第110話:公王の凱旋
「行くぞ!」
俺の号令が、千の軍勢の鬨の声にかき消される。
ギデオンが、俺たちの連携を阻止せんと帝国兵に突撃を命じたのだ。鋼鉄の濁流が、再び地下空洞を埋め尽くさんとする。だが、もう俺たちの瞳に絶望の色はない。
「うおおおおおっ!!」
帝国兵の波濤の前に、カイル、イリス、セレスティーナの三人が再び鉄壁の防衛線を築く!
カイルは、先ほど奪い取った帝国兵の頑丈な鋼鉄の盾を構え、その表面に風の魔力を激しく渦巻かせる。ジュリアス殿の教えだ。盾はもはやただの防具ではない。敵の力を受け流し、いなすための、風の要塞だ。
イリスは予備の短剣を逆手に構え、闇色のオーラを纏わせる。セレスティーナは、折れた愛剣の柄を握りしめた拳に、白銀の光を集中させる。武器は不十分。だが、その不利を、鍛え上げ抜かれた技と、仲間を守るという揺るぎない覚悟が凌駕していた!
「通さんと言っている!」
カイルの盾が、殺到する帝国兵の槍の穂先を弾き、逸らし、受け流す。
そのわずかな隙間を縫って、イリスの短剣が音もなく閃き、兵士たちの鎧の隙間を的確に貫き、無力化していく。セレスティーナのエンチャントされた拳打が、盾ごと兵士を殴り飛ばし、後続の陣形を崩す!
千対三。絶望的な戦力差のはずが、三人の騎士は完璧な連携によって、一歩も引くことなく防衛線を維持していた。
「皆、無理をしないで! 【ハイ・ヒール】!」
その生命線を繋ぎとめているのが、アリシアだ。彼女は手の甲の紋章を輝かせ、満身創痍で戦う前衛の三人に、絶え間なく回復魔法の光を飛ばし続ける。
それだけではない。彼女は自らの光の魔力を広範囲に展開させ、魔剣『ソウルイーター』から漏れ出す邪悪なオーラ(デバフ)を、戦場全体から防御的に浄化していく。アリシアの聖なる光が、この穢れた戦場を、俺たちが十全に戦うための「清浄な領域」へと変えてくれていた。
「【アクア・バインド】!」
ティアーナもまた、冷静に杖を振るう。彼女の水の魔法が、帝国兵たちの足元に絡みつき、その動きを的確に妨害し、カイルたちの負担を軽減していく。
そして、俺の背中にはフィーナの小さな手のひらが当てられていた。
彼女の「調律」によって、俺の膨大な龍の魔力は、ジャミングが消えた今、荒れ狂う奔流ではなく、どこまでも深く、強力で、そして精密に制御された大河となって俺の意志に応えてくれていた。
(敵はギデオンただ一人! 周囲の千の兵は、仲間に任せた!)
俺は、ジュリアス殿に叩き込まれた「魔法司令塔」としての戦術理論を、今、この実戦で完璧に実行に移す!
「オリヴィア!」
「はいっ!」
俺は、隣で金色の雷光を纏うオリヴィアと共に、ギデオン本体へと意識を集中させた。
無詠唱で、多属性魔法を同時に、そして連続で構築する!
「【フレイムランス】! 【アーススパイク】! 【ホーリーボルト】!」
炎、土、光。三つの異なる属性の魔法が、時間差なく、ギデオンの頭上、足元、そして正面から同時に襲いかかった!
「小賢しい!」
ギデオンは、その「鉄壁」の異名に恥じず、俺の複合魔法を魔剣ソウルイーターで弾き、鎧で受け、最小限の動きで回避する。だが、その巨体には確実にダメージが蓄積し、鎧の表面が溶け、足元が崩れ、聖なる光に焼かれている。
「まだだ!」
俺は魔法の雨を緩めない。これはもはや、力押しではない。敵の防御パターンを読み、その隙間を縫うように、最も効果的な魔法を、最適なタイミングで叩き込む、精密な戦術だ!
「貴様ぁっ!」
俺の執拗な猛攻に、ギデオンがついに焦りと怒りを露わにした。彼は、俺の魔法の弾幕を強引に突き破ると、その憎悪の全てを込めて、魔剣ソウルイーターを俺目掛けて振りかぶった! 禍々しい紫黒のオーラが、再び斬撃波となって放たれる!
「オリヴィア、今だ! 」
「お任せください! 【サンダーランス】!」
俺の指示に応え、オリヴィアが金色の雷の槍を放つ!
紫黒の斬撃波と金色の雷槍が激突し、ジュウウウウッ!と激しい音を立てて互いを霧散させる。やはり、オリヴィアの力は、奴の魔剣の天敵だ!
「馬鹿な!?」
ギデオンの動きが、焦りによって一瞬止まった。
「我がソウルイーターの力が……この小娘の雷ごときに……! 相性が悪いというのか!? 剣に囚えた魂が、この雷に触れるたびに『解放』されていく……!?」
彼の焦りは本物だった。魔剣の力の根源である魂と邪気が、オリヴィアの浄化の雷によって力を奪われ、魔剣から放たれる紫黒のオーラが、目に見えて薄くなっていく!
(今だ! 奴の魔剣の力が弱まった!)
「オリヴィア! 最大の一撃を合わせろ! 奴を魔剣ごと両断する!」
「はいっ!」
俺はフィーナの調律を受けながら、龍の紋章が灼けるほどの熱を発するのを感じ、制御できる最大火力の魔法を練り上げる!
