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031 僕は僕であるがまま

「きゃああああっ」


夜の村に絹を裂くような悲鳴が響く。他の男たちも目を見開いて驚いている。


次の瞬間、目の前にあったおぞましいものが姿を消した。


「な、なんだ今のは…幻?」


「見間違いじゃない、確かに今、全裸の男が」


あまりの出来事に誰一人として反応することすら出来なかった。もし、今のが人間だとするのなら話を聞かれていたということになる。


ドン!


「また出たっ」


今度は豚のような男が四つん這いでこちらに尻を見せつけていた。そして消える、一瞬の出来事だったが、裏で生きる彼らの目には網膜の裏側まで鮮明に男の尻が焼き付いていた。


「敵襲っ」


その声と共に我に返った彼らがその場で戦闘態勢に入る。おかしな点があるが明らかに敵だろう。


「どこだっ」


「気配すら全く感じないぞっ」


こんなことができるのは、間違いなくこの国の暗部の者だ。やはり王国騎士団ではなく冒険者がやって来たのは我々の計画が漏れていたのだろう。仕事は完璧にこなしていた。それが露見したということは相手が数段格上だったということになる。


ドン!


先程とは別の離れた位置に現れる全裸の男。それに反応して暗器を投擲するが、既に男は消えていた。手応えも感じられず、夜の闇に暗器が吸い込まれていく。


「きゃあっ、このっ、今何か柔らかいものが!」


見えない何かに突き飛ばされ、すぐに刃を振るったが空を虚しく切るだけだった。


ドン!   ドン!   ドン!


何度も姿を現しては消える全裸の男。攻撃は易々と避けられてまるで実体が無いかのようだった。


規則性がない。重心を動かしたときに現れる大地の沈み込みや、物体が動いた時に生じる空気の流れ、注意深くそれらを見たが、一切それらを感じ取ることはできなかった。


リーダーである男、ゼロは焦っていた。完全に遊ばれている。全裸に意味があるのだとすれば、それは我々への侮蔑が目的だろう。足元にも及ばないと嗤われているのだ。


まさかの事態だった。翻弄されるままにいいようにされていく。完全に生殺与奪を握られていた。


ドン!


「くそっ、我らの上をいくというのか?!」


村人を演じてはいるが、内に着込んでいる装備は一級品である。封印指定を受けるほどのダンジョンの最深部でドロップした装束には気配遮断が、眼球には熱感知効果のあるレンズが仕込んである。移動速度を上げる靴には合わせて重力半減と摩擦を軽減する加工が施されている。


サイレントアサシンと化した我々は誰にも捉えることのできない陰となった。王国騎士団だろうとSランク冒険者であろうとワイバーンのような強力な魔物であろうと敵ではない。


そんな我らに全裸、身体一つで立ちはだかる者が現れようとは。


正直、心が震えた。同じ陰を生きる者として辿り着くべき境地を見せられている気分だった。


そしてそれは刹那の時間であった。気が付いた時には男は完全に消え失せていた。身構え続ける陰の者だけが残されていた。


「…完敗だ」


「ゼロ?」


「今すぐに撤収する。これ以上は踏み込んではいけない領域だ。行くぞ」


あえて見逃す。これは警告なのだろう。ここで我らを始末するわけでなく、相手はこちらをいつでも殺せるという意思表示をした。


半分の月が輝く空、時折雲がそれをいたずらに隠しては地上全てのモノを等しく照らす。月明かりに浮かび上がる村には村人など初めからいなかったかのように虫の声だけが寂しく響いていた。



「はあ、はあ、僕は、助かったのか…?」


これが古代魔法じゃなかったら死んでいた。


現代の魔法よりも性能の良い古代魔法。視覚的に透明化するだけでなく、発せられる声や物音も遮断して完全に隠密行動が可能となる魔法だった。今日が命日になることを悟った僕だったが、あいつらの反応を見てチャンスがあることを知った。


僕を認識できていない。最初こそ四つん這いで逃げたが、途中からこちらが有利であることに気が付いた。ならばと力の弱そうな女性を狙って背後から突き飛ばしたりしてみたが、飛び道具を投げられて状況が一転した。闇雲に攻撃するのではなく、おおよその位置を予測して振るわれる攻撃も僕のスレスレをいく結果になった。


見えないから有利というのは勘違いで、その戦闘経験の差が僕を追い詰めていくこととなった。さすがは暗殺なんかを企てる連中だ。僕は右往左往してどの方向に逃げているのか悟られないようにしながら徐々に離脱を開始した。


何度も効果が切れたが、限界を超えて魔力を使いどうにかその場から逃げる事ができた。もう完全に魔力切れだ。決して長い時間ではなかったが、死と隣り合わせの時間はとても長く感じられたのだった。


僕は力尽き、全裸で地面へと転がった。


「なるほど、貴族さまは大変良いご趣味をお持ちのようですね」


「ぶひっ」


そこにはアティが立っていた。仰向けの僕の右側に立ち、静かな瞳で見下ろしている。


「な、なんで…」


「さっき悲鳴が聞こえたから見に来たのよ。へぇ、これが男の人の…初めて見たわ」


「こ、これは違うんだっ。そういうのじゃないんだからねっ」


あろうことかアティはしゃがみ込み、僕の裸体をまじまじと観察している。


「はあはあ、もう許してぇ」


「シルベルト君、スポンサーになる話受けるでしょ?こんな弱みを握られたら嫌とは言えないものね」


顔を近づけてアティが脅迫してくる。アティの黒髪が僕の体に触れてくすぐったい。アグノニス家の名誉を守るため、僕は屈するしか選択肢がなかった。


「なる、なります。だから…」


こうして、僕はアティの古代魔法の研究に資金援助をする約束をした。


帝国の貴族ともひと悶着ありそうだが、帝国に古代魔法を、そして何よりワイバーンを一人で殲滅できる実力を持つアティを渡してはいけない。誰かが彼女を繋ぎ止めなければいけないと僕は考えていた。


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