進み出るとしかしはっきりと、その名を告げた。


「必要なのは、【星脈鋼せいみゃくこう】だと思います!」


その名が告げられた瞬間、工房の空気が変わった。


炉の中でパチパチと爆ぜる火の音さえもが消え失せ、時間が止まったかのような、絶対的な静寂が訪れた。


ゴードンの、その屈強な体が、微かに震えているのを、ティアーナは見逃さなかった。


彼の目は大きく見開かれ、そこには驚きや喜びではない、もっと暗く、深い感情――絶望と、そして怒りが渦巻いていた。



「……どこで、その名を……」


ゴードンから絞り出されたのは、地を這うような、低く掠れた声だった。


「え……?」


ティアーナは、彼の予期せぬ反応に戸惑いの声を上げる。


「オリヴィアさんが、彼女の国に伝わる伝承を教えてくれたのです! 龍覚者が使ったという、伝説の金属……! それさえあれば、転移門は完成に1歩近づくかと思います。あなたほどの職人が、その名を知らないはずはないでしょう!?」


「知っておるわい……!」


ゴードンが、呻くように言った。


「知っておるからこそ、言っておるんじゃ……!」


彼は、ゆっくりと顔を上げた。その瞳は、もはやティアーナを見てはいなかった。遠い過去の、決して思い出したくはなかった悪夢を、その目に映していた。


「……ちょっと考えさせてくれ。」



◇◇◇



「……どういうことです、ゴードンさん!?」


ティアーナが、信じられないといった顔で詰め寄る。


「星脈鋼さえあれば、転移門は完成するのですよ!? あなたほどの職人が、伝説の金属を前にして、尻込みするとでも言うのですか!?」


「ゴードンさんらしくないぜ」


ちょうど様子を見に来ていた俺とカイルも、訝しげな表情で言う。


「難しい挑戦ほど燃えるのが、あんたじゃなかったのか?」


だが、ゴードンの表情は変わらない。彼はただ、悔しさと、深い悲しみが入り混じったような目で、床の一点を見つめている。


俺は、それが単なる気まぐれや恐怖ではないことを感じ取っていた。彼の魂に深く刻まれた、何か重い理由があるのだと。


「ゴードンさん」


俺は、静かに彼の前に立った。


「あなたが、ただの職人の意地やプライドで、この村の未来を左右する計画を止めようとする男じゃないことは、よく分かってるつもりです。話していただけませんか?あなたと、その星脈鋼の間に、一体何があったんですか?」


俺の真剣な問いに、ゴードンはしばらく黙っていたが、やがて重い口を開いた。それは、彼がこの始原の森に流れ着くまで、誰にも語ることのなかった、彼の過去そのものだった。


「……ワシは、この森とは反対側にある、ドワーフの国で生まれ育った。まあ、有り難いことに、周りからは天才などと呼ばれておったわい」


彼は、自嘲気味に笑った。


「ワシは、古い伝統や慣習に縛られるのが嫌いでな。常に新しい技術、失われた技術を追い求めておった。画期的な合金を開発したり、忘れ去られた古代の武具を復元したりもした。そして、ある日、古い文献の中から、星脈鋼の存在とその加工理論を再発見したんじゃ」


彼の目が、遠い日を懐かしむように細められる。


「じゃが、その技術は、長老たちには理解できんかった。伝統こそが至高であり、ワシのやることは異端だと……。ワシの才能と、ワシを慕う若者たちが日に日に増えていくのを、奴らはただ妬み、危険視しておった」


「そんなある日、事件が起きた。幹部連中が、国の依頼で鍛えた王家の宝剣の修復に失敗しおったんじゃ。ワシは、星脈鋼の加工理論を応用すれば、直せると進言したが、奴らはワシを遠ざけた。じゃが、見かねた王太子様が、密かにワシに修復を依頼してきた。そして……ワシは、宝剣を完璧に修復してしまった」


工房の中に、ゴードンが振るうハンマーの音だけが響いているかのような、静寂が満ちる。


「……それが、奴らのプライドを完全にへし折った。ワシの功績が王に認められることを恐れた幹部どもは、卑劣な罠を仕掛けおった。『ゴードンが、秘伝を盗み、禁忌の研究を進めている』……そんな、ありもしない濡れ衣を着せて、ワシを追放したんじゃ」


