023 ワイバーン討伐2
「タイガーグリズリーだっ!」
「避けろっ」
巨大な熊の手が無造作に冒険者たちを薙ぎ払っていく。アイザックがまともにくらい、砲弾のように火の選定へと吹っ飛んだ。後方を固めていた銀の雨粒が崩れた火の選定の陣形をカバーに入る。
「シンシア、向こうの回復に行ってくれ、アティは支援を頼む。リズ、俺に合わせてくれっ」
「はいっ」
「了解」
「任せて!」
アイスが仲間に指示を出し、タイガーグリズリーへと突撃する。アイスが構えたのは青白くいびつな形の晶剣だった。
「はあっ」
繰り出されたベアクローを横に飛んで躱すと、タイガーグリズリーの脇腹を一刀する。肉を断つ感触は得られず、硬質の毛皮に防がれる。すぐさまに距離を取ると反対側からリズが迫る。
リズは両手にメイスを持ち、背後から腰を砕くように打ち付けた。それはタイガーグリズリーのヘイトを稼ぐだけにとどまり、ダメージを与えられていなかった。
「効いてないよっ」
メイスで振るわれる爪を弾きながらリズがタイガーグリズリーの股下をくぐる。この個体は他のタイガーグリズリーと比べると遥かに大きい。首や頭には攻撃が届かないし、全体的に硬い。攻撃手段は単調で獣のソレだが、一撃でももらえば致命傷になりかねない。
「どうします?加勢しましょうか」
「いや、俺たちはこれからワイバーンを殺しにいこうってんだ。こんなクマくらいスパッと倒せなきゃ話になんねえよ、黙って見とけ」
アイスとリズが纏わりつくように攻防を続ける。他の冒険者は手を出さないつもりらしい。
いや、その必要がないと判断したのだろう。タイガーグリズリーは蠅のように鬱陶しい人間二人に夢中で他の者を見ていない。
天才と謳われる魔法使い、アティの背後には色とりどりの光球が円を描くように回転していた。その色から、恐らくそれぞれの属性を表しているのだと思われる。
「二人とも離れて」
アティが告げ、間髪入れずに光球を魔物へと叩き込む。すると突然、謎の爆発が起きてタイガーグリズリーが爆散する。
「うわっ」
「ぎぃえっ」
血や肉片、赤いよく分からないものが飛び散って冒険者たちの衣類を汚した。戦って返り血を浴びるならまだしも、ただ見ていただけなのに飛沫をもらうというのはなぜか嫌悪感を生んだ。
「随分とハデな魔法だな。爆発する魔法なんて初めて見たぜ」
「そう?火属性ならそういった趣旨のものも結構ありますけど?」
火の選定の魔法使いがアティに話しかける。同じ魔法職として気になったのだろう。
「いや、今のは炎の爆発とは違ったものだったよ。あの球が火や水属性だっていうのは分かったが、一体何だったんだ?」
「そうね、どうせマネできないでしょうから教えますけど、貴方は同威力のファイアボールとアクアスプラッシュがぶつかり合った場合どうなると思いますか?」
「え?急に何言って…」
「アクアスプラッシュの水が高温の炎で瞬間的に蒸発して水蒸気が大量に発生するの。相殺ね。異なる属性同士を組み合わせることで様々な効果をえることができるわ。私は全属性を使える。全属性を同威力で同時に対象にぶつけた場合、属性を帯びた魔力は高威力のエネルギーを生み出すわ。今のがそれね」
「お、そ、そうか…」
「古代魔法を研究していく過程で身に付けたものよ。今の魔法の使い方と比べるとちょっと応用が効き過ぎてるかもしれないけど、考え方としては水と地属性で泥を生み出すようなものかしら。燃費効率も良いのよ?魔力に属性を付与するだけでいいし、何より――」
アティは長い黒髪の毛先を遊びながら魔法の説明を続けていく。火の選定の魔法使いは気軽に尋ねたつもりだったが予想以上にアティの返しが長かった。
