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012 貴族はお金を持て余している5

「ケイニーさん、ちょっとよろしいですか」


ある日の早朝、ノエルの母親であるケイニーの病室を珍しく医師が訪ねてきた。それに疑問を持ちつつも、お医者様に失礼があってはいけないと寝ていた体を起こしケイニーは朝の挨拶をする。


「おはようございます、先生。こんな早くにどうかされたのですか?」


「ええ、実は。単刀直入に申しますと、貴女にはこの病院を出て行ってもらうことになりました」


「はい?退院、ですか?私、良くなりました?」


言葉の意味が理解できず、ケイニーは医師が病気が治ったと言ったのだと思った。しかし自分としては以前体調が優れない。今、退院するのは何かの間違いではないだろうか。


「いえ、病気は完治していません。それどころか薬の効きが薄いようで、これからも長期の入院が必須でしょう。私は病院を出て行ってもらうと言ったのです。ケイニーさん、貴女は治療費を払っていませんね。支払われたのは入院初日の初回分だけで、それ以降は銅貨1枚も支払われていません」


「そんな。何かの間違いではありませんか?」


「いいえ、事実です。患者さんを見捨てるようなことはしたくないのですが、こちらも慈善事業をしているわけではありませんから。この半年、我々は待ちましたが、…担当の医師から催促があったでしょう?」


「いえ、そういうことは全部、娘に任せっきりで、あの、その…知りませんでした」


急にこんなことを言われてはパニックになるだろう。言葉が出ず、子供の言い訳のようなことしか口から出てこなかった。


「分かりました。では娘さんと相談してください。この半年分の治療費はどんなことをしても払ってもらわないといけませんが、出て行ってもらうことは決定しましたのでとにかく荷物を纏めておいてください。午後から別の患者さんがこの病室に入りますから、それまでにお願いしますね」


「そんなっ…!」


「では」


医師は淡々と宣告していった。ケイニーは突然降りかかった不幸に呆然とするしかなかった。



「るんるんるんっ、今日のデザート、チョコレート!」


僕は上機嫌で屋敷を歩く。今日の朝食に付いていたデザートはチョレートだった。チョコレートというのは最近になって貴族の間で流行りだした新しいお菓子だ。これまで貴族のお菓子といえば砂糖をこれでもかと贅沢にふんだんに使用した、歯が溶けるかと思うくらい甘い焼き菓子が主流だった。その下品な甘さも僕は嫌いではなかったが、チョコレートは優しい甘さで口どけが良く、品があり深みがある素晴らしい物なのだ。


チョコレートの余韻で気分よく廊下を進んで行くと、カノンが庭で何やらしゃがみ込んでいるではないか。


「おーい、何やってるんだー?」


「あ、シルベルト様。朝のお勤めをしていました」


「お勤め?」


カノンの手には園芸用のスコップが握られて、足元には土を掘り返した跡がある。庭でそんなことをしていたら景観が損なわれるし、庭を管理している専属の庭師たちもよい顔をしないだろう。


「あまり僕の迷惑になるようなことは控えろよ」


「はーい」


カノンが元気よく返事するのでそのまま自室へと向かう。主人の務めとして注意はした、今後おかしなことになるようならそれはカノン自身の責任となろう。


「おや」


自室に戻ると机の上に書類が纏められていた。手に取るとそれはアイザックからの定期報告書だった。


「仕事が早いな。どれどれ…」


あれから数日、アイザックらは最初に冒険者ギルドや薬師協会、商業ギルドなどからアイベル草の入手経路を聞いて回ったようだ。まず情報を集めるのは賢いが、その時にどうもサンマニー子爵家の力を使ったらしい。商売に関わる入手経路を一介の冒険者では聞き出せなかったということだ。


「いきなり悪手か」


なるべくなら貴族が関わっていることは伏せておきたかったが、仕方がない。そこを注意させなかった僕の落ち度でもある。次に会う時は僕が関わっていることだけは秘密にするように言っておこう。


「ほうほう、周辺の分布図はこうなっているのか」


貴族パワーで自生している場所をリストアップし、アイザックらは実際に生えているのかその目で確かめるため冒険に行ったということだ。手描きの分布図には商人がどの場所から入手しているのかも書いてある。良い、さすが貴族パワーを使っただけのことはある。最初に商人の把握している自生地を潰せば薬を作るのを大幅に遅らせることもできる。効率よく回れば商人がアイベル草を入手することを完全に防ぐことも可能となる。


「ふふふ、いいじゃないか。とりあえずアイザックが帰ってくるのを待つか」


これで計画の目処が立ったな。次はすでに出来上がっている特効薬を買い占めるとするか。


僕は革袋に金貨を詰め込むと町へと出かけることにした。


「まずは病院に行って在庫状況を確認するのがいいだろう」


僕が薬を潰しにかかっているのに病気が治ってしまっては元も子もない。ついでに病気の進行度合いや薬の効果など必要な事はいろいろ聞いておこう。


病院を訪れるとちょうどノエルが病院から出てくるところだった。ノエルは母親と抱き合うように歩いている。というか様子がおかしいな、ノエルは泣いているし母親はベッドから起き上がれないはずだ。まさか退院してしまったのか?!


「お、おいノエル。何やってるんだ?」


僕を無視してノエルはただ泣いている。肩を震わせ嗚咽を漏らしながら母親に縋るように、まるで小さい子供のようだ。


「シルベルトさん、…おはようございます」


「え、おはようございます。いやいや!何があったんですか?普通じゃないですよ」


青白い生気のない顔でノエル母が僕に挨拶をした。日光に目を細めて、今にも死んでしまいそうである。


「実は、お恥ずかしいのですが病院を追い出されてしまいまして…」


「ええっ?!何でそんなことに」


予想外の展開、ノエルはぎゅうっと母親に顔をうずめて肩を震わせている。ノエル母はノエルの髪を優しく撫でながら何ででしょうね、と小さく口にした。


これはどう見てもマズイ。とにかく休める場所へ移動した方がよさそうだ。僕はノエル母に肩を貸しながら、近くの宿屋へと直行することにした。

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