009 貴族はお金を持て余している2
僕は全裸で街を駆けた。変態露出狂の趣味がある。わけではなく、チンピラたちに金貨だけでなく身ぐるみまで剥がされたのだ。僕は誰にも捕まることなく屋敷に戻ると、すぐに伯爵家の暗部に掃除を依頼した。これで明日の朝には無残な死体が発見されることになるだろう。
「今度から場所は選ばないとな」
街中で金貨を見せびらかすのは問題があった。僕に落ち度があったのだ、またやろう。
「しかし、ノエルのやつめ…」
僕の好意を無下にするなど身の程を弁えろというのだ。でもあの様子だとパーティーメンバーに金を借りたりはしていないようだな。金に困って質屋を利用するくらいなら事情を話して助けを請えばいいものを。
いや僕じゃなく他の誰かに頼られたら計画が破たんしてしまうが。プライドがあるのか、話せない事情があるのか、どちらにしろ僕にとっては都合がいい。念のため金融機関や花街に圧力を掛けてノエルが金策できないようにするべきか。冒険者ギルドには、…いいか。ノエルはソロで動けるような戦闘スタイルじゃないし自粛が終わるまでは大人しくしてるだろう。
「では次の段階に進むとするか」
ノエルが僕を拒絶するのは想定済みだ。逆に言えば素直に従ってもらっては面白みが無い。外堀から埋めていって徐々に追い詰めていくのが楽しいのだ。僕を拒めば拒む程、ノエルは不幸になっていく。
◇
「お母さん、来たよ」
ノエルは2日に一度、母の病室を訪れていた。治療費はまだ用意できていなかったが、見舞いに来るのはまた別だ。病室は個室で、どの病室も扉は解放されている。カーテンでベッドを覆うことで一応のプライバシーは守られている。コンコンと扉を叩いて、カーテンの向こうの母親に声を掛けた。
「ノエちゃん、いらっしゃい」
母の声に安堵しながらノエルはカーテンに手を掛ける。朝の光でカーテン越しにシルエットが見える。それに何か違和感を覚えたが、一瞬のことだったので考える間もなく母と対面した。
「やあ、ノエルおはよう。今日も気持ちのいい朝だね」
「……え?」
笑顔で迎えてくれた母親、その隣には何故か忌み嫌うブタの姿があったのだ。
「なん…で…?」
理解が追い付かない。いや、分かる。分かるのだが想定もしていなかった状況に言葉も出ないし、頭も働かない。
「もう、ノエちゃんたら水臭いじゃない。母さんに黙ってるなんて。でも安心したわ、同じパーティーメンバーに良い人がいるなんて。シルベルトさん、優しそうな人でよかったわ。母さん二人の事を応援しちゃうぞ」
「ふふ、ノエルを驚かせちゃったかな?僕知らなかったよ、君のお母さんが入院してるなんて。ちょうどいい機会だったから僕たちのことを報告してしまったよ」
「は、はああぁぁ…?!」
今までにない上機嫌で母親が何か言っている。良い人?このブタが?私たちが付き合っている?ふざけるな!
「ちょっといいか…」
「ん~?僕はここでも構わないが?」
「いいから、来い!」
ノエルは顔を真っ赤にしながら僕を病室の外へ来るように促した。照れているわけではなく、怒りで顔が赤いのだ。母親が照れちゃって可愛い~と言って、娘の恋愛に浮かれている。
「ちょっと失礼しますね、お母さん」
僕は断りを入れて、病室を出た。ノエルが離れた場所でハンドサインを出している。ふむ、もっと離れた場所に行きたいようだ。
中庭まで連れ立って歩くと、ノエルが僕に詰め寄ってきた。
「何なんだ、何なんだよお前…!」
「僕の金貨を受け取りづらいようだったからな。恋人からなら受け取りやすいだろうと思って気を利かせてやったぞ」
「頭おかしいのかテメェ!!私たちが付き合ってる?気持ち悪ぃんだよ!!関わんな!いいか、次に顔を見せたら殺すからな!」
「え?じゃあ今、金貨を受け取るか?用意してきてあるから土下座してもらえる?」
「誰がするかっ。いいから!関わるな!…看護師さん、あいつっ、あのデブ不審者です!何するか分かりません。警備の人を呼んでください!」
「えっ?!」
ノエルは心底嫌そうに僕を怒る。どこか怒りを通り越して疲れているようにも見える、精神的に参っているなら予定通りだ。
近くの看護師に僕の事を告げて、急いで病室へ戻っていった。僕と看護師は面識があったので笑顔で手を振ると男女間のちょっとしたトラブルだと判断されて大事には至らなかった。
今日はとりあえずここまでだな。あとは自発的に僕に金を貰いに来るのを待つだけだ。ノエルは必ず僕の元へ来る。その時が楽しみで仕方ない。
ノエルが母親に誤解であることを説明して理解してもらうまで三時間は掛かった。気持ちの悪いストーカーのような奴だと懇切丁寧に語り聞かせたのであった。
「ノエちゃんがそこまで否定するなら、そういうことにしておくわ」
「はあ、何なのよまったく…」
「でも、ノエちゃん。母さん心配なこと聞いちゃった」
「今度は何…?」
「ノエちゃんの所属しているパーティー、活動休止してるんだって?母さん、ここから出れないから知らなかったわ。それじゃあ生活できないじゃない。大丈夫なの?」
「…っ!な、そんな心配いらないよー。確かに今は冒険者をお休みしてるけど、いざという時のために貯金してたから。私の生活も大丈夫だし、お母さんの治療費もきっちり毎回払ってるから。お母さんは心配しないで、大丈夫だよ」
「そう?ならいいんだけど。あ、シルベルトさんがお見舞いにメロン持って来てくれたから食べましょ」
「…うん」
あのクソデブがパーティーを追放された腹いせに私に嫌がらせしているのは明らかだ。追放されたのは日頃の行いが悪かったあいつ自身のせいなのに、何故私が狙われなければいけないのだろう。しかもお母さんにまで手を出すなんて。
私はもっと嫌な事が起きるような不安を抱きながら病院を後にした。朝は晴れていたのに今はどんよりとした雲が空を覆っていた。