人は生まれつき得意な属性を持っている。火属性が得意だったり風属性が得意だったりと人それぞれ違う。複数の属性に適性を持つ者もいるがアティのように全属性に適性がある者は本当に稀だった。
「『クリーンミスト』。アティ、話はそれくらいにして先に進みましょう」
シンシアが清浄魔法を使って汚れてしまった全員を綺麗にすると、いつまでも話し込んでいるアティに本来の目的を思い出させた。
「―というわけなの。…そうだったわね、ごめんなさい。とにかくこれでワイバーンなんて楽勝だって分かってもらえたかしら。私がいれば本当に黎明の誓いだけで討伐完了できるわ」
「そうだな…」
火の選定の魔法使いはそれだけ言うとアティから離れて自分のパーティーメンバーの陰に隠れるように戻っていった。
アティは自分の有用性をもっと聞かせてやりたかったが、相手もいなくなったので何事もなかったかのように、また先頭を歩き出した。
「肉片浴びせておいて一言もナシかよ…」
「爆散させたら素材が剥ぎ取れねえじゃねえか。ワイバーンまで粉微塵にしてくれるなよ…」
後方から苦言も出ていたが気にする様子もなくアティは進んで行った。アイスとシンシアが代わりに頭を下げていたが微妙な空気に包まれ、一団はさらに森の奥へと踏み込んで行った。
◇
「…ふうぅ!…ふうぅ!」
僕は大きな荷物を背負いながら偽貴族の後ろを進んでいた。ポーターとして戦闘に不必要な重い荷物や水や食料などを人数分運んでいるのだ。長年、冒険者として鍛え上げたこの体のおかげで楽かと思っていたが平地と森の中では足元の環境が違い過ぎて体力を奪われ過ぎていた。
最初はアイザックたち光蜥蜴と一緒に歩いていたが、今ではだいぶ遅れて後方まで来てしまっている。
「兄ちゃん大丈夫か?」
「ふがっ、問題、ありません…」
銀の雨粒の冒険者に心配されたが僕は顔を背けて答えた。顔を覚えられたくないからアイザックのパーティーに紛れ込んだのに、これでは意味がない。と言っても体力もギリギリなので戻ることもできずとにかく歩くしかなかった。
斥候が確保したルートということもあってその後は魔物と遭遇することもなく無事に森を抜けることができた。一息つきたいところだが、現役冒険者たちはそれほど疲れていないようだった。このまますぐに山登りが始まる気配に僕は慌てて咳をした。
「ぶぼっ、ぶぼっほぉん!」
これは偽貴族と事前に決めていた合図だ。貴族の口から休みたいと言えば逆らうことはできないだろう。森を抜けてタイミング的にもちょうどいいだろう。
「あ、あー疲れたぞー。ここでしばらく休もうじゃないかー」
わざとらしい大きな声で偽貴族が訴える。くく、計画通りだ。
「静かにして下さい。ここからはもうワイバーンのテリトリーですよ。不測の事態を防ぐためにもすぐ進みます。休んでる暇はありません」
「いや、でも…疲労を抱えていてはまともに戦えないだろう?」
「悪いが貴族様よぉ、俺たちはまだ歩いただけなんだわ。アンタは俺が抱えていってやるからおとなしくしといてくれ」
「おわぁっ」
銀の雨粒のガタイの良い男が軽々と偽貴族を荷物のように肩に抱えた。僕と奴の目が合う、申し訳なさそうな表情をしているが僕は許さない。帰ったら厳罰に処す。
「ねえ!1体来るわよ!」
アティがとんでもないことを言う。全員がその場で臨戦態勢を取った。偽貴族は放り投げられ、僕と激突した。
アティは空ではなく山の方を見ている。ワイバーンは空を飛んでいるイメージが強かったが、山肌を這うようにしてワイバーンが姿を現した。




