021 村へ
冒険者たちを乗せた馬車の一団は北に向けてひた走る。向かうのは霊峰サネザザルド山の麓、辺境の小さな村だ。
予定になかった貴族の乱入。討伐に貴族を連れて行くなど狂気の沙汰だ。何かあったら一体誰が責任を取るのか。だが本人が行くと言うのを誰も止めることが出来なかった。貴族に逆らうなどとそれこそ正気じゃない。
「黎明の、どうするんだ。俺たちが護衛につくか?」
銀の雨粒のリーダー、クリルが提案する。貴族など身勝手な連中に関わるなんて誰もしたくないことではあるが、この中では何があっても守ることができるであろう観点から一番強い銀の雨粒が護衛に当たるのが相応しくあった。指名依頼を受けているのは黎明の誓いだが、それは護衛もやれという意味ではない。
「いいんですか?」
アイスは正直ホッとした。面倒事を自分から買って出てくれるなら任せてしまうのがよい。先輩であり冒険者の頂点である銀の雨粒にこんな雑事を任せてしまうのはよくないが、関わりたくないというのが正直なところだ。
「ああ、構わないぜ。この依頼はお前たちの復帰戦みたいなもんだからな、ウチが出張ったらワイバーンなんてイチコロだし極力手は出さないつもりでいたんだ。かと言って何にもしないわけにもいかねえからよ、御守りなんてちょうどいいぜ」
「そう言ってもらえると助かります。討伐の方は任せて下さい。Sランクとして恥ずかしないところをお見せすると約束します!」
「ん、そういうことでそっちもいいか?」
「僕たちもそれでいいですよ」
「異論なんてありませんよ」
クリルが火の選定と光蜥蜴にも了承を取る。話は決まった。道中の護衛、討伐時の護衛に銀の雨粒がつくことになった。貴族馬車など見た目からして金目の物があるとアピールしているようなものだし余計なトラブルも予想される。無論、銀の雨粒がそれに対処する前に光蜥蜴、火の選定が露払いするだろう。討伐まで力を温存する意味でもそれはAランクBランクである彼らの役割だ。
この討伐に参加するパーティーは意図して選ばれたものだった。Sランクという冒険者の目標の一つに到達した黎明の誓い。それには力だけではなく、品格や常識的な道徳なども求められている。冒険者の憧れとして恥じない行動をしなければいけないのだ。
同じSランクであってもそこには天と地ほどの実力差がある。最強のSランクパーティーである銀の雨粒がわざわざこの依頼に参加するのも黎明の誓いという新参者を見定めるという意味を持っていた。それだけでなく、火の選定も光蜥蜴も各ランクでの信頼が一番厚い代表ともいえるパーティーだった。冒険者全体が、黎明の誓いがSランクに相応しいかを見ているのだ。
「村まで2日か、その間退屈になる。おい、そこのお前。お前は俺と同じ馬車に乗って平民のつまらない話でも披露して俺を楽しませろ。異論は認めん」
そして滅茶苦茶な貴族の指名により、目についた冒険者の中からポーターの男が貴族馬車に乗せられることとなってしまった。この馬車は特注で他の馬車より大きく長く造られていた。長旅を想定してベッドも複数組み込まれてあるし、テーブルもソファも配置してあった。移動する貴族の部屋そのものといった、製作者こだわりの出来に仕上がっていた。
◇
「お疲れ様です、シルベルトの坊ちゃん。どうでしたか俺の演技は?いかにも貴族っぽかったでしょう?」
「君には貴族がそう見えているってことだな。他の者も訝しんでないということは概ね平民から見れば貴族とはあんな風に見えているものなのかもな」
どっしりとソファに座ると僕は気だるげに窓の外を眺めた。貴族馬車の窓は特殊な加工がされていて、外から中の様子を窺うことができなくなっている。
匿名希望の貴族の男はへへっと笑うと他に控えていた使用人と同じ位置まで下がった。
全ては僕の計画通り、これは僕が快適に旅をするために用意した可愛い小細工だ。
