027 それでも僕は
「オア…アアァ…」
蒸し焼きにされた死体が起き上がる。死者が放置され、一定の時間が経過するとアンデッドとなる。ほとんどの場合、生き物の根源である他者を喰らう行為、すなわち食欲を原動力に生き物を襲い始める。
「うそだろ、リズが…」
「ふぅん、もう少しもつと思ってたけど案外早かったな。他の人はまだ死んだままだし、リズの魂だけ劣化が早かったのかな?」
アティは冷静に状況を見ている。仲間のリズがアンデッドと化した。蒸し焼きになったからだろう、眼球は白濁し、見えていないようだった。血液や体液が体のいたるところから漏れている。呻きながらゆっくりと徘徊を始めた。
「リズ…!」
「オォ…」
シルベルトの声に反応して死体が向かって来る。出来の悪い人形のように歩く死体は音を頼りに動いているようだった。
「シルベルト君。残念だけど、もうあれは魔物よ」
「リズ…」
なんてことだ。仲間が死んでしまった。僕にとっては元仲間だが、それでも数年間は一緒に冒険してきた。人はいつかは死ぬ。でも、それが今日だなんて…。
僕は動けないでいた。ゆっくりとリズだったものが近づいてくる。
「ちょっと、早く逃げなさい。アンデッドの恐ろしいところはそのパワーよ。私たち人間は脳が無意識に力をセーブしているの。彼女は死んでいるからそれがないの、掴まれたら逃げられないし噛まれたら骨まで砕かれるわ!」
知ってる、常に火事場の馬鹿力状態ってやつだろ。でもだめだ。僕は逃げちゃいけないんだ。
「早く!貴方が射線上に重なってるから魔法が撃てない。せめてしゃがみなさい!」
リズに復讐できなかったことは悲しい。いつも、はつらつとしていてアイスの事ばかり追いかけていたけど、他のメンバーにはない素晴らしいものを持っていた。
揺れる。
揺れている、リズのおっぱいが。おぼつかない足取りで一歩ずつ進むたびにぶるんっ、ぶるんって。死してなお、リズの巨乳は巨乳のままだった。
くそ、目が離せない。分かっているのに動けない。僕に向かって来てるんだ、復讐と称して触ってやろうと思っていた、いつも目を奪われていた、いつか触ってみたいと願っていたリズの胸が!
「シルベルト君!」
これが最後のチャンスなんだ。死んだら体は硬くなるらしいから、もうあれは僕の望んだものじゃないのかもしれないけど!それでも、それでも僕はっ…!
「うおおおおおおっ!!」
リズが僕の声に反応して両手を前に突き出す、それを躱すと懐に潜り込む。そして――
◇
「『リターンオブライフ』」
アティが蘇生魔法を皆にかける。すると柔らかくて暖かな光が皆を包んだ。しばらくすると動かなかった体が呼吸を始めた。蘇生はうまくいったようだ。
でも何人かは手遅れだった。蘇生された組とは別によけて、死体が僕の横に並べられている。
リズがそうだったように、何人かはあの後アンデッドになった。アティがわざと蘇生を遅らせた気もするが、それを咎めることも気にすることもできなかった。今の僕は抜け殻だった。
僕の手には柔らかい感触と、暖かな温もりが残っている。
アンデッドになってすぐだったからだろうか、それとも蒸し焼きによる熱で暖かかったのだろうか。僕は自然と涙を流した。虚しさを感じている。僕の夢の一つが終わりを告げたのだ。
「これだけの人数を蘇生できるなんて、私は天才ね」
「…そうだな」
「でもおかげで魔力が枯渇したわ。蘇生はできたけど全快させるのは無理、しばらくは誰も起きれないわ」
「そうなのか?」
魔力が他の人の70倍とか言ってた気がするけど、まあ確かに人を生き返らせるなんてどれほど負担があるのか計り知れない。アティは以前と変わらず涼しい顔をしているが、きっと疲労困憊なのだろう。
しかし困ったことになった。ここはワイバーンの住まう山、テリトリーでは安全に休むことなどできないだろう。いつまた、ワイバーンが襲って来るとも限らない。二人では皆を運べないし、置いて行くわけにもいかないだろう。
僕は遺体に目をやる。死んでしまったのはリズ、アイザック、スルトの三人だ。不幸にも彼らはアンデッドになってしまった。アイザックとは仲が良かっただけに悔しい思いがある。遺体はその場で焼却処分が基本だが、貴族である以上はそのまま持ち帰ることになる。他の二人に関しては皆が目覚めて、お別れをした後に決めることになる。
「ええ、そうなの。だから今のうちに二人でワイバーンを倒しに行きましょう」
「ん?何を言ってるんだ?」
「分からない?ここは危険だわ。いつワイバーンがやってくるかもしれないし、他の人がこのザマじゃ移動も不可能でしょ。これを解決するにはワイバーン討伐を遂行するしかないのよ。やられる前にやれ、かしら」
「はぁ?無理だろ、たった二人でとかふざけてるのか。それにお前は魔力が枯渇したんだろ」
「したわ、でもワイバーンを倒す分は取ってあるから問題ない」
「ちょ」
「特別に私の本気を見せてあげる。いいからついてきなさい」
アティがパチンと指をならすと、光の檻が形成された。皆を囲うということは防御魔法の一種か。それも無詠唱。
「待ってくれ、そんな危険な事は僕は認めない。というか魔力があるなら皆を治療しろよっ」
「嫌よ」
アティはそれだけ言うと、本当に山を登りだした。正気か?
僕が動かないでいると、アティが光のウィップを僕に放つ。それは鞭というよりは蛇のような動きで僕の両手を拘束した。
「なっ、何をするんだ」
「さっさと来なさい。でないと引きずってでも行くわ」
「おわっ」
強引に引っ張られると僕は転んでそのまま引きずられていく。
「いででででっ、僕にこんなことしていいと思ってるのか、僕は貴族だぞ!」
僕の声は誰にも聞き入れられず、虚しく岩山に木霊するのであった。




