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032,END 燻ぶる復讐の心(最終話)

友人として、僕はアイザックの葬儀に参列した。冒険者は常に危険と隣り合わせの職業だ。朝元気に出て行き、冷たくなって帰ってくるなんてこともザラにある。いや、帰って来れるだけ幸せかもしれない。


貴族であることを公言していたアイザックの死は他の身分を隠して活動している貴族連中に影響を及ぼした。それぞれの家から冒険者ギルドへと圧力が掛かり、当人の意志に関係なく依頼を受けられなくしたそうだ。貴族社会で後継ぎがいなくなるのは大問題だ。生まれてきてからこれまでに施してきた教育、時間全てが無駄になる。後継ぎがいなくなれば家はお取り潰しになり、近場の貴族に全て吸収されてしまう。そういうのを防ぐために子供は多く作る。


アイザックのところは妹が二人いたはずだが、家を継ぐのは男でなければならないと昔から決まっている。当主であるアイザックの父親はすでに高齢だが、そこは他がとやかくいうものでもない。なるようになる、見守っていくしかない。僕にできることがあるのなら何でも協力するつもりだが、しばらくはアイザックを悼む時間が必要だろう。


ワイバーン討伐から無事に帰還すると報酬は等倍でギルドから支払われた。内容的にはアティの総取りでもよかったが、どんな結果になろうと参加したパーティーには同額を均一で払うことにしていたからだ。

無傷の銀の雨粒、パーティーリーダーを失った火の選定、同じく光蜥蜴。そして黎明の誓いはリズを失った。どのパーティーも今後に少なくない影響が出てくる。痛い復帰戦になってしまったものだ。


村での出来事もあるし、僕の代わりを務めた偽貴族もしばらくは身を隠すように指示を出しておいた。今はそれぞれに時間が必要だった。


「ちょっとそこの猫耳メイド、私にお茶を用意してくれる?ノエルはそこの本棚から赤いラベルの付いたクラフトブックを取ってちょうだい」


「おい、ここは僕の家だぞ。好き放題するんじゃないよ」


僕が家に戻るとアティが絶賛くつろぎ中だった。カノンとノエルを顎で使い、ふかふかのソファで本を読んでいる。


「あら、随分と早かったのね。貴族の葬儀なんてもっと長い時間拘束されるものだと思ってたわ。ありがと、じゃあ次は―」


あれからアティは僕の家に転がり込んできた。彼女の言い分としては、スポンサーになったのだから衣食住を提供するのは当たり前だというのだ。僕としてはそれは構わない。彼女を手元に置いておけるのなら安いものだ。もう一人のスポンサーである帝国の貴族に、連れて行かれてはかなわない。


今までは冒険者をやって仲間もいるからと帝国行きを断ってきたらしいが、僕がスポンサーになるのを了承すると、あっさりと黎明の誓いを脱退してしまった。研究に本腰を入れる為らしいが、アイスたちにはいいとばっちりである。いまや黎明の誓いはアイスとシンシアの二人だけになってしまった。


「シルベルト君、アトリエの完成はいつ頃になる予定かしら?」


「そんなすぐにできるようなもんじゃないだろ。最低でもひと月は待ってもらうぞ」


「そう。その間に私が帝国へ行かなければいいわね」


「お前なぁ…」


そう言えば僕が何でもすると思って調子に乗っているのだ。アティの要望で、屋敷内に新たにアトリエ、アティ専用の魔術工房を建設することになった。古代魔法の研究とやらがどんな内容なのかは分からないが客間ではダメらしい。望むものを与え、惜しむことなく財を注がなくてはいけないとはとんだ厄介者である。


「僕にどんなメリットがあるのやら…」


「あら、夜の慰みくらいならいつでも言ってちょうだい」


「ぶっ、おま、そういうこと言うなよなあ」


童貞の僕は顔を赤くしたが、アティは興味が無いように髪をいじって目線は本だ。何の感情もこもっていない言葉だ。


「そう?聞いたわ、ここにいる全員と関係を持ってるそうじゃない」


「はあ?!」


僕はいわれのない話に思わず素っ頓狂な声を上げた。


「そこのメイドとは鞭で叩かれる関係、ノエルはシルベルト君の奴隷なんですって?」


「合ってるけど合ってないぞ!そういう誤解を生むような言動は慎んでもらおうか。カノンとノエルも余計な事言わないでくれよ」


「ふふふ」


「はいはい」


二人は僕を相手にしていない。カノンは元からだが、ノエルも随分とここに馴染んだものだ。生意気なクソガキだが、僕が貴族であることが分かってからは敬意を持って接するようになった気がしないでもない。アティも加わって、傍から見ればハーレムにも見えるだろうが実際は違う。


可愛い許嫁がいて、専属の猫耳のメイドがいて、奴隷兼クソガキメイドに命を救ってやった母親付き。おまけにソロでもSランク冒険者としてやっていける自他ともに認める天才魔法使いと同居?


