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025 私にとって

「まあ、見てカノン。茶柱が立ったわ」


「素敵です、アイリ様。東洋では茶柱が立つのはおめでたいとされているのです」


シルベルト不在のアグノニス家。アイリは許嫁の立場を利用して、あえてこの時に訪問していた。手入れの行き届いた庭園で、もてなしを受けている。伯爵家では世界中から様々なお茶を取り寄せている。今回出されたのは東洋のお茶と豆を甘く煮て潰したものを生地で丸めたお菓子だった。


「じゃあ何か良いことが起きるかもしれないわね。例えば、そう。…今晩は豚の蒸し焼きが食べれるとか、ふふふ」


「ふふふ、それはおいしそうですね」



たっぷり20秒はブレスが放たれただろう。連続のブレスは二度が限界だ。これ以上やると器官を痛めてしまう。


ワイバーンは矮小な生き物たちがブレスで消し炭になっていないことを不思議に思ったが、見た目から湯気が上がり死んでいることが分かったので巣へと帰って行った。彼らは生肉を好むのである。


「……」


対処方法を間違えたのだ。全員が生きたまま蒸し焼きにされて死んだのだ。


準備を万全に整えて、こちらから先制を仕掛ければ確かに勝てる相手ではあった。だが、世の中は何が起きるか分からない。最善手だと思った行動も、死へと繋がることもある。或いは死からは逃れられない、ここで死ぬ運命だったのかもしれない。


とは言え今回は、最善手と呼ぶにはあまりにもお粗末だったのではないだろうか。

何がいけなかった?スルトの独断行動か、アティの熱を考慮しなかった魔法か。そもそもこのパーティーの組み合わせだろうか、それぞれに自負があり、連携も取ったことのないような初顔合わせでは高ランクであろうと最初から上手くいくはずもなかったのか。


……。

…………。

………………っすぅ。


全員が死んだ。


だがその後で一人だけ、息を吹き返した者がいた。


「…『エリクシルリファイン』…」


万能の霊薬であるエリクシルと同等の効力を持つ最上級の治癒魔法。それを彼女は自身に唱えた。


「…はぁ。…生きたまま蒸し料理にされるなんて、得難い経験ができたわ」


完全回復し、以前と変わらない姿に戻った彼女。重なるように倒れていたシンシアの身体が起き上がる。


「もう、邪魔っ」


その下から出てきたのは黎明の誓いの天才魔法使いアティだった。


そのまま起こしていたシンシアの死体を横に投げ捨てる。ようやく立ち上がるとパンパンと服に着いた汚れを払い、乱れた黒髪を整えた。


「ふぅ…」


そしてまずは状況確認。どうやらワイバーンは全員を殺したと思って帰ったようだ。感知魔法にも何も危険なものはひっかからない。


足元には笑ってしまうほど多くの死体が転がっている。


備えあれば憂いなし。アティは普段から死んでも一度だけ復活できるマジックアイテムを所持していた。本当にそんな効果あるのか疑問だったが、これで実際に証明された。

全属性使えるという事はシンシアの領分であった治癒術も当然使うことが出来た。シンシアの使えない最上級の魔法もアティにかかれば朝飯前だった。


「『カースドプリズン』」


次にアティが行ったのは漆黒の檻で全員を閉じ込めることだった。死者を蘇生するにはいくつか条件がある。死んでからすぐに蘇生すること。これは体から完全に魂が抜けてしまうと生き返らないからだ。死ねば魂が体という入れ物を失って、自分の形を保てなくなって霧散してしまうのだ。


この魔法は魂を閉じ込めるための檻だ。これなら体から完全に抜けてしまうことはない。とりあえずは安心だ。


「でも本当に、全員を生き返らせる価値があるでしょうか?」


そして蘇生のための魔法は莫大な魔力を消費する。普通の魔法使いの70倍という魔力量を持つアティからすれば余裕で全員を蘇生させることができる。


だが勿体無い気がするのだ。全員蘇生しても総魔力量からすれば半分も消費しないだろう。その後のワイバーン討伐にも影響は絶対に出ない。


でも嫌だった。他人のためにどうして私が魔力を減らさなければいけないのだろう。私にとって有用な人間ならば惜しむことはないだろう。だがそうでない人間ならば助ける必要は皆無だ。


その点でいくと、火だるま人間は除外だ。コイツのせいでこんな事になったのだ。責任を取る必要があるだろう。それはこの場での死だ。生きて償うなどできる人間とは思えない。


付け加えると、仲間の火の選定全員も除外する必要がある。リーダーである火だるま人間を生き返らせなければ不満が噴出する。もしかしたら暴力にうって出る可能性もある。やはりダメだ。


次に銀の雨粒の死体を見る。今の理論だと全員を助けることになる。大陸最強のSランク冒険者、彼らを失えば人類にとって大きな損失となる。


しかし火の選定を生き返らせなかったことを咎められないだろうか?Sランクともなれば、その人格は高潔だ。助けられるのに助けなかったという事で私が罪に問われる可能性もあり得る。生き返らせてくれた恩人にそんな事をするだろうか?いいや、ゼロとは言えない。危険かもしれない。


と、そんな事を考えている時間はあまり無い。死んだ人間は時間が経つとアンデットになる。冒険者が依頼中に死亡した場合は遺品を数点残して、その場で火葬するのが常識だ。死体を持ち帰る場合はヒーラーが神聖術で処置を施して、アンデットにならないようにした場合である。


「貴方は私にとって有用な人ね、『リターンオブライフ』」


まずは一人、暖かな光が優しく包む。蘇生魔法をかけると胸が上下し、自発的に呼吸を始めた。しかしこのままではすぐにまた死んでしまう。続けざまにエリクシルリファインを唱える。


「…う、うぅ」


「起きて、目覚める時間よ」


まるで極寒の冬から一瞬で暖かな春にやってきたようだ。僕は呼びかける声のままに、うっすらと目を開ける。


「おはよう、シルベルト君。生き返った気分はどう?」


そこには黒髪の可愛らしい少女が微笑んでいた。

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