第147話:月影の工房と魔法の洗濯機
復興作業で賑わった昼間の喧騒が嘘のように、夜の帳が街を包み込んでいた。
だが、王宮の裏手にある「魔導工房」だけは別だ。
窓からは煌々と明かりが漏れ、カンカンという金属音や、魔力が励起する低い唸り音が絶え間なく響いている。
「……また無理してなきゃいいけどな」
俺は夜食のサンドイッチが入ったバスケットを手に、工房の重い扉を開けた。
ムワッとした熱気と、油と鉄の匂いが鼻をくすぐる。 そこは、まさに「鉄と魔法の戦場」だった。
ドワーフの鍛冶師たちが真っ赤に焼けた鉄を打ち、エルフの魔術師たちが微細な回路を刻み込む。その中心で、一人の女性が図面と睨めっこをしていた。
ティアーナだ。
亜麻色の髪を無造作に結い上げ、煤で少し汚れた作業着姿。 けれど、その瞳は宝石のように鋭く輝いている。
「出力係数、三パーセント低下……ダメですわ、これでは連射に耐えられません! 冷却魔石の純度を上げて、バイパスを二本追加!」
彼女の的確な指示が飛ぶ。鉱山都市から戻ったばかりだというのに、彼女は休むことなく、今回の戦闘で破損した防衛兵器「星脈砲」の修理と改良を行っていた。
「ティアーナ。精が出るな」
俺が声をかけると、彼女はビクッと肩を震わせ、振り返った。
「レ、レン!? いらしてたんですね!?」
「ああ。根を詰めすぎると体に毒だぞ。差し入れを持ってきた」
「まあ……! ありがとうございます!」
ティアーナは慌てて手を拭き、駆け寄ってくる。その表情が、厳しい「技術者」の顔から、年相応の「恋人」の顔へと和らいだ。
「ちょうど一区切りついたところですの。……職人の皆さん! 少し休憩にしましょう!」
彼女の号令で、職人たちが「うおー! 公王陛下の差し入れだー!」と歓声を上げて集まってくる。
俺はその騒ぎを他所に、ティアーナを作業場の奥――彼女専用のデスクへと誘った。
◇◇◇
デスクの上には、書きかけの設計図や試作パーツが散乱している。俺は何気なくその一つを手に取った。
「ん? これは……星脈砲の部品じゃないな」
それは、金属製の箱の中に回転する筒が入った、奇妙な魔道具だった。 兵器にしては殺傷能力がなさそうだ。
「ああっ! それは見ないでください!」
ティアーナが顔を真っ赤にして、俺の手からそれを奪い取ろうとする。
「なんでだよ。新しい発明品か?」
「そ、それは……その……」
彼女はモジモジと指を合わせ、観念したように小さな声で言った。
「……『全自動魔導洗濯機』の、試作品ですわ」
「洗濯機?」
「はい。……だって、戦争が終わったら、レンさんとの時間を少しでも多く作りたいんですもの。家事は全部機械に任せて、その分、貴方と……」
言いながら、彼女の顔がさらに赤くなる。耳まで真っ赤だ。
俺は、胸が熱くなるのを感じた。彼女は、ただ兵器を作っていたわけじゃない。戦いの先にある、俺たち二人の「平和な生活」を夢見て、そのための準備をしてくれていたのだ。
「……そっか。ありがとう、ティアーナ」
俺は彼女の肩を抱き寄せた。
「でも、これだとちょっと効率が悪いかもな」
「え?」
俺は試作機を指差した。
「回転させるだけじゃ汚れは落ちにくい。こう、槽を斜めに傾けて、水流と重力で叩き洗いにするんだ」
「斜めに……なるほど! それなら少ない水で、より強い衝撃を与えられますわ!」
ティアーナの目の色が、再び技術者のそれに変わる。
「それに、乾燥機能も付けよう。風魔法の回路を組み込んで、熱風を循環させれば……」
「! 素晴らしいアイデアですわ! 排熱を利用すれば、エネルギー効率も上がります!」
「よし、やってみるか」
俺たちは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。そこからは、二人だけの「実験」の時間だった。
俺が理論を説明し、ティアーナがそれを魔法技術で実現する。魔法と科学の融合。それは、兵器開発よりも何倍も楽しく、心躍る作業だった。
数時間後。
「……組み上がりましたわ」
目の前には、銀色に輝くドラム式洗濯機のプロトタイプが鎮座していた。見た目は武骨だが、中には最新鋭の魔導回路が詰まっている。
「起動テスト、いくぞ」
俺が魔石をセットし、スイッチを入れる。
キュイィィィン……ゴウン、ゴウン……。
静かな駆動音と共に、ドラムが回転を始める。水流が渦を巻き、投入した布切れが力強く、しかし優しく洗われていく。
「脱水、そして乾燥モードへ移行!」
ブォォォォォッ! 温風が吹き荒れ、数分後にはふっくらと乾いた布が出てきた。
「せ、成功ですわ……!」
「ああ、完璧だ」
パチパチパチパチッ!
いつの間にか周囲で見守っていたドワーフやエルフの職人たちから、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「すげぇ! これなら冬場の洗濯も楽になるぞ!」
「奥さんにプレゼントしてぇ!」
兵器の完成を見た時とは違う、温かい歓声。ティアーナは職人たちに囲まれ、誇らしげに、そして嬉しそうに微笑んでいた。
「ふふっ、これでもう、洗濯板で手が荒れることもありませんわ」
「ああ。完成したら、一番最初に俺たちの家に置こう」
俺が言うと、ティアーナは嬉しそうに頷いた。
◇◇◇
職人たちが作業に戻った後。俺たちは工房のバルコニーで、夜風に当たっていた。
「……レン」
ティアーナが、俺の腕に寄り添ってくる。
「私、兵器を作るのは……本当はあまり好きではありません」
「ああ、知ってるよ」
「でも、貴方を守るためなら、私はどんな強力な矛だって作ります。……ですから」
彼女は俺の正面に立ち、背伸びをして、俺の唇にそっとキスをした。柔らかく、甘い感触。
「必ず、あなたは無事に帰ってくださいね」
それは、所有印を押すような、独占欲と愛情に満ちたキスだった。彼女の瞳が、月明かりを浴びて潤んでいる。
「……あなたの背中は、私の技術が守ります。だから、貴方は前だけを見ていてください」
俺は彼女の腰を引き寄せ、強く抱きしめ返した。華奢な体だが、その中にある芯の強さが伝わってくる。
「ああ、約束する。……俺も、お前の作る未来が見たいからな」
「はい……!」
ティアーナが胸元に顔を埋める。
月影の工房。そこには、冷たい鉄や兵器だけでなく、確かに温かい未来への希望が息づいていた。
俺はこのぬくもりを守るためなら、何度だって戦場に立てる。そう確信しながら、俺は愛する婚約者の髪を優しく撫で続けた。
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