第109話 雷鳴のカウンター
「逃がすと思うか!」
ギデオンの地響きのような怒号が、粉塵舞う地下空洞に響き渡った。
もぬけの殻となった収容区画と、閉じゆく転移門、そしてその前に立ちはだかる俺たち八人。奴の兜の奥で、獲物を逃したことへの純粋な怒りに燃える赤い光が見えた気がした。
転移門が完全に閉じるまで、あと数十秒……いや、十数秒か。
星脈鋼のフレームが放つ蒼い光は、既に風前の灯火のように揺らめき、明滅を繰り返している。
「全員、死守しろ! 門が閉じるまで、何としても時間を稼ぐ!」
俺は叫んだ。ここを突破されれば、エルムヘイムにまで戦火が及ぶ。それだけは、絶対に阻止しなければならない。
「小賢しい真似を……! 全軍、かかれっ! 龍覚者以外は、皆殺しだ!!」
ギデオンの号令一下、俺たちが破壊した坑道の入り口から雪崩れ込んできた千人規模の帝国兵たちが、鬨ときの声を上げながら殺到する! 鋼鉄の濁流が、狭い地下空間を一瞬にして埋め尽くさんとしていた。
「させるかよ!」
その濁流の前に、最初に立ちはだかったのはカイルだった。彼は先ほど制圧した帝国兵が落としていた、分厚く頑丈そうな鋼鉄の盾を足で蹴り上げると、空中で巧みに掴み取る。
(借りるぜ!)
内心で悪態をつきながら、彼はその無骨な盾を構え、大地に深く根を張るかのように踏みとどまった。彼の左手甲の紋章が淡い緑色の光を放ち、風の魔力が盾と、そして彼の全身を包み込む。
「続け!」
「御意!」
カイルの両翼を固めるように、イリスとセレスティーナが飛び出す。
イリスは腰に差していた予備の短剣を抜き放ち、セレスティーナは折れた愛剣の柄を、まるでそれ自体が武器であるかのように固く握りしめている。
武器は不十分。だが、二人の騎士の瞳には、一切の迷いも恐怖もない。ジュリアス殿との訓練で培った魔法剣の技術が起動し、イリスの短剣は闇色のオーラを、セレスティーナの拳は白銀の光を纏う。
「「「うおおおおおっ!!」」」
三人の決死の突撃が、帝国兵の第一波と激突した!
カイルの盾が鋼鉄の壁となり、殺到する兵士たちの槍と剣を受け止め、弾き返す。イリスの短剣が闇色の残像を描き、鎧の隙間を的確に突いて敵兵を無力化していく。セレスティーナは、折れた剣の柄を鈍器のように振るい、エンチャントされた拳打で兵士たちを殴り飛ばす!
三人の連携は、絶望的な戦力差の中にあっても見事だった。だが、敵の数はあまりにも多い。次から次へと押し寄せる兵士たちの波に、三人の体にはみるみるうちに新たな傷が刻まれていく。
俺も魔鉄の剣を構え、魔法で応戦する。
「【フレイムランス】!」
無詠唱で炎の槍を放つ。狙いは、密集する帝国兵の中心。槍は数人の兵士を貫き、爆散した。だが――
(……まだ威力が、落ちている……!?)
俺は眉をひそめた。だが、先ほどのあの大空洞ほどではない。
あの時は、まるで分厚い水飴の中で魔法を練るような、強烈な抵抗感があった。だが、ここは違う。魔力は感じる。練り上げることもできる。しかし、本来の威力の七割……いや、六割程度しか出ていない感覚。
まるで、霧がかかったように魔力の指向性が鈍り、威力が拡散してしまっているようだ。
(ジャミング結界……! 大空洞ほどじゃないが、この区画にもまだ、その影響が残っているな……!)
それでも、魔法が全く使えないわけではない。それだけでも僥倖だった。俺は続けて魔法を放ち、前衛の三人を援護する。
だが、その時、戦場の空気が再び凍りついた。
ズシン、と地響きを立てて、ギデオン本体がゆっくりと前進してきたのだ。その巨体が放つ圧倒的な威圧感と、魔剣『ソウルイーター』から漏れ出す禍々しい邪気だけで、後方にいたアリシアとフィーナが「うっ……!」と顔を青ざめさせ、膝をつきそうになる。
「邪魔だ、虫けらども」
ギデオンは、カイルたち三人を完全に無視し、その視線を俺に固定したまま、ソウルイーターを大きく振りかぶった。
紫黒のオーラが魔剣に収束し、空間そのものが悲鳴を上げるように軋む。絶望的な破壊の予兆。
「滅びよ!!」
ギデオンの咆哮と共に、ソウルイーターが振り下ろされた! 放たれたのは、単なる斬撃ではない。魔剣が啜ってきた数千の魂の怨嗟と憎悪が形を成したかのような、禍々しい紫黒の巨大な斬撃波! それは、俺たち全員を飲み込み、空間ごと断ち切らんとする絶望の奔流だった。
俺は咄嗟に防御魔法を展開しようとした。だが、それよりも早く、一つの影が俺の前に立ちはだかった。
オリヴィアだ。
彼女は、恐怖に震えながらも、仲間を守るという一心で、自らの両手を前に突き出していた。彼女の手の甲で金色の龍の紋章が激しく明滅し、覚醒したばかりの雷の力が、彼女の意志に応えて迸る!
「させませんっ!!」
オリヴィアから放たれたのは、眩いばかりの金色の雷光! それは防御のためだけに放たれた、純粋なエネルギーの壁だった。
紫黒の斬撃波と、金色の雷光が激突する!
凄まじい轟音と衝撃波が地下空洞を揺るがす! だが、俺が予想していた拮抗や押し合いは起こらなかった。
ジュウウウウウウッ!!
