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第二部:7

 十二月二十六日水曜日の昼下がり。

 充電ケーブルに繋げたまま枕元に置いたスマホを掴み取って時間を確認すると、午後二時過ぎだった。

(まさか半日も寝てしまうとは……)

 昨日は結局、深夜二時まで眠ることができなかった。それは湖山さんが帰宅したと確信を得てから三十分ほど後のことである。

『しゃわいまー。寝るー』

 これは訳すと「シャワーを今さっき浴びた。これから寝る」となる。深夜一時二十八分のツイート。実は男の家にいるのではないかと邪推をしてしまったが、左下に「webから」と表示されているのを見てとりあえずはそれを打ち消す。これはパソコンから呟かれたことを意味する。他人の家でわざわざパソコンを使ってツイッターをすることはないだろう。彼女の人となりというかツイート傾向からそれは何となく分かる。おそらく一時前にはすでに自分のアパートに戻っていたに違いない。大丈夫だ。男を部屋に招いてもいないはず……。

 俺はそう自分に言い聞かせながら照明を消し布団を被った。それから体感時間にして約二十分は目を瞑りながら悶々としていたので最終的に眠りに就いたのは二時頃になるだろう。遅寝遅起き。遅寝早起きより生物的ではあるが人間的ではない気がする。

(また人生の汚点が増えたなあ)

 いや、よくよく考えれば汚点だらけ。汚い点がいっぱいいっぱい。それはしだいに斑模様になっていく。

 授業やバイトがある日は五花が問答無用で起こしてくれるので失念していたが十二時間なんて俺にとっては標準睡眠時間だった。ちなみに今、バイトはしていない。前のバイト先が閑古鳥に鳴かれ解雇されてしまったからである。どうやら勢いでオープンしたラーメン屋というのは格好の的らしい。カッコウだけに。まあ、つまらない外連味だ。

(そういえば湖山さんは今日もバイトなのだろうか?)

 薄暗がりの中、例によってツイッターをチェックする。

『おはよー。午後にお母さんが来るから部屋片づけるー』

 可愛い。自分の語彙のなさに辟易するがやはり可愛い。そうか。母親が部屋に来るのか。そこに男が入りこむ余地は微塵もない。だから、今日は昨日の夜のような心配をする必要はないはずである。

(じゃあ、今日は読書に耽って自分を高めるとするか)

 勉学への向上心溢れる好青年のように言うが実際は異性に気に入られるだけが目的であった。動機なんてどうだっていい。ミステリーにおいてフーダニット、ハウダニット、ホワイダニットのうちホワイダニットが最も軽んじられているらしいし。これも外連味だけど。

 読書の前にまず洗顔と歯磨きをしよう。あと遅い昼食も。掛け布団を押しのけソファベッドからフローリングへと降り立つ。

(ん?)

 と、そこでハラリと何かが一緒に落ちるのに気づいた。ハラリとは軽いものが落ちたり垂れたりする際に用いるオノマトペである。

(これは……また葉っぱ……?)

 それは昨日の葉と同じものに見えた。おかしい。俺は確かにベランダに捨てたはずだ。そして昨夜、期せずして確認したときには風で飛ばされて影も形もなかった。なのになぜ……?

 とりあえず明かりをつけて観察してみよう。真昼間だというのに薄暗い中にいるのも精神衛生上良くない気がする。

 俺は天井中央から伸びる電灯の紐をカチカチと二回引っ張る。すると、部屋に色彩が舞い戻ってきた。もったいないから内側の円形蛍光灯は点けないようにしているがこれで十分。外側の直径が大きい方だけでも闇と戦っていくことができる。

(うーん、種類は同じでも同じ個体だとは断定できないな)

 手首から中指の第一関節までの長さをした細長いハート型の一枚の葉。昨日は照明を点けずに見たので分からなかったがそれは艶めいた常盤色をしている。植物としては正常な色。しかし、凝視してみると異常な点が見当たった。

(ん? 表と裏に黒い点が一つずつ……黒星病か……?)

 そこには丸いシミのような黒点がポツリとついていた。何年か前に実家の庭でガーデニングをしていた五花が「バラが黒星病にかかっちゃった! 葉が全部落ちて丸坊主になっちゃう!」と慌てていたがそのときの症状と酷似している。さらに言えば湖山さんの左頬に並ぶ滑らかな円形状のほくろをも彷彿とさせるものであった。

(いや、失礼か……)

 また失言でもある。あんな真っ白で綺麗な肌のアクセントを病気と一緒にしてはいけない。ほくろにだって良性と悪性はある。

(まあ、黒星病かどうかはともかく後で五花に返しておくか)

 個体が違ったとしても五花が探していた種類の葉。今度会ったときにでも渡してやろう。別に今から隣りの部屋を訪ねてもいいのだが寝間着のままだとあの妹はうるさい。今日は部屋から一歩も出ずにこたつでゆるりと読書をしたい気分。着替えるなんて無粋もいいところ。なくさないようしっかり保管するのが今の俺に最大限できることだろう。

 俺はこたつの天板の隅っこに葉を置く。

(これじゃあ、どこかに飛ぶかもしれないから消しゴムを重石にしよう)

 さらにペンケースから取り出した消しゴムもその上に置いた。葉ごときに厳重な保管体制。これでなくなったとしても誰も文句は言えまい。

(よし。いい加減、顔と歯を綺麗にしてくるか)

 遅い昼食は買い置きのパスタ二束に九十八円のレトルトソースをかけたものにしよう。今日は王道のミートソースだ。

 俺はしばらく居室から離れた。

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