「……なんて、ひどい……」


ティアーナが、悲痛な声を上げる。


「腐った組織に嫌気がさしたわい。だから、国を出た。放浪して、誰にも邪魔されんこの森にたどり着き、自由に槌を振るうために……。だが……」


ゴードンの声が、深い後悔に震えた。


「ワシが一番悔やんでおるのは、追放されたことじゃない。……あいつらを、置いてきてしまったことじゃ」


「あいつら……?」


「ワシを師と仰ぎ、目を輝かせてワシの技術を学んでおった、若手の職人たちじゃ。あいつらは、ワシの無実を知っておった。じゃが、まだ若く、発言力もない。ワシは、そんなあいつらを恨むどころか……守ってやれなかった自分と、あいつらをあの腐った場所に置き去りにしてきてしまったことを、今でも……後悔しておる」


ゴードンの告白に、誰もが言葉を失った。彼がこの村で頑固に、しかし誰よりも真摯に槌を振るい続けてきた理由。その裏にあった、深い悲しみと後悔。


「……だから、分かるか? 星脈鋼は、ワシにとって、ワシから仲間を……弟子たちを奪うきっかけになった金属なんじゃ……」



◇◇◇



重い沈黙が、工房を支配していた。


その沈黙を破ったのは、俺の声だった。


「ゴードンさん、話してくれてありがとうございます」


俺は、彼の前に進み出た。


「あなたを陥れた連中が、許せない人だってことはよく分かった。ただ、親方。材料に罪はない。問題は、それを使う者の心だ。あんたの人生を狂わせたのは、星脈鋼じゃない。嫉妬し、悪用しようとした、心の貧しいドワーフたちだ」


俺は、工房の仲間たちを見回す。カイル、アリシア、ティアーナ、オリヴィア、イリス。誰もが、ゴードンに同情と、そして尊敬の眼差しを向けている。


「あなたは、弟子たちを置いてきたことを後悔していると言われました。なら、今度こそ、あなたが彼らの師として、最高の背中を見せてやる番だと思います」


「……何が言いたい」


「俺たちは、名誉や功績のために転移門を作るんじゃない。帝国に故郷を奪われ、圧政に苦しむ人々を救い出すためだ。これから仲間になるであろう、ドラグニアの民を守るために作るんです。これ以上に、職人として誇れる仕事があると、俺は思わない」


俺は、ゴードンの目を真っ直ぐに見据えた。


「あなたを陥れた連中が、私利私欲のために技術を否定したというなら、俺たちは、仲間を守るために、あなたの最高の技術を解放しよう。それが、あなたの本当の『証明』になると思うのです。腐ったギルドにいる弟子たちに、『これがお前たちの師が選んだ道だ』と、胸を張って見せてやりましょう!」


俺の言葉に、ゴードンの肩が、微かに震えた。


彼は、ゆっくりと顔を上げた。その目には、もう先ほどまでの絶望の色はない。職人としての、そして一人のドワーフとしての、誇り高い炎が再び燃え上がっていた。


彼は、黙って立ち上がると、長年使い込んできた愛用の巨大なハンマーを手に取った。


そして、工房に置かれた金床を、渾身の力で一撃した!


キィィィィィィィン!!!!


澄み切った、鋼の音が、工房中に、そして俺たちの魂にまで響き渡った。


「……ふん。口の達者な小僧じゃわい」


ゴードンは、ハンマーを肩に担ぎ、ニヤリと、昔のような不敵な笑みを浮かべた。


「……よかろう。そこまで言うならば、付き合ってやる。だが、やるからには中途半半端は許さんぞ! ドワーフの神々が嫉妬するほどの、最高の『門』を、この手で鍛え上げてくれるわ!」


俺は、高揚する気持ちを抑え、ティアーナに向き直った。


「ティアーナ、ゴードンさん、オリヴィアさん。星脈鋼に関する、全ての情報をまとめてくれ。どこにあるのか、どんな特徴があるのか。次の目標は、その『星脈鋼』とやらを、俺たちの『希望の金属』に変えるための、素材探索だ!」


俺の言葉に、仲間たちは力強く頷いた。



◇◇◇



「レン、お疲れ様! ちょっと休憩しない?」


俺が自警団の訓練場で、若者たちの訓練を視察していると、背後から柔らかな声がかかった。振り返ると、そこには籠を抱えたアリシアが、優しい笑顔で立っていた。


黒色の髪は陽光を浴びてキラキラと輝き、緑色の瞳は以前にも増して深い優しさと、そして知的な輝きを湛えている。俺の補佐役として公私にわたり俺を支えてくれる彼女は、もはや単なる少女ではなかった。


