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【完結済】伝説の「龍覚者」に覚醒した俺、大切な居場所を守るためなら手段を選ばない 〜始原の森から始まる、現代知識チートによる最強建国記〜  作者: シェルフィールド
4章:帝国大侵攻と龍覚者の反撃 〜裁かれる罪、王女の決断〜

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第139話:観測される影、暗躍する影

(シエナ視点)


夜空を焦がす紅蓮の炎。


絶対零度の蒼き氷。


そして、空間そのものを切り裂く漆黒の雷。


三つの強大な力がエルムヘイムの上空で激突し、その衝撃波だけで大気が悲鳴を上げている。


公王宮を見下ろす尖塔――首都で最も高い鐘楼の頂。


冷たい夜風が吹き荒れるその場所で、わたし、シエナは眼下の光景を凝視していた。


視界いっぱいに広がるのは、神話の再現とも呼べる激戦の舞台。


主君であるレン陛下が、あの恐るべき魔人ゼノンと死闘を繰り広げている。


「……ッ!」


喉の奥から、悲鳴にも似た嗚咽が漏れそうになるのを、必死で噛み殺す。


手にした長い杖状の魔導具――ティアーナ様が開発された試作兵装【遠隔術式発射筒ロング・バレル】を構える手が、微かに震えていた。


これは、魔力を弾丸のように圧縮し、遥か彼方の標的を撃ち抜くための特殊な杖だ。


スコープ代わりの魔石越しに見る陛下の姿は、あまりにも小さく、そしてあまりにも勇敢だった。


黒雷の嵐が、陛下を飲み込もうとしている。


「陛下が……! 今すぐ援護を……!」


引き金代わりの魔力回路に指をかける。


わたしの腕前ならば、この距離でもゼノンの眉間を撃ち抜くことは不可能ではない。


たとえあの防御障壁を貫けなくとも、一瞬の隙を作ることはできるはずだ。


その一瞬が、陛下の勝機になるかもしれない。


そう思った、その時だった。


ガツン。


硬質な衝撃が、わたしの筒身を横から叩いた。


「……!」


驚いて横を見る。


そこには、夜闇よりも深い黒衣を纏った老魔術師――ジュリアス様が立っていた。


彼は手にした杖で、わたしの射撃を静かに、しかし断固として制止していた。


「待て、シエナ。お前の獲物はそいつではない」


「師匠……! ですが、陛下が!」


「落ち着け。あの方は、あの程度で後れを取るような御方ではない」


ジュリアス様の声は、氷のように冷徹で、山のように重かった。


「それに、お前のその『半端な』攻撃など、あの怪物には蚊ほどにも感じられんぞ。……自分の役割を見誤るな」


その言葉は辛辣だったが、真実だった。


わたしは唇を噛み締め、発射筒を下ろした。


ジュリアス様は、杖の石突きで、足元の首都を指し示した。


「見ろ。結界の出力を」


言われて、わたしは自身の『魔眼』を、眼下の都市全体へと広げる。


エルムヘイムを守護する、五芒星を描く巨大な防衛結界。


その輝きが、普段とは違う、極端に歪な形を描いているのが見えた。


「……結界の魔力が、上空に偏りすぎています」


「そうだ。ゼノンの猛攻を防ぐため、公王陛下とティアーナ嬢は、結界の出力を対空・対魔法防御に全振りしている。それは正しい判断だ」


ジュリアス様が、目を細める。


その瞳は、上空の光ではなく、都市の足元に広がる深い闇を見据えていた。


「だが、光が強くなれば、影もまた濃くなる。……今の首都は、足元が留守だ」


「足元……?」


「地下のマナ流を見ろ。ゼノンへの攻撃に結界のリソースが割かれたことで、地下水路の監視網に一瞬の『綻び』が生じている」


ジュリアス様の指摘に、わたしはハッとして感覚を研ぎ澄ませる。


上空の爆発音。


吹き荒れる暴風。


それらのノイズを遮断し、意識を深く、暗い地下へと沈めていく。


(……見えます)


