第137話:陽動と真の狙い - 盤上の支配者
首都エルムヘイム、『総合情報管制室』は、かつてない熱気に包まれていた。
壁一面に設置された巨大な魔導スクリーンには、三つの都市――『アイギス・フォート』、『アグリ・ヴィータ』、『グラニット・ベース』の戦況が、リアルタイムで映し出されている。
「グラニット・ベース、星脈砲による敵主力撃破を確認! 残存戦力、撤退を開始しました!」
「アグリ・ヴィータ、聖水散布完了! 死人兵の活動停止を確認!」
「アイギス・フォート、獣王グラッフの魔力反応、消滅! ……やりました、カイル隊長たちが討ち取りました!」
オペレーターを務める魔術師たちの絶叫に近い報告が、次々と響き渡る。
「おお……! やったぞ!」
「公国の完全勝利だ!」
部屋に詰めていたアルバート卿をはじめとする文官たちが、歓喜に沸き立つ。 抱き合って喜ぶ者、涙を流して感謝する者。 絶望的な総力戦を乗り越えた安堵と興奮が、部屋中を満たしていた。
だが、その喧騒の中心から少し離れた玉座の間で、俺だけは笑顔を見せていなかった。
俺は玉座に深く腰掛けたまま、虚空に浮かべた自分専用の魔導ウィンドウを、鋭い視線で凝視し続けていた。
その指先は、空間に展開された術式の上を滑るように動き、絶え間なく魔力のパスを書き換え続けている。
(……グラッフの討伐を確認。カイル、イリス、よくやった)
俺の指先から、目に見えないほど細い魔力の糸が、ウィンドウを通じて遥か遠くの戦場へと伸びている。 それは、ティアーナが開発した通信システムと、俺自身の【マッピング】能力を融合させた、公国独自の指揮回線だ。
『――こちらアグリ・ヴィータ、アリシアです! レン、聞こえる?』
耳元のイヤーカフから、弾むようなアリシアの声が届く。
『勝ったよ、レン! みんな無事! 都市の被害も最小限で済んだわ!』
「ああ、見ているよ。見事な采配だった、アリシア」
俺は穏やかに答えたが、その指の動きは止めない。 戦場の残敵掃討を支援するため、俺は遠隔で魔法の照準を合わせ続けていた。
『でもね、不思議なの。 ……私たちが魔法を撃つ前に、敵の増援部隊が勝手に転んだり、見えない壁にぶつかったりして……なんだか、誰かに助けられてるみたいだった』
『おう、こっちもだぜ、レン!』
割り込んできたのは、カイルの豪快な声だ。
『グラッフの野郎とやり合ってる最中、背後から奇襲しようとしたオークの群れが、突然地面から突き出した岩の杭に串刺しにされやがった。 ……おかげで、俺たちは前の敵に集中できたんだがな』
カイルの声に、ニヤリとした笑いの気配が混じる。
『……へっ。 まさかとは思うが、お前だな? レン』
その言葉に、俺は小さく苦笑し、ようやく指先の動きを止めた。 全ての戦域で、敵の撤退が確定したからだ。
「……バレたか」
俺は、ウィンドウに表示された複雑な術式を閉じた。
「ティアーナが作ったこのモニターと座標共有システムのおかげだ。『遠隔術式投射』……転移魔法の応用で、俺の魔力(魔法)だけを座標指定で飛ばすテストも兼ねていたんだが、うまくいったようだな」
そう。 俺はただ座っていたわけではない。 首都にいながらにして、三つの戦場全てを監視し、仲間たちが気づかない死角、あるいは手が回らない敵の増援に対し、ピンポイントで魔法による狙撃を行っていたのだ。
『ははっ! やっぱりかよ! 相変わらずデタラメな野郎だぜ!』
カイルの呆れたような、しかし誇らしげな声。
『もう、レンったら! 私たちに内緒でそんなことまで! ……でも、ありがとう。おかげで助かったわ』
アリシアの温かい声。 仲間たちの無事と、勝利の喜びが伝わってくる。
だが、俺の表情は晴れなかった。
(……あまりにも、鮮やかすぎる)
俺は、再びモニターに視線を戻す。 帝国軍は撤退を開始している。 三将軍による同時侵攻。 公国の戦力を分散させ、各個撃破を狙った作戦。 それは、こちらの戦力が予想以上に高かったことで失敗に終わった……ように見える。
(だが……三将軍があっさり敗退した? 陽動にしては犠牲が大きすぎるが……奴らの狙いが『俺』なら、本命は別にあるはずだ)
俺の【マッピング】は、勝利の歓声に沸く三都市ではなく、もっと近く。 首都エルムヘイムの直下。 転移門の死角となる、地下水脈の深淵を凝視していた。
(これほどの手札を切らせておきながら、敵の『本隊』が見えない。 ゼノンも、カジミールも、姿を見せていない。 ……来るなら、ここだ)
「……いや、まだだ。 まだ終わっていない」
俺の呟きが、歓喜に沸く室内の空気を、冷や水のように打った。
その時。
ジリリリリリリリッ!!!