「おお、アリシアか。ありがとう。ちょうど一息つこうと思っていたところなんだ」


「ふふ、タイミングが良かったみたいね。今日のお昼、レンの好きなキノコと、カイルお兄ちゃんが昨日獲ってきた猪の燻製肉でサンドイッチを作ってみたんだけど……よかったら、一緒にどうかな?」


アリシアが差し出す籠の中からは、焼きたてのパンと燻製肉、そして甘酸っぱいベリーの香りが漂ってくる。彼女の料理の腕は、プロ級に上達していた。特に、俺の好みを完璧に把握している。


「それはありがたい。ちょうど腹も減っていたんだ」


俺たちは訓練場の隅にある木陰へと移動し、アリシアが手際よく準備してくれた昼食を広げた。


「はい、レン。どうぞ」


アリシアが差し出してくれたサンドイッチは、見た目も美しく、食欲をそそる。一口頬張ると、香ばしいパンの風味、燻製肉の塩気と旨味、そしてキノコの歯ごたえとソースの酸味が絶妙に調和し、思わず唸るほどの美味さだった。


「……美味い! アリシア、また腕を上げたな! このソースも新しいのか?」


「えへへ、ありがとう! うん、このソースね、ティアーナさんに教えてもらったエルフのハーブを少し隠し味に使ってみたの。レンの口に合うか心配だったんだけど、よかった」


アリシアは、本当に嬉しそうに微笑む。その笑顔は、春の日差しのように温かく、俺の心を和ませてくれる。だが、最近の彼女は、以前とは少し……いや、かなり雰囲気が違うのだ。


アリシアは、出会ったころの控えめな少女から、自分の気持ちに素直で、積極的な女性へと変貌を遂げていた。特に、俺に対しては。


手料理の差し入れは、もはや日常茶飯事だ。「レン、これ味見してみて!」「レンの好きなもの、作ってみたんだけど!」。訓練や開発作業にも頻繁に顔を出し、「レン、何か手伝えることない?」「レンが頑張ってるのを見ると、私も応援したくなっちゃうんだ」と、健気に手伝いを申し出てくれる。


服装や髪型も、以前の動きやすさ重視のものから、少しだけ女性らしさを意識した、柔らかな素材のブラウスや、髪を綺麗に編み込んだスタイルに変わってきている。その変化は、彼女の元々の可憐さをさらに引き立て、俺をドキッとさせるには十分すぎる威力を持っていた。


(アリシア……最近、本当に綺麗になったな……。それに、なんだか俺への態度も……いや、まさかな。妹みたいなもんだし……。でも……)


俺の心は、18歳の少女の積極的なアプローチに、正直、戸惑いと動揺を隠せないでいた。彼女の好意は嬉しい。だが、それをどう受け止めていいのか、そしてどう応えればいいのか、全く分からないのだ。


「……レン? どうかした? もしかして、サンドイッチ、お口に合わなかった……?」


俺が黙り込んでしまったのを見て、アリシアが不安そうに顔を覗き込んでくる。その潤んだ瞳に見つめられると、俺は慌てて首を振った。


「い、いや! ものすごく美味いよ! 今まで食べたサンドイッチの中で一番だ!」


「本当!? よかったぁ……!」


アリシアは、ぱあっと顔を輝かせる。その純粋な笑顔に、俺の心臓はまたしても不規則に跳ねた。


(……まずいな、これは……)


そんな俺たちの様子を、少し離れた場所で訓練を終えたカイルが、ニヤニヤしながら見ていた。


「おーおー、やってるねえ、レン盟主殿と、その可愛い補佐役殿はよぉ」


「お兄ちゃん! からかわないでよ!」


アリシアが頬を赤らめて抗議する。


「なんだよ、本当のことじゃねえか。なあ、レン? お前、うちのアリシアのこと、どう思ってんだよ? あいつ、最近お前のためにめちゃくちゃ頑張ってるぜ? そろそろ、はっきりさせてやったらどうなんだ?」


カイルのストレートな言葉に、俺はサンドイッチを喉に詰まらせそうになった。


「なっ、ななな、何を言うんだ、カイル! 」


カイルは、意味ありげな笑みを浮かべて俺とアリシアを交互に見る。


「まあ、お前がそう言う感じなら、そういうことにしておくけどよ。だがな、レン。アリシアももう18だ。村じゃ立派な一人前の女だぜ? あんまり待たせっと、他の奴に取られちまうかもしれねえぞ?」


(他の奴に……!?)


