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第二部:3

 二人が去った薄暗い部屋の中。

 節電意識から照明を落とした俺は反発の弱いソファベッドへと身を預けた。五花に昨日のパーティで使ったホットプレート、食器などを夜までに洗っておくよう命じられているがまだ時間はある。このまま二度寝してしまうのもいいかもしれない。

(いや、昨日教えてもらったあれを見るか)

 枕元に置いていたスマホを手に取る。パーティで湖山さんの話を出したときに五花に教えてもらったもの――それは湖山さんのツイッターのアカウントだった。

(やはり可愛いアイコンだ)

 犬の写真をハートマークでデコレーションしたアイコンを見ての素直な感想。湖山さんの飼っているものなのだろうか。どうやら可愛い子は可愛いものを愛している。

 そんな愛らしいものが左側に並ぶスマホ画面に触れさせた指を俺は勢いよく下へスライドさせた。俗に言うフリック操作というものだ。これで湖山さんのアカウントのページを更新させる。すると、ちょうど呟いたところであった。

『バイト行ってきまーす!』

 これがそのツイート。うん、可愛い。ただの文字列だというのに。バイトかあ。どこで働いてるんだろう? 雰囲気的に穏やかな花屋とか書店が似合いそうだ。それこそが俺の理想の女子でもある。もしかしたら過去のツイートを漁ることでバイト先が分かるかもしれない。全部で八五五六ツイート。ついでだ。遡れるところまで遡ろう。連携サービスを使えば過去三二〇〇件までを表示できるはずである。

 そして、しばらくして俺は三二〇〇件すべてのツイートに目を通し終えた。湖山さんの人となりをありのままに記したテキスト群。それと昨日、五花から聞いた情報を統合することで分かったことを示していく。

 まず下の名前を()()という彼女は唐王大学文学部所属の一回生だ。夏休み前に自ら設立した演劇サークル「リトルノ」の部長を務めており毎週土曜日は懸命な練習に励んでいる。その他の休みの日は大学近くのパン屋でバイトをしていることが多く、昨日もらったパンはその店のものらしい。過激な印象がある飲食店で働く女子というのは俺の理想ではない。しかし、パン屋なら例外である。湖山さんのイメージにもぴったり合うし、何よりこれもまた誂えたかのように皮肉めいている。皮肉は大好き。アイロニストとして妹に頼まれた服のシワを伸ばすなんてしょっちゅうのこと。ああ、足でこき使われてる。

 そんなムカつく妹はさておいて湖山さんの話に戻ろう。次に趣味は読書だと思われる。元々は海外文学を好んでいたようだが最近になってミステリーも読みだした傾向がある。読了後に呟く感想で『~~殺人事件』といったタイトルが散見されているのがその理由だ。

 そして、最後に一番重要な彼氏の有無についてだが……これはおそらく無。いないだろう。実際、女子の友達とのやり取りで「彼氏はいないよー」とも返している。もちろんそれだけを見て鵜呑みにしているわけではなく他のいくつかのツイートも合わせて推察した上での判断となる。

 しかしながら……理想の男がいつか自分の前に現れるのを心待ちにしているかのような内容のものもちょくちょくあってしまった。つまり、その男と出会ってしまえばすぐに付き合ってしまう可能性があるのだ。

(なら、それは俺がなってやろうじゃないか)

 恋愛において第一印象は最も大事。

 自論だがそれはおおまかに三つのもので構成されている。一つ目は顔。これはどうしようもない。整形する金でもなければ無理である。しかし、湖山さんはそこまで男に外見の良し悪しを求めるような女子ではない。だから、クリアとしよう。二つ目は清潔感。髪がぼさぼさしてないか、爪が長くないか、体臭が臭くないかなど。これはこれからの心掛けで難なくクリア。今度、いきつけの千円カットの床屋に行こう。三つ目は話題の共通点。初対面で会話が弾まないと一気に印象は悪くなる。女子というのは自分の好きなものに興味を持っている男に心を開きやすい。ただでさえ妹以外の女子と話すのは苦手である。会話の糸口が掴めない。面白いことも言えない。しかし、その糸口をあらかじめ作っておくなら別の話。だから、俺はこれから湖山さんの読んだ本をなるべく読んでいこうと思う。海外文学は難しそうだからまずは日本のミステリーから。

(よし、古本屋に行ってみるか)

 シャワーを浴びて着替えてからポカポカ陽気の外に出よう。いや、その前に洗い物をしなければ。俺はソファベッドから降り立つ。焼肉後のホットプレートのこびりつき具合はとても酷く一筋縄ではいかないことを考えると気持ちが萎えてくる。

(ん?)

 と、そこでこたつ付近に何かが落ちていることに気づいた。

 薄暗がりの中、それを掴み上げて凝視しにかかる。

(これは……葉っぱ?)

 手首から中指の第一関節までの長さをした細長いハート型の一枚の葉。それがなぜか部屋の中央に存在していた。俺は観葉植物なんて洒落たものを置かないし家庭菜園の趣味も持っていない。だから、この部屋において場違いで異質なものである。

(あいつらか……?)

 当然の帰結として昨日から今日の朝にかけてこの部屋に留まっていた五花と御来屋の顔が頭に浮かぶ。

 五花なら自分の部屋に観葉植物を置いていてもおかしくない。それが服にでも付着しててこの場で落ちたのだろう。御来屋だって当たり前のように外から俺の部屋に入ってきた。冬だとしても常緑樹であれば葉は茂っている。それが彼のコートやバッグに落葉しそのまま俺の部屋に運びこまれたのかもしれない。それは俺にも当てはめられることである。

(まあ、いっか)

 こんなものを気にしてもしょうがない。細かいことにうるさい男は嫌われるしな。ベランダにでも放り捨てておけばいい。

 西側に構える窓をすーうと息を引くように開けた先にあるベランダ。そこから覗くのは地上十階建ての高級マンションである。うちの三階建てアパートより先に建てられたのか後に建てられたのかは分からないが、こんなものが数メートル先にどっしりとそびえられれば日差しは夕方にほんの少ししか入ってこない。俺なんかは夏は涼しいから快適だと思うのだが、五花は「家庭菜園が上手くできない! もやしでも育てろと言うの!」と入居当初は嘆いていた。で、キッチンの戸棚でもやしを育ててるらしい。一時期、余ったもやしをドカッと入れたラーメンばかり食わされたのはいい思い出だ。

 ここから右側にあるベランダがその残念菜園ティストのもの。カーテンの隙間から照明の光が漏れていないところを見るに彼女はもうデートへと出かけたようだ。気づけばすでに昼前。早く洗い物を済ませて俺も出かけることにしよう。腹も減っている。古本屋に向かう前に外食も悪くないだろう。

 そうして、俺はそれを手放した。

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