第150話:薔薇の忠誠と王女の憂鬱
復興作業は、オリヴィアの指揮のもと、驚くべきスピードで進んでいた。
彼女の的確な指示と、自ら泥にまみれることを厭わない姿勢。それは、難民や兵士たちの心を掴み、新たな結束を生み出していた。
だが、その信頼の高まりが、思わぬ方向へと火を点けてしまったようだ。
「……で、これは何の話だ?」
その日の夜。俺とオリヴィアは、王宮の会議室に呼び出されていた。
目の前に座っているのは、宰相格のアルバート卿と、騎士団長のセレスティーナ。二人とも、いつになく深刻な表情をしている。
「陛下。オリヴィア様。……公国の地盤は固まりつつあります」
アルバート卿が重々しく切り出した。
「しかし、国家として永続するためには、いまだ欠けているものがございます」
「欠けているもの?」
俺は首をかしげる。食糧、住居、防衛設備。あらかた手は打ったはずだが。
「はい。次はいよいよ、『盤石な礎』が必要です」
セレスティーナが、ドン! とテーブルに分厚い束を置いた。新たな都市計画書か、あるいは法整備の草案か。
俺とオリヴィアが身を乗り出して覗き込むと――。
そこには、『子作り計画書』および『週間・同衾スケジュール表』と書かれていた。
「ぶふぅッ!?」
俺は飲んでいたお茶を盛大に吹き出した。隣のオリヴィアは、彫像のように固まっている。
「な、ななな、何を言っていますの!? アルバート! セレスティーナ!」
オリヴィアが顔を真っ赤にして立ち上がる。だが、二人は真剣そのものだった。
「オリヴィア様! 恥じらっている場合ではありません!」
セレスティーナが身を乗り出す。
「貴女様は、レン様と結ばれることを誓われました。ならば、一刻も早く『既成事実』を作るべきです!」
「そうですぞ! 民は、お二人の血を引く『正統な後継者』を待ち望んでおります! それこそが、民にとって、最大の希望となるのです!」
アルバート卿が涙ながらに訴える。
なるほど。彼らにとって、主君であるオリヴィアの幸せ(と世継ぎ)こそが、至上の命題なのだ。その忠誠心は疑いようもないが、ベクトルが少々暴走気味だった。
「そ、そうですけれど……! まだ、心の準備というものが……!」
「準備なら整っております!」
セレスティーナが、スケジュール表を指差す。
「今夜は月齢も良く、絶好の『仕込み日和』です! 寝室には、精のつく香も焚いておきました!」
「余計なことをしないでください!?」
オリヴィアが悲鳴を上げる。俺も助け船を出そうと口を開いた。
「おい、二人とも。気持ちは分かるが、こういうのは当人同士のペースが……」
「陛下!」
アルバート卿が、食い気味に俺の手を握りしめた。その瞳から、とめどなく涙が溢れ出ている。
「どうか……どうか、我らに『夢』を見させてくださいませぬか……! 陛下と姫様の間に生まれる、新たな光を……!」
「うっ……」
重い。
亡国の遺臣としての想いが、あまりにも重すぎる。これを無下に断るのは、良心が痛む。
「さあ、お二人とも! 公王私室へご案内いたします!」
「今夜こそは!」
鼻息の荒い二人が、じりじりと距離を詰めてくる。完全に包囲された。
「……レンさん!」
オリヴィアが、助けを求めるように俺の袖を引く。俺は瞬時に判断を下した。
「……逃げるぞ」
「えっ?」
「【転移】!」
俺はオリヴィアの腰を抱き寄せ、即座に術式を発動した。視界が歪む。
「あっ、お待ちください!」
セレスティーナの声が遠ざかり、俺たちは会議室から消え失せた。
◇◇◇
転移した先は、家のバルコニーだった。夜風が、火照った頬に心地よい。
「はぁ……はぁ……」
オリヴィアが手すりに寄りかかり、深いため息をついた。
「ごめんなさい、レンさん。あの方たち、使命感に燃えすぎていて……」
「いや、嫌がられているのかと思ったから、少し安心したよ」
俺が苦笑すると、オリヴィアは慌てて首を横に振った。
「まさか! 嫌だなんて、そんなことありませんわ!」
彼女は俺に向き直り、真剣な瞳で見つめてくる。
「あの日……プロポーズしていただいた時、わたくしの迷いは全て消えました。貴方がわたくしを一人の女性として見てくれていること、疑ったりしていません」
彼女は頬を赤らめ、もじもじと指を絡ませる。
「ただ……あんな風に『業務』のように急かされると、ムードも何もなくて……。わたくし、レンさんとはもっとこう、恋人として順序良く、ロマンチックに……その……」
最後の方は言葉にならず、彼女は両手で顔を覆ってしまった。 耳まで真っ赤だ。
(……可愛いな)
彼女が躊躇っていたのは、王女としての立場や負い目などではない。純粋な「恥じらい」と、乙女心だったのだ。現場指揮を執っていた時の凛々しい姿とのギャップに、俺の胸が高鳴る。
「安心してくれ。俺だって、家臣に監視されながら愛を囁くのは御免だ」
俺は彼女の肩を優しく抱き寄せた。
「俺たちは、まだ始まったばかりだ。焦る必要はない」
「……はい」
「まずは、『ただいま』を言える関係から、ゆっくり始めよう」
俺の言葉に、オリヴィアは顔を上げ、安堵したように微笑んだ。
「はい……! よろしくお願いします、レンさん」
月明かりの下、二人の影が重なる。それは、誰に強制されたものでもない、俺たち自身のペースで歩む誓いだった。
◇◇◇
「さて、ほとぼりも冷めた頃だろう」
俺たちはバルコニーを後にし、部屋へと向かった。アルバートたちには悪いが、今夜は普通に休ませてもらう。
俺は、俺の私室の隣――新しく整備されたばかりの一室の前で足を止めた。
「ここは……?」
「今日から、ここがオリヴィアの部屋だ。準備していたんだ」
俺が扉を開ける。
すると。
「おかえりなさい、オリヴィアさん! 待っていましたよ」
「ふふ、やっと『全員』の部屋が揃いましたね」
そこには、部屋の飾り付けを終えたばかりのアリシアとティアーナの姿があった。 さらに、部屋の中央には、金色の髪の少女がちょこんと座っている。
「オリヴィアおねえちゃん、おそいー!」
「フィーナちゃん!? アリシアに、ティアーナさんも……?」
オリヴィアが目を丸くする。部屋は、家具と温かい色合いの調度品で整えられ、花瓶には真新しい花が生けられていた。
生活の匂いがする「家族の部屋」だ。
「貴女が復興で忙しくしている間に、私たちが準備しておきましたわ」
ティアーナが胸を張る。
「今日からは、ここが貴女の家です。……私たちと一緒に、暮らしましょう?」
アリシアが優しく微笑み、オリヴィアの手を取った。
そこには、温かい歓迎があった。形式的な同居ではなく、心からの受容。
オリヴィアの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。彼女はそれを拭うと、満面の笑みで「家族」の輪に飛び込んだ。
「……はい! ただいま戻りました!」
その夜。
俺の部屋、アリシアの部屋、ティアーナの部屋、そしてオリヴィアの部屋。廊下を挟んで並ぶそれぞれの部屋から、穏やかな寝息が聞こえる公王の居住区画は、世界で一番平和な場所だった。
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