028 アティの実力
「あれが、ワイバーンの巣か…」
僕はごくりと喉を鳴らした。緊張でやけに大きな音に聞こえる。
僕らはトカゲのように地面に這いつくばって、少し離れた場所からこっそりと巣の様子を窺っている。巣は山の中腹、壁のような岩肌にぽっかりとあいた不自然な穴の中に作られていた。穴の周りが艶を帯びていることからブレスで岩肌を溶かして作ったことが分かる。
ほぼ垂直に近い壁のような岩肌は手がかりは多いものの、登っていけるような高さに巣は作られていない。手を滑らすか足を踏み外すかして落下死するか、見つかって何もできないままブレスの餌食になるのがオチである。
ここから確認できるだけでもワイバーンは3匹見える。確か銀の雨粒の斥候の情報では8匹以上いるとか言っていた気がする。
「無謀だ。見つかる前に帰ろう」
「ここまで来てそれはないわ。いいからそこで這いつくばって見てなさい」
今はアティの魔法で僕らには認識阻害の魔法が掛けられている。攻撃を仕掛けない限り、見つかることはないそうだが、本能的にこうして身を低くしているのである。
僕は戦力にはならない。戦うなら本当にソロで挑むしかない。このまま帰れば助かるが、半端なちょっかいでも出せばワイバーンの怒りを買うことになる。それは死だ。巣のワイバーンを全て倒さないと勝てないのだからどうすればいいかなんて誰でも分かることだ。
「まずは巣から追い出すことにしましょう」
しかしアティはやる気のようだ。僕に本気とやらを見せるつもりらしいが、巻き込まないで欲しい。ただただ今は家に帰りたい。僕を拘束する魔法のウィップはまだ自由を奪ったまま、逃げられないようにその場に固定してある。
「『ファイアボール』」
アティは巣にめがけてファイアボールを放った。一般的なファイアボールとは色も大きさも違った。火なのだから赤いはずなのに、アティのファイアボールは青い火の玉だった。決して飛んでいくスピードは早くないが、回転しながら飛んでいき、周りの空気を巻き込みながら膨張しその大きさを増大させながらワイバーンの巣へと吸い込まれるように消えていった。
ギャオオオオッ…!!
巣の奥が一瞬明るくなると叫び声を上げながらワイバーンが巣から飛び出してきた。1、2、3匹…巣の中から黒煙が上がる。それ以上のワイバーンは出てこない。
「数が少ないぞ。初手で他のワイバーンは倒せたのか?!」
「バカね、そんなわけないじゃない。よく見なさい、巣穴なんて一つだけなわけないじゃない」
「なっ」
空には無数のワイバーンが旋回していた。その数は、10匹だ。黒煙が岩肌のそこかしこから上がっていた。正面の巣に注視しているうちに他の穴から出てきたようだ。
巣を攻撃されたワイバーンは咆哮しながら敵を探している。
「に、逃げなきゃ…」
一匹のワイバーンが僕らに気付き、喉奥を燃やした。ブレスがくる!
「いやあああっ、いやああああっ!!許して許してっ、お母さ~んんんっ」
僕がどれだけ暴れようとも逃げる事は許されず、悶絶する芋虫のようにのたうち回ることしかできなかった。
そして三度目となる死の光と熱。それが僕を、……あれ?いつまでたっても熱くならないぞ。もしやそれすら感じる暇もなく一瞬で僕は死んだのか?
「どう?今度は大丈夫だったでしょ」
見上げるとアティが空に手をかざしている。その先には炎が迫っている。だがしかし、それはアティの魔法によって防がれていた。今回は風ではなく光の膜が僕らを守っていた。
炎が晴れる。それと同時に光の膜も消えて、アティが空を飛ぶワイバーンに照準を合わせた。
アティの背後に高速回転する無数の光球が浮かぶ。タイガーグリズリーの時より数が多い。
「『リバースレイン』」
全ての光球が空へ射出される。地上から放たれた光はもの凄いスピードでワイバーンたちへと飛んでいくと、そのままワイバーンの翼に無数の穴をあけた。
「ギャオオッ」
翼に穴が開いたことで、飛行能力を失ったワイバーンたちがそのまま落ちていく。一匹は地面に叩きつけられたあと動かなくなった。一匹は先の尖った山肌に串刺しになり、血を零しながら痙攣し始めた。
「全部落としてあげたかったけど、しょうがないか」
他のワイバーンは回避したか射線上にいなかったかで、以前空の上だ。今の魔法で他のワイバーン全部が僕らの位置を把握した。
「じゃあ次は、火力勝負ね」
アティがおもむろに自分のローブに手を掛ける。そのまま前のボタンをぷつぷつと外し始めた。
「なんだと?!」
僕は突然始まった脱衣を固唾を呑んで見守った。そうだ、今の僕にできるのはアティから目をそらさずに彼女の勇姿を見続けることだ!