このとんでも貴族というのは僕が雇った偽貴族だ。僕の影武者をやらせている。まあ、僕のというよりはこの討伐を依頼した匿名の貴族のだけどな。
この討伐に同行するに当たって、どうしてもアイスたちに僕のことがバレてしまう可能性が高かった。追放したはずの僕がここにいたらおかしいじゃないか。それに貴族の生活に戻って冒険者として不味い飯を食ったり地面に寝たりするのも嫌になった。この二つを解決するには快適な貴族馬車を用意する必要があった。一週間もあったのだ、特注の貴族馬車を新造させるなんて貴族である僕からすれば簡単な事だった。
僕が関わっていないように見せるための保険はいくつあっても良いということだ。
「くれぐれもボロが出ないように頼むぞ」
「もちろんですよ。じゃあ早速、あっしは貴族らしくお酒でも頂いちゃいますかね」
「ほどほどにな…」
快適な馬車の旅は順調に進んでいった。盗賊に出くわすこともなく予定通り2日後、依頼元の村へと到着した。時刻は夕刻、日が傾き始めている。
「いやー着いた着いた。何もない村だな」
村には魔物避けの柵は無く、村の中央まで馬車の一団が押し通った。冒険者たちは馬車から降りて体を伸ばしていたが、急にやって来た馬車を村人たちは警戒して家の中から様子を窺っていた。
「気の悪い村だな。わざわざ来てやったのに歓迎の言葉一つねえのかよ」
「はは、そりゃアレだ。てめぇの顔がカタギには見えねえからよ。盗賊だと思われてんだよ」
「は?俺は嫁もいるしガキだって5歳になってんだよ。顔の悪さならお前には負けるぜ」
どうやら冒険者の一部は力を持て余しているようだ。僕は馬車から荷物を降ろし始める。ここからはポーターとして働いておかないといけない。
「いや、てめえの顔の方が悪い」
「いやお前だろ」
「よいしょっと。すいません、そこ通りますよ」
「「いや、コイツが一番悪い」」
「ん?」
そんなことをしていると村の青年が鍬を手にしながらやって来た。
「あの、貴方達は一体…冒険者のように見えますけど、この村に何か御用でしょうか?」
「ああ、俺たちは依頼でやって来たんだ。村長さんはいるかい?」
アイスが村の青年へ気さくに話しかける。見たところ平和そうだし、ワイバーンによる被害はまだ出ていないようだった。
「あ、それなら僕が。僕がこの村の代表です」
「そうなのか?随分と若いんだね」
「ええ、実は父が先月病気で倒れまして、そこから代替わりしたんです」
「そうだったのか。改めて、俺の名前はアイス。Sランクの冒険者だ。この村へはワイバーン討伐に来たんだ。話は聞いているかな?」
「ワイバーン…ええ、でもその依頼は王国騎士団に出したはずなのですが…」
「ん?王国騎士団?」
そこで貴族に視線が集まる。アイスたちは貴族からの指名依頼でここにいる。王国騎士団なんて初耳だった。
「ああ、この依頼は元々、王国騎士団へ陳情されたものだった。それを私からの依頼として君たちにお願いしたんだよ」
「何で…?」
「理由までは聞いてな…じゃなかった。理由など必要ない。苦しむ民がいれば貴族として早く助けたかったからだ。いや、うん。これが理由だ」
何故かしどろもどろになる貴族、まるで今取って付けたような理由だが依頼主本人が言うのだからそうなのだろう。
「ということだ。俺たちが来たからにはもう安心だ。早速で悪いんだが討伐するにあたって巣の場所や数なんかの情報が欲しいんだ。教えてくれるかな」
「はい、そういうことでしたら。ええと、ではご説明しますのでこちらにどうぞ」
そう言って各リーダーが村長である青年の後に付いて行った。
「よーし、残った俺たちは向こうの広いところに野営の準備だな。小さい村だ、この人数だと泊まるところがなさそうだ」
「違いねえ」
そしてぞろぞろと移動を開始する。情報を元に斥候が確認に出るので討伐に向かうのは明日の昼頃になりそうだった。