平和な空気を切り裂くように、司令部の警報が鳴り響いた。 全てのモニターが赤く染まり、緊急事態を告げる警告灯が明滅する。
「な、なんだ!? 何が起きた!」
アルバート卿が狼狽する中、通信機から悲鳴のような報告が入る。
『陛下!! 予測ポイントB地点……にて、敵影が確認されました!!』
通信の主は、鐘楼で監視任務に就いていたシエナだ。
『帝国本隊、急速接近中!! 数は少ないですが……魔力反応が桁違いです!! この反応は……!!』
モニターの一つに、首都の地下から浮上してくる巨大な影が映し出された。 それは、三将軍が率いていた軍勢とは比較にならない、精鋭中の精鋭。 そして、その先頭に立つ二つの影。
『指揮官は……魔術師ゼノン、および……内通者カジミール卿!!』
「……やはりか」
俺は、確信を持って頷いた。
(公国の主力を各都市に分散させ、『盾』を剥がし……俺を孤立させるための、壮大な陽動だったわけだ)
そして、俺が遠隔支援で魔力を消耗するのを待っていたのだ。 完璧な作戦だ。 こちらの戦力、性格まで計算に入れた狡猾な罠。
「……上等だ」
俺は、玉座からゆっくりと立ち上がった。 モニターに映る敵影を睨みつける。 その瞳には、動揺や恐怖は微塵もない。 あるのは、待ち構えていた獲物をようやく捉えた狩人のような、冷徹かつ自信に満ちた光だけだった。
「予測通りだ。 ……ジュリアス殿!」
「はっ!」
老魔術師が、即座に主君の意図を察して進み出る。
「『戦略③(ストラテジー・サード)』に移行する。 ……首都中枢防衛システム、全開だ!」
「御意!!」
俺は、通信機に向かって、仲間たちに告げた。
「カイル、アリシア、ティアーナ、オリヴィア、イリス! 聞こえるか! 敵の本命が来た! 首都決戦だ!」
『何だって!?』
『すぐに行くわ!』
「慌てるな! お前たちはそれぞれの都市の安全を確保してから戻れ! それまでは……」
俺は、傍らに控えていた少女――フィーナを見た。 彼女は、俺の意図を察し、小さく頷いて一歩前に出る。
「……レン!」
フィーナが俺の隣に並び、その小さな手を俺の手に重ねた。 その瞬間、俺たち二人の間に、目に見えるほどの魔力の光が走り、共鳴を始める。
「ジュリアス殿と準備した『おもてなし』を始めよう」
俺は「魔法司令塔」として、フィーナとの『調律』を開始する。 体内の魔力が、フィーナの清冽な龍のマナと混ざり合い、爆発的に増幅されていく。遠隔支援で消費した魔力など、一瞬で霞むほどの巨大なエネルギーが渦巻く。
「フィーナ、頼む。俺たちの全力で、首都を守り抜くぞ」
「うん! レンと一緒なら、負けない!」
フィーナが力強く答える。 俺たちの全身から、黄金色と青色が混ざり合ったオーラが立ち昇り、司令部全体を、いや、都市全体を震わせるように高まっていく。
首都エルムヘイムが、ただの街から、鉄壁の要塞へと、そして最終決戦の舞台へと変貌していく。
真の戦いは、今、始まったばかりだった。
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