その言葉に、俺の胸の奥がチクリと痛んだ。


「……カイルの言うことは気にしないで、レン。お兄ちゃん、いっつもこうなんだから」


アリシアはそう言って俺を庇ってくれたが、その顔は真っ赤だった。


(……俺は、アリシアのことを、本当にただの仲間としか思っていないのだろうか……?)


俺の心の中で、これまで感じたことのない、甘酸っぱくて、少しだけ苦しい感情が、確かに芽生え始めていた。



◇◇◇



アリシアがレンへの好意をストレートに表現するようになったのとは対照的に、ティアーナのレンへの想いは、より静かで、しかし確かな深みを持って育まれていた。


エルム村での生活は、彼女にとっても大きな変化をもたらした。故郷を失った絶望と、ゼノンへの復讐心。それは今も彼女の心の奥底に燃え続けている。だが、レンの持つ不思議な知識とリーダーシップ、彼の優しさ、そして何よりも、困難な状況でも決して諦めずに仲間と共に未来を切り拓こうとする強い意志に触れるうちに、彼女の中でエルム村は第二の故郷となり、レンはかけがえのない、特別な存在となっていた。


彼女のレンへのアプローチは、アリシアのような積極的なものではなく、エルフらしい、そして時に少しズレた独特の形を取った。


ティアーナは時折、レンの身の回りの世話を焼こうとした。それは、エルフの価値観ではごく自然な親愛の表現なのだが、人間の、特に恋愛に疎い俺から見ると、少し大胆で距離が近く感じられることもあった。


「レンさん、また徹夜ですか? 顔色が優れませんよ。これはエルフの郷に伝わる、疲労回復と精神安定に効果のある薬湯です。私が特別に調合しました。どうぞ、お飲みください」


そう言って、彼女はハーブの香りがする温かい飲み物を、俺の手に優しく握らせる。


「あら、レンさん、そのローブの肩口が少しほつれていますわ。私がお直ししましょうか? エルフの糸は丈夫で、目立たないように繕えますから」


そう言って、彼女は俺のすぐ隣に座り込み、慣れた手つきで針と糸を取り出す。その横顔は真剣で、銀色の髪がさらりと俺の肩にかかる。


「あ、ああ、ありがとう、ティアーナ。助かるよ」


俺は、彼女の博識さと技術力、そして時折見せる無邪気な一面や、細やかな気遣いに、確かに惹かれるものを感じていた。だが、彼女がエルフであり、その外見年齢(18歳くらいに見える)とは裏腹に、遥かに長い時を生きているであろうという神秘性から、どこか特別な、手の届かない存在のようにも感じていた。彼女からの好意も、「エルフの親愛表現」あるいは「研究仲間としての敬意」なのだろうと、俺は勝手に結論付けていたのだ。



◇◇◇



そんなある日、いつものように俺は、エルム村の広場で昼食をとっていた。


「レン隊長も、もう大人だろ? そろそろ嫁さんの一人や二人、真剣に考えないと、村の娘さんたちが可哀想だよ」


休憩中、子沢山の獣人、ミーナさんが、悪戯っぽい笑みを浮かべて俺に声をかけてきた。彼女の周りでは、彼女の子供たちが元気に走り回っている。


「アリシアちゃんなんて、もう立派なレディじゃないか。あんたのために毎日一生懸命お弁当作ったり、身の回りのお世話したり……。あの熱烈なアプローチ、まさか気づいてないなんて言わせないよ?」


「い、いや、アリシアは妹みたいなものだし、俺はまだそんな……仕事も忙しいし……」


俺は、慌てて言い訳をする。


「ふぉっふぉっふぉ。レン殿は、朴念仁じゃのう」


隣で聞いていたエマ婆さんが、皺くちゃの顔で楽しそうに笑う。


「このエルム村ではな、18にもなれば、もう立派な一人前の大人じゃ。本人が望めば、いつでも嫁入りも婿入りもできる。アリシア嬢も、もう立派にその歳じゃ。レン殿がその気なら、カイルも、きっと祝福してくれるじゃろうて」


「そ、そんな……」


俺は、この世界の結婚可能年齢の早さに改めて驚くと同時に、アリシアの真剣な想いを突きつけられた気がして、言葉に詰まる。


「それにのう、レン殿」


エマ婆さんは、意味ありげに続けた。


「この村、ほかの村でもそうかの、稀なことではあるが、本当に心から愛し合う相手が複数おるのなら、皆の祝福があれば、複数の伴侶を持つことも、決して禁じられてはおらんのじゃよ。愛の形は、一つとは限らんからのう。まあ、甲斐性がない男には無理な話じゃがな、ふぉっふぉっ」


(じゅ、重婚もアリなのか!? いやいやいや、俺には無理だろ、そんなの……!)