オリヴィアもまた、金色の龍の紋章を激しく輝かせ、その身に宿る全ての魔力を雷へと変換する!
「【龍牙炎滅】!!」
「【サンクション・ボルト】!!」
俺の剣から放たれた灼熱の龍の顎と、オリヴィアの杖から放たれた裁きと浄化の金色の雷霆。二つの属性が融合し、灼熱と浄化の雷を纏った、巨大な光の龍となってギデオンに迫った!
「ぬおおおおおっ!」
ギデオンは、もはや力の弱まったソウルイーターで、最後の力を振り絞ってそれを受け止めようとする。だが、浄化の雷が魔剣の力をさらに削ぎ、灼熱の龍がその「鉄壁」の鎧を溶かし、ついに光の奔流はその巨体を飲み込んだ。
「……これが……龍覚者と……共鳴者の力……か。皇帝……陛下……万……歳……」
兜の奥から掠れた声が響き、次の瞬間、帝国四将軍の一角、“鉄壁”のギデオンは、その魔剣ごと光の中に両断され、塵となって消滅していった。
ギデオンの消滅。その事実は、戦場を支配していた絶対的な恐怖の象徴が消えたことを意味した。
「うそだ……ギデオン将軍が……!」
「ありえない! 」
千を超える帝国兵たちは、目の前で起こった信じがたい光景に完全に動揺し、その動きを止めた。統率を失い、ただ怯えたように俺たちを見つめている。
その時、高台の上で戦況を見届けていたカジミール卿が、その光景を冷静に、そしてどこか満足げに見つめていた。
(ギデオン将軍が敗れるとはな。だが……素晴らしい手土産(情報)だ。)
彼はギデオンの死を悼むどころか、その冷徹な思考は既に次の段階へと移っていた。彼は傍らの部下に、静かに、しかし有無を言わせぬ口調で命じる。
「撤退の鐘を。これ以上の戦闘は無意味だ」
カン、カン、カン、と乾いた鐘の音が響き渡る。帝国兵たちは、その音に我に返ると、蜘蛛の子を散らすように、混乱しながらも坑道の入り口へと殺到し、撤退を開始した。
「おいレン! 追撃しねえのか!」
カイルが、奪った盾を投げ捨てながら叫んだ。
「やめておけ、カイル! 深追いするな!」
俺は彼を制止した。俺の体も、魔力と龍の力を使い果たし、立っているのがやっとの状態だった。仲間たちも皆、満身創痍だ。
「俺たちも限界だ。それに、あの裏切り者は、まだ何か仕掛けてくるかもしれん。今は勝利を噛みしめ、撤退するのが最優先だ」
俺は、闇に消えていくカジミールの、不気味な笑みを、心の端で捉えながら、静かにそう告げた。
敵が去った地下空洞には、静寂と、俺たちの荒い呼吸だけが響いていた。残されたのは、満身創痍の俺たち八人と、帝国兵の死体の山。
カイルが、その場にどさりと座り込んだ。
「……勝った……のかよ、俺たち」
その声は、疲労困憊ながらも、確かな勝利の響きを持っていた。
イリスとセレスティーナも、折れた武器や短剣を鞘に納め、壁に背を預けながら、その顔には深い達成感を浮かべていた。アリシアとティアーナ、フィーナも駆け寄り、互いの無事を確かめ合っている。
「ああ……勝ったんだ。俺たちで」
「帰ろう。皆が待つ、エルムヘイムへ」
再び星脈鋼のフレームが蒼い光を放ち、門の内側に、見慣れた故郷の広場が映し出される。仲間たちは、互いに肩を貸し合いながら、その光の門をくぐり抜けたのを確認し、俺も転移魔法でエルムヘイムへ帰還した。
◇◇◇
エルムヘイムの中央広場。
そこには、門の起動を察知し、固唾を飲んで俺たちの帰還を待っていた、救出されたばかりの数千のドラグニアの民と、公国の仲間たちがいた。
傷だらけの俺たちが、八人全員で生きて現れたのを見て、広場は一瞬の静寂の後、地響きのような、割れんばかりの歓声と涙に包まれた。
俺は、民衆の前に進み出て、魔鉄の剣を天に突き上げ、高らかに宣言した。
「皆、聞いたくれ! 我々は勝利した! 帝国四将軍の一角、『鉄壁』のギデオンを打ち破り、囚われていた全ての同胞を、無事に救い出した!」
「「「うおおおおおおおおっ!!!」」」
歓声が、空気を震わせる。オリヴィアとセレスティーナも前に進み出ると、救出された民に向かい、涙ながらに再起を誓った。
「ドラグニアの民よ! 絶望の夜は明けた! 希望はここにある! 我らと共に、新たなドラグニアを、このエルム公国で築き上げよう!」
民衆の歓喜は最高潮に達し、公国の夜空に響き渡った。
俺は、その光景を見つめながら、内心で気を引き締める。
(帝国との本格的な戦争が始まってしまった。そして、カジミールという内から出してしまった敵も、帝国の中枢に潜んでいる。だが……)
俺は、隣で誇らしげに、そして安堵の表情で笑い合う、カイル、アリシア、ティアーナ、オリヴィア、イリス、セレスティーナ、フィーナ……かけがえのない仲間たちの顔を見た。
(この仲間たちとなら、どんな困難も乗り越えていける。必ずだ)
俺は、確かな勝利の余韻と、仲間たちとの揺るぎない絆を胸に、エルムヘイムの空を見上げた。
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