010 貴族はお金を持て余している3
僕の緻密で天才的で完璧な作戦に綻びが見つかった。ノエルが土下座しに僕の元へ訪れようとも冒険者時の住まいは引き払った後だった。僕が貴族であることは知られていないし、僕から会いに行かなければノエルは僕と一生会えないのだ。
「灯台下暗しとはまさにこの事か…!」
今日は治療費の支払い期限日だ。今頃は街中を駆けずり回って泣いて僕を探しているかもしれない。金貨の詰まった革袋を握りしめて僕は病院へと走った。病院へ行けば間違いないだろう。
「はあ…はあ…はあ…」
病院へ行くとノエルが僕を待ち構えていた。思わず笑みがこぼれる、結局あいつは僕を頼るしかないのさ。
「お、ノエルじゃないか。奇遇だなこんなところで」
「ブタ…いや、シルベルト。話があるんだけど」
ほほほ、僕の事を名前で呼んだぞ。
「悪いが僕は忙しいんだ。じゃあな」
「えっ、話が違うぞ!私を助けてくれるんだろ?」
「何のことかな~?僕にはさっぱり分からないんだが、とりあえず僕には敬語を使った方が良いのでは~?」
「その、この前言ってたお金のこと、です」
「お金?ああ、これのことかな?」
僕はノエルに革袋を見せつける。今回は病院の中なのであまりじゃらじゃらさせないでおく。
「お願いします。お母さんの治療費でお金が必要なんです。それを貸してください。時間は掛かりますが、必ず返します」
ノエルは僕に頭を下げてそう懇願した。
「そうか、元パーティーメンバーのよしみで貸してやりたいが、その為にはやらなければならないことがあるよな?以前僕はどうしろって言ってたかな?」
「どうって…」
分からないといった顔で僕を見るノエル。こいつ覚えてないのか!
「土下座だ、土下座!人に金を借りるんならそれなりの態度があるってもんだろ。ここで、公衆の面前で僕に土下座するんだよ。そしたら貸してやる。いや、そんなケチくさいこと言わない。くれてやるぞ?」
くくく、たまらん。僕は今まで感じたことのないような高揚感に包まれていた。人を屈服させる喜び、弱者を嬲る喜び、この生意気なクソガキに僕が偉大だと分からせてやる時がきたのだ。
「あーはいはい、土下座ね」
「うん?」
ノエルは何の躊躇いもなく膝を曲げ、床に手をついて、おでこを床に擦りつけた。
「シルベルトさまー、どうか私にその革袋の中身をお恵み下さいませー」
「え、あの、あれ?」
屈辱に塗れた悔しがる顔とか恥辱に耐える顔は?!土下座ってそんなに簡単にするものなの?!
「はい、これでいいんでしょ。じゃあ約束通り貰ってくね」
「あっ」
肩透かしをくらった僕はあっさりと革袋を奪われると、病室へ消えていくノエルを見送った。その場に立ち尽くす僕を公衆の面前という名のモブたちが見ている。
「…ノエルさん?」
バ、バカな…こんなことがあっていいのか?!僕の思い描くストーリーと一番かけ離れているぞ。
夢から急に現実へ引っ張られたような感覚に陥った僕は冷静になると、ひとまず病院を後にした。そして気が付くと屋敷の厨房で高カロリーな料理や、常備させておいたスイーツたちをひたすらに貪り食っていた。
「ふがっ…ふがっ…、ぐぞ、もぐもぐ、甘いはずなのにしょっぱい、じゅるじゅるるるっ、むしゃあっ、ふごっふがっ…」
許せない、どうしてこうなってしまったのだ。ぼくはただノエルに屈辱を与えてやりたかっただけなのに。この敗北感は何なんだ!
「ぷはー…。いや、終わらせない。終わらせてなるものか!げふっ」
過剰に糖分を摂取したおかげで僕の頭脳は冴えわたっていた。手はまだある。これは使いたくなかったのだが、ノエルを苦しめるためには使わざるを得ないようだ。あのクソガキには土下座では生ぬるいということが分かった。本当の絶望をこの僕が直々に教えてやろうではないか。
◇
「はあ、本当に用意できたみたいですね」
「はい。これで母の治療を続けて頂けますよね?」
「そうですね、我々は医師ですから。もちろん途中で患者を見捨てるようなことはしませんよ。ただ、支払い期日は守ってください」
「気を付けます。出来るだけ頑張ります」
シルベルトのお金でどうにか今回の分と滞納していた分を払い終えたノエル。ただこれは急場を凌いだに過ぎない。すぐに次の支払日が来る。
母の病気は保険適用外らしく、薬も原材料が貴重なものでどうしても治療費が高額になってしまうのだ。それでも貴族が利用するこの病院は設備が充実しているし、安心して母を任せられる。確かに支払いはキツイが、ここを追い出されるわけにはいかないのだ。
「ふん、忌々しいガキだ」
ノエルが去ったのを確認すると医師が悪態をつき始める。彼としては貴族用の病院に平民が入院していること自体良くないことだと思っていた。どうしてあんな子どもに通常の3倍ほどの高額な治療費が払えるのか疑問だった。穏便に追い出すことが出来ると考えていたのに鬱陶しいことに未だに払い続けている。
「まあまあ、いいじゃないですか。搾り取れるだけ搾り取ればいいんですよ」
別の医師がコーヒーを淹れてくれる。それに砂糖とミルクを加えるとティースプーンでクルクルとかき混ぜた。
「あれは絶対、後ろに貴族がついてますよ。でなきゃ払えるわけがない。きっと毎晩ベッドの上で可愛がられてるんだろうなぁ」
「はは、違いない。お貴族様は小さい子供が大好きだからな」
そうは言いつつもプライドの方が勝る。例えバックに貴族がちらついていようとも、平民であることに変わりはない。表立って貴族が現れない限りは、彼にとってノエルの母親というのは治療するに値しない人物なのだ。
「金は貯められるうちに貯めておくもんですよ。はいこれ、特効薬。原液のままなんで半分に薄めておいて下さい」
「…分かりました」
分不相応には対価が必要である。彼らはそう考えている。薬を薄めれば効果もぼんやりとしたものになる。これで長期に渡って搾取することができるという寸法だ。医師は間違いがないように、すぐに作業へと取り掛かった。
しかし思う。いっそのことちゃんと治療して退院させれば自分の中の憂いを払うことができるのではないかと。




