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016 アグノニス家のメイド事情

とうとう愚息がお帰りになられる。


アグノニス家の使用人、その中で家の家事や家主の身の回りの世話を担当する俗にいうメイドと呼ばれる彼女たちはその一報を聞き密かにざわつき始めた。


伯爵家の長男でありながら貴族としての勉学に励むわけでもなく貴族たる矜持を示すでもなく、いい年して未だに遊びほうけているダメ息子。シルベルトが屋敷に戻ってくるのだ。


当主であるオルトロ伯も特に何を言うわけでもなく自由な振る舞いを許している。メイド風情がこんなことを思っては失礼かもしれないが、伯爵様の気が知れない。


200年続く由緒正しい家柄も当代で潰えてしまうのではないかと陰では皆が言っている。それほどにシルベルトには人間的な魅力は無く、オルトロ伯も淡泊な人物だった。


せっかく伯爵家へと学びに来たのに、これでは格下の子爵や男爵の家に行ったほうがよっぽど実のある収穫があったのではないか。メイドの一人であるターニャはそんな事を思っていた。


この世界での貴族に仕えるメイドというのは融通が効いて幅が広く、当主が認めれば下町の娘でも屋敷でメイドとして働くことができた。伯爵家に仕えるメイドの身分は、とある子爵の3女や男爵の4女、はたまた騎士の娘など身分を持つ者たちだったが今は等しく『伯爵家に仕えるメイド』として位置づけされて個人の身分は無いモノとしている。


ちなみにターニャはとある商会の娘だ。だが今はメイドである。


ワンチャン玉の輿もアリアリな世の中だが、どうにもこの伯爵家はハズレのようだった。オルトロ伯は早いうちに奥様を亡くされているのだが使用人に手は出さないし、愛人も狙えない。ならば息子ならどうかというと、性格が悪い、顔が悪い、気持ち悪い、太っていると良いところが一つも無い。なので皆ガッカリしている。もちろん奉公が本分ではあるのだが、こんな夢のない職場も珍しいのだ。


それでも私たちはメイドなので夜伽を命じられれば嫌でも抱かれなければならない。皆一歩引いて誰もラインを越えたがらないのだが、伯爵というのは本当にすごくて、あんなのでも許嫁がいるのだ。子爵家のアイリ様とは幼少の砌に婚約を交わしたらしいが、誰があんな豚のような男に成長すると想像できただろうか。とにかくアイリ様がいてくれたおかげで私たちは夜のご奉仕を免れることができていた。


当のアイリ様は特に嫌がっている様子も無いので私たちは全力で応援している。稀有なお人柄なのか、将来の伯爵夫人の座を死守したいのかは分からないが私たちの負担が軽減されているので助かっている。私たちはメイドとしての奉公期間を何事も無く無事に乗り切ればいいのだ。


そのはずだったのに、愚息が戻って来てからしばらくのこと。夜中に獣のような奇声が屋敷に響くようになった。最初は魔物が屋敷に侵入したのかと使用人で騒いだのだが、それは愚息の喘ぎ声だったのだ。


ついに犠牲者が出てしまったのだ。その子はカノンという獣人の子だった。私は知らないが、古くから屋敷でメイドとして働いているらしく、本人曰く、まだ花は散らされていないらしい。


だけどその内容がおぞましいものだった。どうして貴族というのは歪み切った性癖の持ち主が多いのだろうか。


カノンも毎晩のようにそんなことをさせられているせいか、最近はどこか病んできているようで「もっとえぐるようにねじ込む」とか「手首のスナップをきかせないと」とうわ言をひとりで呟いていることがある。


いい加減、しん…じゃなかった。止めて欲しいが、最近になって、何を考えているのか外から新しく勝手にメイドを雇ったのだ。しかもそれが平民の町娘だというのだ。融通が効くとはいってもここはそこらへんの下級貴族ではなく伯爵という高位の立場にあるのだ。常に目はあるものと思って行動しなければならないし、するべきだ。貴族ですらないメイドの私が憤慨するのもおかしな話だが、伯爵家に仕えるメイドというプライドが私たちにはある。


さすがに看破できないと思っていたが、不幸にもやつの専属メイドになってしまったカノンが言うにはその子は『奴隷』らしい。町娘よりもっと悪いじゃない!


さらに詳しく事情を聞くと、町娘ではなく冒険者の時の仲間だったということが判明した。二人はそういう関係にあったらしく、シルベルトの事が忘れられずに屋敷までやって来たらしい。


もうごちゃごちゃしてよく分からないが、それで私たちは怒りの矛を収めた。その子がいれば私たちがより安全に過ごせるからだ。これまで同様に夜方面の仕事を請け負ってくれるのなら歓迎すらするというものだ。


願わくば、何事もなく伯爵家で働いていたという実績だけ持って実家に帰りたいものである・



「さあ、今日からあなたにも手伝ってもらいます」


夜の仕事があると、ノエルはカノンの後を付いて行く。貴族の屋敷に似つかわしくない地下へ下りると狭い小部屋へやって来た。そこには―


「ああ、ご主人さま、早く僕を食べてください。ハァハァ…」


「なっ―」


そこには裸のシルベルトが机の上に寝転んでいた。体の上に食べ物が乗っている、いわゆる裸体盛りというやつだ。


「ぶひっ」


「きゃああああああああっ―」


夜中の伯爵家に悲鳴が木霊する。どうやら新しい犠牲者が出てしまったようだ。

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