まるで、熱した鉄に水をかけたかのような激しい音。
ギデオンが放った禍々しい紫黒の斬撃波が、オリヴィアの金色の雷に触れた瞬間、その形を維持できなくなり、黒い煙と悲鳴のような音を上げながら、急速に霧散していく!
「なっ……!?」
ギデオンが、明確な驚愕の声を上げた。俺も、カイルたちも、そしてオリヴィア自身さえも、目の前で起こった現象に息を呑んだ。
魔剣ソウルイーターの力の本質は、吸収した魂の怨嗟と邪悪な魔力。
対して、オリヴィアの覚醒した力は、龍覚者の末裔としての血筋に宿る、聖なる「裁き」と「解放」の雷。それは、邪悪なものを浄化し、囚われた魂を解放する力。
(……そうか……! オリヴィアの力は……!)
俺の脳裏に、電流のような閃きが走った。
(解放……! アリシアの光魔法が瘴気に有効だったように、オリヴィアの雷は、あの魔剣の力の根源である魂そのものに対する……完全な『天敵』なんだ!)
そして、もう一つ。ジャミング結界が弱まっているこの空間。魔法が完全ではないにしろ、使える。ならば――!
勝利への活路が、暗闇の中に差し込む一筋の光のように、はっきりと見えた!
俺の思考は、絶望的な状況下で、かつてないほどの速度と明晰さで回転を始める。
「フィーナ!」
俺は、俺の背後でかろうじて立っている少女に叫んだ。
「『調律』を頼む! 今なら、この空間に残ってるジャミングを、無効化できるかもしれない!」
「うんっ!」
フィーナは力強く頷くと、俺の背中にそっと両手を当てた。俺の荒々しい龍の魔力と、彼女の清らかな【龍】のマナが共鳴し、融合する。俺たちの体を、穏やかで力強い紫電のオーラが包み込み、周囲に漂っていたジャミング結界の魔力的な淀みが、まるで朝靄が晴れるかのように、完全に中和され、消え去っていく!
フッ、と体が軽くなる。魔力の流れを阻害していた霧が完全に晴れ、俺の中に眠る龍覚者の力が、何の抵抗もなく解放されるのを感じた。
(いける……! これで、俺の魔法は十全に機能する!)
俺は振り返り、仲間たちの顔を見回した。その瞳には、まだ絶望の色が残っている。だが、ここからが俺たちの反撃だ!
俺は、ジュリアス殿から叩き込まれた戦術理論を脳内で展開し、この絶望的な戦場で勝利を掴むための、唯一無二の布陣を構築する!
「オリヴィア!」
俺は、自らの力にまだ戸惑っている王女に、力強く呼びかけた!
「君の雷が奴の魔剣を無力化できる! ギデオンの魔剣攻撃は、君が全て打ち消せ! 君の力は、奴の天敵だ!」
「わ、わたくしが……? ですが、これほどの力を、どうやって……」
オリヴィアは、自身の内に溢れる制御不能な力に戸惑っている。
「大丈夫だ! 俺が隣でサポートする! 君はただ、奴の邪悪な紫の光を打ち消すことだけ考えろ! 君ならできる!」
俺の確信に満ちた言葉と、龍の紋章を通じて流れ込む安定した魔力が、彼女の心を支える。オリヴィアは一度強く目を閉じ、そして開くと、その瞳には王女としての決意が宿っていた。
「……はいっ!」
「カイル、イリス、セレスティーナ!」
俺は、満身創痍の前衛三人に、新たな指示を飛ばす!
「お前たちの役目は、ギデオンじゃない! 奴が呼び込むであろう帝国兵の本隊! その足止めだ! 俺とオリヴィアが奴を仕留めるまでの時間を稼いでくれ!」
「……おうよ!」
カイルは、砕け散った盾の代わりに拾った帝国兵の盾を構え直し、不敵に笑う。
「御意!」
イリスも短剣を構え直し、その瞳に闘志を燃やす。
「承知した! 我らの誇り、見せてくれる!」
セレスティーナもまた、折れた剣の柄を握りしめ、覚悟を決めた。武器はなくとも、彼らの心は折れていない!
「アリシア、ティアーナ、フィーナ!」
俺は最後に、後衛の三人に指示を与える!
「後方支援を頼む! アリシアは前衛三人の回復と、戦場全体の浄化を! 奴の邪気の影響を、アリシアの光で常に打ち消し続けてくれ! ティアーナは水の魔法で帝国兵の動きを妨害! 足止めを援護を! フィーナは俺の魔力の『調律』を継続! 俺の力が暴走しないよう、頼む!」
「うん、任せて!」
アリシアは力強く頷き、聖なる光をその身に纏う。彼女の存在そのものが、この穢れた戦場を浄化する結界となる。
「承知いたしました!」
ティアーナも杖を構え、水の魔力を練り上げる。
「うん!」
フィーナも、俺の背中に手を当てたまま、真剣な表情で頷いた。
高台の上で、この予想外の展開――ジャミングの完全な無効化と、オリヴィアの覚醒――を見ていたカジミールが、初めてその優雅な笑みを消し、眉をひそめたのが映った。だが、奴に構っている暇はない。
「小僧が何を企んでおる! 全軍、かかれ! 龍覚者以外は皆殺しだ!」
ギデオンが、再び怒りの号令を発した。千の帝国兵が、再び殺意の波となって押し寄せる!
だが、俺たちの瞳には、もはや絶望の色はない。
俺は剣を構え、隣に立つ金色の雷光を纏うオリヴィアと視線を交わす。
「行くぞ!」
俺たちの、反撃が始まる!
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