意外と柔軟な恋愛・結婚観、そして「重婚も文化的に許容される」という事実に、俺は衝撃を受け、アリシアと、そしてティアーナからの好意に対する混乱を、さらに深めることになった。


そんな混乱を抱えたまま数日後、俺とカイル、アリシアの三人は、エルフたちの居住区画で、ティアーナと今後の魔道具開発について話し合っていた。


ティアーナが真剣な表情で設計図を広げていると、彼女の世話役をしている若いエルフの女性リーファが、心配そうな顔で部屋に入ってきた。


「ティアーナ様、また根を詰めていらっしゃるのですか? あなた様も、もう122歳になられるのですから。村への貢献も大切ですが、まずはティアーナ様ご自身のお幸せも……。レン様のような素晴らしい方となら、私たちも安心なのですが……」


その言葉を聞いた瞬間、部屋の空気が凍りついた。


俺、カイル、アリシアの三人は、文字通り、動きも言葉も失い、ただただリーファと、そしてきょとんとした顔でこちらを見ているティアーナを交互に見つめることしかできなかった。


(……ひゃく……にじゅう……に……さい……?)


頭の中で、その数字が何度も反響する。


最初に沈黙を破ったのは、カイルだった。


「ひゃ、ひゃくにじゅうにぃいいいいいい!?!? ティアーナ、お前、そんな歳だったのかよ!? 俺より100歳以上年上じゃねえか!!」


カイルの絶叫が、静かなエルフの住居に響き渡る。


「ええええええええ!? ひゃく……!? じゃ、じゃあ、私、ずっと年上の方に、友達みたいにタメ口で……!?」


アリシアも、顔面蒼白になって震えている。


そして俺は……。


(……122歳……。俺が知るどんな歴史上の人物よりも、遥かに長生きだ……。というか、俺が生まれる100年以上も前から、この世界で生きてるってことか……。エルフの寿命が長いとは聞いていたが、これほどとは……。俺、今まで、外見年齢を基準に、少し年下か同年代の、でも知識は豊富な不思議な女性、くらいの感覚で敬語を使ったり、時には冗談を言ったりしていたが……。相手は、とんでもない年長者だったわけだ……。いや、でも見た目はどう見ても俺たちと変わらないし……エルフの122歳って、人間で言うと何歳くらいなんだ? うーん、どうしたものか……)


衝撃と混乱で、俺の思考回路は完全にショート寸前だった。


当のティアーナは、俺たち三人のあまりの驚きように、不思議そうに首を傾げている。


「あら、どうかしましたか、皆さん? エルフにとって、122歳など、まだまだ若輩の域ですよ? 私の祖母様などは、800年以上も元気に森を駆け回っておりましたし……。ひ孫の顔を見るまでは死ねん、とよくおっしゃっていましたわ」


悪びれる様子もなく、さらりと言い放つティアーナ。その言葉が、俺たちの混乱にさらに拍車をかけたのは言うまでもない。



◇◇◇



ティアーナの衝撃的な実年齢を知り、俺、カイル、アリシアは、それぞれ言葉にできないほど複雑な思いを抱えることになった。


だが、不思議なことに、彼女の人柄や能力への信頼、そして仲間としての想いは、少しも揺らぐことはなかった。むしろ、その長い年月を生きてきたからこその深い知識や落ち着き、そして時折見せる少女のような無邪気さのギャップが、彼女の魅力をさらに際立たせているようにも感じられた。


俺の周りでは、アリシアの積極的なアプローチと、ティアーナのエルフらしい大胆な好意が交錯し、穏やかながらもどこか騒がしい、そして少しだけ甘酸っぱい日常が続いていた。


俺は、二人の魅力的な女性からの好意に戸惑いながらも、心のどこかでは満更でもない自分に気づき始めていた。盟主としての責任、龍覚者としての宿命、そして、一人の男としての感情。それらが複雑に絡み合い、俺の心は日々揺れ動いていた。


カイルは、そんな俺とアリシア、そしてティアーナの微妙な関係を、面白がりつつも、時には「レン、お前、本当に煮え切らねえ野郎だな! アリシアがあんなに健気に……いや、ティアーナもティアーナで、なんかレンにベッタリだしよ……。まあ、深く考えずに、どっちともくっ付けばいいんだよ!」と、無神経なツッコミを入れてきて、俺をさらに困らせるのだった。


エルム村は、発展と共に新たな人間関係を育みつつ、次のステージへと進んでいく。


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