煌びやかな都市の地下深くに張り巡らされた、複雑な地下水路。


その一角。


本来あるはずのない、異質な魔力の淀みが蠢いていた。


それは、結界の監視網が薄くなったタイミングを見計らい、物理的な「穴」――都市の外れにある排水口から侵入した、何者かの気配。


「……敵、ですか」


「おそらくは、カジミール卿の手の者だろう。陽動に乗じて都市の中枢を叩く気だ」

ジュリアス様は静かに、しかし冷然と告げた。


「狙いは、地下深くに設置された『転移門ハブ』の動力炉。あそこをやられれば、我々は各都市への足を失い、孤立無援となる」


わたしの背筋に、冷たいものが走った。


「公王陛下の『光』を脅かす、足元の『穢れ』を排除せよ。……私情で目を曇らせるな」


その言葉は、師としての厳しさと、これからを託す信頼に満ちていた。


わたしは、自分の未熟さを恥じた。


陛下を助けたいという焦りで、自分の本来の役割を見失いかけていたのだ。


自分は「影」。


光ある場所には立たない。


けれど、光が届かない場所で、誰よりも速く、誰よりも確実に敵を討つことこそが、自分に与えられた使命であり、誇りのはずだ。


(……はい)


わたしは、深く一礼した。


「わたしは『影』。陛下が前を見て戦えるよう、その足元を守るのが務め」


「うむ。行け」


「御意!」


わたしは鐘楼の縁を蹴り、夜の闇へと身を躍らせた。



◇◇◇



首都エルムヘイムの地下。


かつてレン陛下が整備された上下水道は、この都市の衛生と繁栄を支える動脈だ。


だが今は、冷たく湿った空気が漂う、暗黒の迷宮と化していた。


チャプ、チャプ……。


汚水に足を浸しながら進む、数人の黒装束たち。


彼らは帝国製の特殊な魔道具――『隠蔽のマント』を纏い、魔力反応を極限まで消していた。


「……地上は派手にやってるな」


先頭を行く男が、天井の遥か上で響く爆発音を聞いて、ニヤリと下卑た笑みを浮かべる。


「ああ。おかげで結界の監視はザルだ。まさか、排出口から侵入されるとは夢にも思うまい」


「へっ、綺麗な都だか何だか知らねえが、クソの通り道までは気が回らなかったようだな」


男たちは忍び笑いを漏らす。


彼らはカジミールが手配した、裏工作のスペシャリストたちだ。


正規の兵士ではない。


金で動き、汚れ仕事を請け負う傭兵崩れや暗殺者。


だが、その実力は確かで、手慣れている。


彼らの懐には、高純度の爆裂魔石が抱えられていた。


狙うは、この通路の先にある「転移門ハブ」の動力パイプ。


ここを破壊すれば、都市機能は麻痺し、前線への補給も、民の避難も不可能になる。


「ここだ。この壁の向こうが動力区画だ」


地図を確認し、リーダー格の男が足を止める。


湿った壁を指差し、部下たちに指示を出す。


「手はず通り、三箇所に仕掛けるぞ。派手な花火を上げて、あの若造公王を絶望させてやれ」


「了解」


部下の一人が、懐から禍々しい光を放つ魔石を取り出し、壁に取り付けようと手を伸ばす。


その時だった。


カツン。


硬質な靴音が、暗闇に響いた。


「……あ?」


男たちが一斉に振り返る。


そこには誰もいない。


ただ、下水の臭いが漂う、暗い通路が続いているだけだ。


「なんだ、ネズミか?」


「……いや」


リーダーの男が眉をひそめる。


背筋を這い上がるような、冷たい悪寒。


数々の修羅場を潜り抜けてきた歴戦の勘が、警鐘を鳴らしている。


「おい、急げ。……なにかヤバい」


「へいへい、ビビりすぎっすよ――」


部下が軽口を叩きながら、再び壁に向き直ろうとした瞬間。


ドンッ!