あれれ?そして僕はアグノニス伯爵の次期当主…あっ勝ったな!これは勝ってるわ!


「なんだ、僕って勝ち組じゃないか!アイスなんて気にすることないんじゃないのか?ぶひっ」


とんだハーレムがあったもんだ。僕は上機嫌にカノンが用意してくれたお茶を啜る。


「あぢぃっ?!」


「それはそうと、伯爵家の人脈を生かして方々に古代文字で書かれた書籍がないか当たってくれないかしら?町の古書店は調べ尽くしたし、可能性としてまだ残っているのは貴族の所有する書庫くらいなのよね。魔術書そのものは無いでしょうけれど、当時の何かが残っていれば研究の手がかりになるわ」


「…ああ、それは良い考えだ」


鋭い推察だ。僕が手にした魔術書もアイリの家の書庫から見つかっている。爵位に問わず、探りを入れてもいいだろう。アグノニス家に逆らうやつはそうそういない。


もし良い古代魔法が見つかれば僕のモノにしてしまうのもアリだ。というか書庫ならウチにもあったな。貴族ってのはバカみたいな値段のワケの分からない物を集める連中だから魔術書の一冊や二冊あっても不思議じゃない。


「シルベルト様、村が何者かに乗っ取られていたという話はどうなさったのですか?」


カノンが遠慮がちに尋ねてくる。そうだ、あの村人たちは偽物だったのだ。僕たちが出発前に挨拶をしようとしたところ、村は無人になっていた。あの夜に聞いてしまった話が事実だとすれば、かねてから噂されているように帝国と戦争になるという話が現実味を帯びてくる。


何にしろデリケートな案件だ。僕は正体を隠して臨時のポーターとして参加していたため、王国騎士団と国には銀の雨粒が報告してくれているはずだ。冒険者ギルドにも報告はしたが、まずは村の調査から始めることになるだろうとルーシィが言っていた。


「現在調査中だ。大きな進展はないよ」


「そうですか」


僕があの夜、古代魔法を試さなかったら分からなかった事実だ。仲間が死んで平静ではなかったし、村人がいなくても気にしないで愛想がない村だとそのまま帰ったかもしれない。


「話自体が怪しいものだわ。シルベルト君がごまかすために妄言を吐いている可能性もあるもの。あれだけ僻地にある村なら盗賊に襲われて全滅だって考えられるわ」


「貴族を侮辱すると不敬罪で捕まるからな」


アティは自分で見たものしか信じられないらしい。異変に気付いたのもアティだったということにしてある。その方が信憑性があるからだ。というかスポンサーを請け負ったのだから僕のことは全面的に信用してくれていいはずだぞ。


「シルベルト様。お客様がお見えになりましたが、如何いたしましょう」


「ん?誰が来たんだ?」


そんな事をやっていると屋敷のメイドがやって来た。どうやら僕に客のようだが、そんな約束はしていない。


「ウンバー商会のラビエ氏です。良いお話を持ってこられたとか」


「そうか、会おう」


僕は皆を残し、応接間へと移動した。そこには相変わらずのでっぷりとしたお腹がトレードマークのウンバー氏がいた。


「これはシルベルト様、突然の訪問に対応して下さり、感謝します」


「いいんですよ。それより良い話を持ってこられたとか、興味深いですね。早速聞かせて下さい」


「は。実はですね―」


ウンバー氏が持って来たのはアイスの幼馴染であるシンシアの実家、クレンティン商会の話だった。


「クレンティン商会は無くなったはずでは?」


ポーション偽装事件でクレンティン商会を莫大な借金を抱えてお取り潰しになった。黎明の誓いが底辺に落ちた理由もそれに関与していたためである。シンシアの父が勝手に黎明の誓いを広告塔にしていたためだが、それでも娘のパーティーということもあって評判はだだ下がりだった。


「それが再起を計ろうとしているようでして、また商会を立ち上げるつもりでいるのです」


「そこは腐っても商人か。たくましいことじゃないか」


「そうも言ってられないのです。借金は返済できておらず、残った私財を投げ売っても開店資金には程遠く、評判の良くない金融機関から金を借りているのです」


「ほう」


「あげくその金融機関に騙されて借金が倍に増えたとかで、あちこちに金を借りに来ているんです。ウチの商会にも幾度となくやって来まして」


ウンバー商会はアグノニス家も懇意にする、貴族を相手に商売をする成功した商人だ。儲かっている証拠にあのお腹だ。金を借りれるかは別として、足を運ばずにはいられないだろう。