何の躊躇もなくローブを脱ぎ捨てると、そこには下着姿のアティが…ということはなく、近接職のような軽装を装備したアティの姿があった。
「おまっ、魔法使いのくせにローブの下は裸じゃないのかよー?!!」
「は?気持ち悪い…」
僕は何のためにこんな地べたに転がって下から見上げるような最高のアングルに陣取っていたと思っているんだ。
身軽になったアティは軽く地面を蹴る仕草を見せたかと思うと、そのまま空へと飛び上がった。
「ふがっ、と、飛んだ?!」
アティが重力の縛りを忘れたかのように、空へと上がっていく。人間には翼がない、空を飛べる生き物ではないはずなのに。もちろん突然翼が生えたりはしていない。恐らく、風魔法だ。緻密な風魔法のコントロールによって人間の空を飛ぶという夢を実現させているのだ。
「すげぇ…或いはもしかすると、既に古代魔法を習得しているのでは?」
空を飛ぶ矮小な生き物が自分たちと同じ高さの空にある。ワイバーンたちは翼を広げることもない、見たことのない生物に興奮していた。
「『フレアバースト』」
アティが灼熱の炎を放つ。ワイバーンのブレスによく似たその炎は一匹のワイバーンを丸焼きにした。しかしさすがは炎のブレスを吐くワイバーン、火属性には高い耐性があるようで硬質の外皮の表面を少し焦がす程度のダメージしか与えられていないようだった。
その攻撃でワイバーンたちはこれが敵であることを思い出した。ワイバーンたちと空中戦、ワイバーンからブレスが放たれる。
「『フレアバースト』」
それに真正面から応えるようにアティが炎を放つ。ぶつかり合う炎と炎、その威力は拮抗しているようでどちらも一歩も譲らない構えだ。しかしワイバーンはブレスの炎、息を吐き終えた時点で必ず炎は途切れる。アティは魔力の許す限り継続して炎を放つことが可能だ。消費する魔力を上げれば、今より高火力の炎にすることもできる。今度こそ丸焼きにでもできるだろう。
「グオオオオッ」
そこに他のワイバーンから横やりが入る。大きく口を開けてアティめがけて突っ込んできた。
「ちょっと?!」
多勢に無勢というやつだ。どうやらワイバーンたちにとって一騎打ちという概念はなく、狩りのような認識でいるようである。ワイバーンが群れで獲物を狩るというのは確認されていないが、巣を作り集団で生活をすることからあってもおかしくないと推測される。
アティが、かみつき攻撃を受け止める。巨大な口が迫ってくるのは何とも恐怖する光景だったが、瞬間的に防御へと魔力のリソースを割く。噛む力というのはその体重に比例すると言われている。ワイバーンの体重は恐らく1000㎏あるかないかだろう。空を飛ぶ分、見た目よりも軽いはずだ。それでも十分過ぎるほどに強い力だった。
上顎と下顎に挟まれながら、ワイバーンの口先で飛翔する暴風を背中に浴びるアティ。ワイバーンのいる上空は地上よりも遥かに気温が低い。そこに暴風を浴びればすぐに体温を奪われて死ぬ。ワイバーンとしてはかみつきにきただけなので狙ってやっていることではないが、アティはさらに魔力を消費して凍てつくような寒さから身を守った。
「んんんんん~~」
噛み砕くことができない。どんなに力を籠めても小さな生き物は潰れることがない。ワイバーンも普段からこんなに口を開けて飛ぶことはない。ブレスを吐く口内は炎には強いものの、風による乾燥と冷たい空気に参っていた。はっきり言って気分が悪い。
ワイバーンが突如、顎の力を緩める。しかし飛ぶことはやめなかった。するとアティはするっとワイバーンの口内へとすべり込んでいく。
「きゃあっ」
「ゴゴッ?!」
喉に人間を詰まらせたワイバーン。苦しそうに空中で揉んどりを打つと呼吸できなかったのか、しばらくすると力なく地上へと落下していった。




