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013 お前の不幸を許さない

「治療費を盗まれていたっ?!」


宿屋の壁も突き抜けるような大きな声で僕は叫んでいた。ノエル母の容体を案じて、すぐさま宿の一室を借りた。ノエル母をベッドに寝かせ、その横で僕はノエルに事情を聞くことにしたのだ。


憔悴しきったというような顔でノエルは小さな声でぽつぽつと話し始めた。


ノエル母が病院に入院したのが半年前、その時の初期入院費を納めたのが最初で最後で今日まで病院に治療費が払われていなかったらしい。病院側はさすがに半年もの間、未払いである者を患者とは認めず他の患者にベッドを宛がう形でノエル母を追い出したらしい。


「でも毎週、医者に治療費を渡していたんだろう?僕の金だって恵んでやったじゃないか」


「…担当の医師に、直接渡すように言われてて、でも本当は、病院に払ってなくて、全部、ネコババしてたって…」


「ふざけるなっ。その医者はどこにいったんだよ?!」


「病院にバレて、行方をくらませたって聞いた…。お母さんが、平民だからって、払えない時も、あるだろうけど、患者さんだか、ら、…お金よりも、病気を治すことを、優先させましょうって。…そうやって、今まで騙してぇ……ぐぅぅ…」


話しているうちに悔しさが込み上げてきたのだろう。ノエルはまた泣き出してしまった。ノエル母は娘の手をそっと握っている。


「本当、どうしてこんなことになってしまったんでしょうね。ごめんなさい、みっともないでしょう。娘にこんな辛い思いをさせて、私自身は何もできずにただベッドの上で寝ているだけ。駄目な母親で、本当に嫌になります」


「……」


僕は言葉が見つからず、ノエル母の自嘲を黙って聞いた。


貴族による平民差別というのは昔からよくある話だ。今回のようなケース以外にも労働、雇用、あらゆる場面で貴族が優先される社会というものが出来上がっている。人間には優劣があり、貴族は生まれながらにしての勝ち組で、平民は貴族を敬って地面に頭を擦りつけてクツを舐めていかなければ生きていけないのだ。


近年、そういう『お貴族様』は減りつつある。貴族も平民も同じ種族、人間じゃないか。それぞれの立場から、共に助け合って暮らしていこうじゃないか。確か、身分差の禁断の恋がどうのこうのといった観劇が流行った辺りからだんだんと貴族たちの意識が変わり始めたと聞いた気がする。


ちなみに僕は良い方の貴族だ。まあ、時と場合にもよるが身分差で理不尽な事を強要するつもりは毛頭ない。


とにかく、だ。その医者は絶対に許さない。僕の計画を滅茶苦茶にしやがって!ノエルは僕が不幸にしてやるはずだったのに、どうしてこうなったのか。半年かけてノエルをどん底に落とすなんて、僕のささやかな復讐では敵わない熱量だ。悔しい、横取りされた。


お前の不幸を許さない。


このままやられっぱなしではいられない。ノエルを不幸にしていいのは復讐の鬼と化した僕だけなのだ。アイザックに頼んだことや僕のしてきたことが徒労に終わってしまってもここから取り返すことはできる。


「…まあ、とりあえずだ。とりあえずはこれからのことを考えよう。まずは他の病院を探そう。母親をこのままにはしておけないだろ」


ノエルが何を考えて貴族用の病院に母親を入れたのかは知らないが、病院なら他にもある。母親の病気を完治させてしまえば医者の思惑を潰せるし、不幸もチャラになる。


「…やだ…」


「ん?」


「もう、病院は嫌だ。他のところも信用できないよ…」


「はあ?!こんなことでヘコたれんな!金なら僕がどうとでもしてやる!病院で治療を受けなきゃ治せないだろ」


「…でも」


ノエルはすっかり心折られているようだ。僕に話していないだけで他にも病院で何か言われたんだろう。悪いのは金を盗んだ医者で、病院も被害者だ。だからといってノエルたちが悪いわけではないのだが、治療を受けていて金銭を払っていないのは事実だ。


「シルベルトさん。お気持ちは嬉しいですが、現実的な問題としてこれまでの治療費に加えて新しく病院に入るようなお金は、正直なところ私たちにはありません。借りるアテもないですし、一週間もすれば私は牢屋に入ることになるでしょう…」


ノエル母が諦めた様子で天井に語る。なるほど、期限は一週間なのか。それではとてもじゃないが半年分の治療費を用意できないだろう。


「…娘を連れて逃げてはくれませんか?私はもうどうなってもいいのです。ですがこのままでは娘は不幸な人生しか歩めなくなる。罪は私だけが被ります。娘をどうか誰の手も届かないような場所へ連れて行って欲しいのです」


「何言ってるのお母さん!!」


「ごめんね、ノエル。母さんを許して…」


「お母さんっ……」


「うるせーーーーーーーーーっ!!!」


僕の絶叫に、悲しみに包まれていた親子が目を丸くしている。


「悲劇のヒロイン気取りしてんじゃねえ!かわいそう、かわいそうって不幸に浸るな!いいか、病気も金も僕がどうにかしてやる!ここで大人しく待ってろ!!」


僕は怒りのままに宿屋を飛び出した。そのまま屋敷に戻るとありったけの金貨を持って病院へ突撃した。


「おい!責任者はいるか!」


お尻の治療で僕の顔を覚えていた医者が飛んでくる。


「これは、シルベルト様。そのような剣幕で一体どうなされたのですか?」


僕は受付のカウンターに大きな鞄を二つ置いた。数えていないが金貨3000枚以上はあるはずだ。


「今日!お前たちがここから追い出した患者の未払いの治療費だ!あの者は僕と懇意にしている人だった。この意味が分かるな!」


「そんな、いえ、説明させてください」


「この病院は僕を敵に回した!覚えておけよ!」


僕は医者が何か言っているのを無視して走り去った。


貴族の僕を怒らせたらどうなるのか思い知らせてやる!


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