第四部:4
「先輩。起きてください。約束通り九時ですよ」
「ん……そうか……分かった。起きる」
次の日。一月八日。火曜日。
昨日頼んでいた時間ちょうどぴったしに御来屋は俺を起こしにやってきた。律儀なやつ。ならば、俺もそれに倣おう。すぐに起きることは彼が俺を起こすための条件だったはずだ。
「よし、おはよう。じゃあ、早いところ大学行くか」
被っていた布団を剥ぎ取りながら俺は仰向けから上半身を上げる。
「うーん、いっちゃんが朝弱いと言ってるのが嘘みたいですね……まあ、こっちは助かりますが。あっ、今日も黒い葉っぱが落ちましたよ。本当に何なんですか、これは? ベランダに捨てておきましょうか?」
御来屋は床に落ちた一六三八四個の黒点がついた葉を示す。それにもう嫌悪感は感じなかった。
「いや、いい。こたつの上に置いといてくれ」
むしろ、好感。たった一日で谷越えは完了してしまったのだ。そういえば四日前に名和は言っていた。一六三八四個の黒点がついた葉は太陽の光に当たっても霧散せず、それよりも濃い葉は確認されていないと。
「はあ……分かりました」
昨日とはまた違った腑に落ちない表情をしている御来屋を軽く一瞥して、とりあえず俺は身支度を始めた。
そして、午前十時頃。唐王大学正門前に到着。そこからまっすぐに伸びるメインストリートに人は数えるほどしかいない。当然だ。今は朝一番の一コマ授業時間。その終了は十時十五分で、次の二コマの開始は十時半からだ。一コマを受けている者は教室に拘束されているし、一コマがなく二コマからある者は三十分も早く大学に来るはずがなかった。特別な理由がある場合を除いて。
「少し早く来すぎましたね。僕は図書館でしばらく時間を潰そうと思いますが、先輩はどうしますか? 用があるんでしたっけ?」
まあ、こいつは例外中の例外と言える。単に俺の巻き添えを食らったに過ぎない。
「ちょっとな。じゃあ、ここで別れるとしようか」
俺はその用が何なのかは言わずに首肯して離れることだけを告げた。
「はい。あっ、そうだ。明日は一コマからでしたよね? 起こすのは八時頃で構いませんか?」
御来屋は執拗に詮索してくるようなやつではないので好感が持てる。今の俺に好感を持たれるのは快いことではないのかもしれないけど。
「ああ、悪いな。頼むよ」
明日の朝。一六三八四個かける二――つまり、三二七六八個の黒点がついた漆黒の葉を目に収めたとき、初めて俺は病異と付き合って生きていくことができると確信するのだ。
「分かりました。では、また明日の朝に会いましょう」
そう言った御来屋はスタスタと図書館の方へと向かった。
俺はと言うと絶望しても絶望しない希望を、失恋しても失恋しない恋心を胸に掲げ、十分もすれば人通りが激しくなる正門前の監視に励むことにした。