「泥沼だな」


「はい。クレンティン氏はもう完全に終わっています。そんな者に誰も金は貸しません」


「ふむ、僕にどうしろと?」


「いえ、話はここからです。見込みがないと分かったクレンティン氏は娘を売り出すと持ちかけてきたのです」


「ん?」


「自分の娘を売りに出すというのです」


「それは、奴隷という意味か?」


「…はい」


「正気か?自分の娘だろ」


奴隷っていうのは僕がノエルを奴隷にしたっていうのと別次元の話だ。奴隷には人権も無いし、完全に物扱いしていいという意味だ。犯罪者を強制的に働かせる鉱山奴隷なんてのが一般的に知られているが、死んだ方が良いと思えるような過酷な人生を歩むことになる。


「それでも人の心に闇は棲むものです。金貨2万枚で娘のシンシアさんを売りに出す。ある意味有名になりましたし、愛人として置いておけば使い道は多いものです」


「……」


金貨2万枚とは大きく出たものだ。確かにシンシアはSランク冒険者であるし、回復魔法の使い手だ。歳も若いし愛人としては最高だろう。使い方によっては良い買い物になる。


って、買う方向で考えてしまった!どう考えても倫理的、道徳的にアウトじゃないか。そこがいいんだが、シンシア自身のことはどうなる?父親のためだからといって自分の人生を捨てる娘がいるものか。


「シンシアは何と言っているんだ?」


「話自体知らないはずです。クレンティン氏は娘の意志は関係ないと言っています」


「完全にアウトだろ」


「しかしクレンティン氏には後が無いのです。このままだと借金のカタに娘を取り上げられるだけだとも言っておりました。どうでしょうかシルベルト様、かつてのお仲間の危機を救っては」


「僕のところに話を持って来てくれた事は感謝する。とてもありがたい話だ。僕も彼女がそんなことになるのは見たくない。だが金貨2万枚というのがネックだな」


バカげた数字だ。どれだけ借金が膨らんでいるのか知らないが、庶民であれば金貨2万枚あれば一生そこそこ裕福に暮らしていける金額だ。商人が店を持つにしたって金貨500枚もあれば十分に始められる金額なのだ。


貴族である僕にとって金貨2万枚というのは、あり得ない金額である。そもそも僕はまだ当主じゃないし、僕が自由にできる金額はせいぜい金貨3000枚ほどだ。とてもじゃないがその条件は飲めない。


「そんな事言わないで助けてよっ」


「ぶひっ」


応接間に飛び込んできたのはノエルだった。その後ろにアティとカノンもいる。


「お前ら、失礼しましたウンバーさん。ウチの使用人は少々元気があり余っていまして」


「シンシアは仲間でしょ!仲間がそんなことになってるのにどうして助けてくれないのっ。私の時みたいに助けてよ、貴族であるアンタなら助けられるんでしょっ」


「シルベルト君、シンシアなんて助けなくていいわ。貴方はパーティーを追放されたでしょ、シンシアだってそれに賛成したわ。そんなお金があるのなら全部私のために使いなさい。シンシアにはアイスがいるんだし、二人で逃げればいいのよ」


「ややこしい!天使と悪魔みたいなこと言ってんじゃねえ!」


涙目のノエルと正論のアティ。ノエルはシンシアと仲が良かったし、姉のように思っているのだろう。アティの言うように二人で逃げればそんな酷いことにはならないだろうが、根本的な解決には至らない。借金をどうにかして、商売も諦めさせないとこういうのはいつまでも良くない方向に進んで行くものだ。


「勘違いするな、助けないとは言っていない。ここで恩を売っておけば僕にとっても利益になる」


そもそもの問題は金融機関だろう。話を聞いてる限りだと正規の金貸しでないことは明らかだ。そんな返せないほどの借金をさせて破滅させようとしているなんてどう考えてもおかしい。


「ウンバーさん、その金融機関について詳しく調べてくれませんか」


「ええ、話を持ち掛けたのはわたしです。もちろんいいですよ。早速動きましょう」


「ありがとうございます」


アイスのハーレムパーティーは阻止した。だがアイス本人にはまだ追放した復讐をしていないことが引っ掛かっていた。僕は勝ち組だ。もうアイスに興味はないのだが、このシンシアの父親の問題を解決すればシンシアに恩を売ることができる。うまくすればアイスからシンシアを奪うことができるだろう。


恋仲にある二人を引き裂く。それが僕の復讐となるのだ――


今まで読んでくださった皆様、お疲れ様でした。この話を持ちまして一つの区切りとさせて頂きます。そろそろルクスちゃんを再開させたいと思いつつ、FGOやARKで遊ぶ日々でございます。またどこか、次の話でお会いしましょう。

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