鈍い衝撃音と共に、部下の体が紙屑のように吹き飛んだ。


「ぐあっ!?」


「なっ!?」


汚水の中に叩きつけられる部下。


その肩口には、いつの間にか黒い「穴」が空いていた。


「敵襲ッ!!」


リーダーが叫ぶと同時に、男たちは即座に武器を構え、背中合わせに円陣を組む。


洗練された動きだ。伊達に裏社会を生きていない。


だが、敵の姿はない。


「どこだ!? どこから撃った!?」


「魔力反応なし! くそっ、こっちより高性能な隠蔽を使ってやがるのか!?」

焦燥と恐怖が、男たちの間に広がる。


「貴方たちと同じですよ」


鈴を転がすような、しかし氷のように冷たい少女の声。


それは、どこからともなく響いてきた。


反響して、方向が掴めない。


「魔力反応は消しました。足音も、気配も」


「姿を見せろッ! 卑怯者め!」


男の一人が、恐怖に耐えかねて、声のした方へ向けて炎魔法を闇雲に放つ。


ボウッ!


通路が一瞬だけ明るく照らし出される。


だが、そこには虚空があるだけだった。


「……貴方たちの殺意までは消せていません」


「ひっ……!」


背後だ。


いつの間に回り込んだのか。


最後尾にいた男が振り返るよりも速く。


闇の中から伸びた細い腕が、男の喉元に冷たい筒口を突きつけていた。


「なっ、何だお前は!?」


至近距離で見るその姿。


黒い軍服に身を包んだ、まだあどけなさの残る少女。


だが、その黒曜石のような瞳には、感情の色が一切なかった。


ただ、害虫を駆除するかのような、冷徹な殺意だけが宿っている。


「……陛下の庭を汚す『穢れ』は、わたしが排除します」


ズドンッ!


消音魔法が施された発射音は、ただの空気の破裂音のように短く。


男は悲鳴を上げる間もなく、その場に崩れ落ちた。


「野郎ッ! ガキが舐めるなッ!」


残った男たちが、怒号と共に一斉に殺到する。


短剣、魔法、毒針。


あらゆる攻撃が少女――シエナへと放たれる。


だが。


(遅い)


シエナの思考は、冷徹なまでに澄み渡っていた。


イリスから叩き込まれた、近接戦闘の体術。


ジュリアスから学んだ、魔術師としての戦術眼。


そして、彼女自身の天性の「目」。


それらが融合し、彼女を無敵の処刑人へと変えていた。


フッ、と影が揺らぐ。


シエナは最小限の動きで剣撃を紙一重で躱し、すれ違いざまに発射筒の台尻で敵の顎を砕く。


「がっ……!」


間髪入れず、次の敵の足元へ闇属性の魔法陣を展開。


影縛シャドウ・バインド


「うわっ、足が……!?」


影から伸びた無数の黒い鎖が、男たちの足首を掴み、自由を奪う。


動きの止まった標的など、彼女にとっては止まった案山子かかしと同じだ。


シエナは踊るように魔導具を操る。


狙うのは急所ではない。


彼らが持っている武器。


そして、起爆装置を持つ手。


パスン、パスン、パスンッ!


正確無比な三連射。


「ぎゃああああッ!?」


「腕がッ! 俺の腕がぁッ!」


起爆装置ごと手首を撃ち抜かれた男たちが、汚水の中でのたうち回る。


わずか数十秒。


制圧は一瞬で終わった。


立っているのは、シエナただ一人。


ジュリアスがあらかじめ展開していた『消音結界』のおかげで、この戦闘の音は地上には一切漏れていない。


「……終わりです」


シエナは冷ややかに告げると、ただ一人、腰を抜かして震えているリーダー格の男を見下ろした。


男は恐怖に顔を歪め、後ずさりする。


「ば、化け物……!」


「いいえ。わたしは、ただの『影』です」


シエナは懐から取り出した拘束用の魔道具で、男たちを素早く、しかし確実に縛り上げる。


転移門ハブの安全は確保された。


彼女は魔導具を背負い直すと、地上へと続く点検用の梯子を見上げた。


その隙間から、わずかに夜空が見える。


黒雷と炎が交錯する、激戦の空が。


(陛下……)


シエナは胸の前で手を組む。


そこにあるのは、主君への絶対的な忠誠と、淡い恋心にも似た祈り。


(背後の憂いは断ちました。どうか、思う存分、勝利を)


彼女は再び闇に溶け込むように、その場を後にした。


首都の生命線は、誰にも知られることなく、人知れず守り抜かれたのだ。

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