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第二部:1

 翌朝。

 知らない間にこたつで寝息を立ててしまっていた俺たち三人の中で最初に目を覚ましたのは意外にも寝坊助な俺だった。あの演劇の最中の居眠りが素因としてあるのかもしれないが、あれはたかだか三十分程度のものでしかない。それに医学的な観点から言って人間は寝だめできないようになっているとも聞く。だから、ここで俺が一番乗りで起きてしまったのはおそらくたまたまなのだろう。偶然だ。

 床に手を着いて上体を起こすと、天板越しに同じこたつ布団を共有してすやすやと眠る五花の顔が目についた。いつもはこっちが起こされる側。なので、その邪気のない寝顔は俺を新鮮で懐かしい気分にさせるに足るものだった。妹ながら可愛いと思ってしまう。ほっぺたつついてやろうかなあ。まあ、その隣りで横たわっている御来屋に見られたら面倒だからやらないけど。

(今は何時くらいなんだろうか)

 自室には掛け時計も置き時計もない。起きている間は常に腕時計を手首に巻きつけているので必要ないと思ってのことだ。アラームだってスマホと妹で代用できる。そして、後者のアラームは芸能ニュースをテレビに映すことでその役目をまっとうする。画面の左上に表示された時刻は俺に「そろそろ起きなければ」と現状を把握させ、若者に迎合した話題と可愛いアナウンサーは心地よく脳を覚醒に至らしていく。それでも起きなかった場合、妹の腹パンが下るというシステムも素敵だ。素で敵だ。だから、俺もそれに倣うことにしよう。平日ではあるものの、冬休みなので起こす必要はないのだが妹が男と並んで寝ているという状況は兄として気分のいいものではない。さすがに女子に対して腹パンはないので代替案としてほっぺたをつつくことにする。

 住人に日当たりの悪さを甘んじて受け入れさせることで低家賃を実現させる我がアパート。薄暗い部屋の中、こたつの天板の上にテレビのリモコンを見つけた俺はそれを手に取って右上の赤い電源ボタンを押した。

 そうして、時系列は最初へと戻る。

 部屋の奥に鎮座する漆黒の19V型プラズマテレビ。その画面に映し出されたものを目にした俺は驚愕する。荘厳な一本の落葉樹。それがなんと硬いアスファルトを突き破って往来のど真ん中に生えていたのだ。

(今日って、エイプリルフールじゃないよな……)

 今が何時かなんてもうどうでも良かった。問題は何月何日か。それを知るために「今は何年の何月何日だ?」とタイムリープした主人公のごとく近所を訊き回るのも一興かもしれない。しかし、そんなことをするまでもなくこたつの上にある大部分が欠けたホールケーキは昨日がクリスマスイブ、もしくは誰かの誕生日だったことを物語っていた。俺、五花、御来屋は三人とも四月一日の前日である三月三十一日に生まれていない。つまり、今は列記とした十二月二十五日――クリスマス早朝ということになる。だいたいにしてその嘘のようなニュースを報道している画面左上には『12月25日7時43分』という文字列が変移的ではあっても記されているではないか。こんなところにまで虚偽を示したら全国のサラリーマンから苦情が殺到してしまう。

「ふあぁぁああーー。むう……いつの間にかこたつで寝ちゃってた……って、あれ? 珍しいね、生意気にもお兄ちゃんが先に起きてるなんて」

 大きく伸びをしながら腹筋だけで上体を起こした五花は目覚めて早々、俺に対して悪態をつけてくる。残念。ほっぺたをつついてやるつもりだったのに。

「ん……いっちゃん、先輩おはようございます」

 それにつられて御来屋も目覚める。残念。腹パンをしてやるつもりだったのに。しかし、そんなことは今はどうでも良くて――。

「お前らこのニュース、どう思う?」

 寝惚け眼の二人に俺はテレビ画面に映る不可解な形で生えている一本の樹とお気に入りの女子アナ――八橋志保(やばせしほ)ちゃん(通称やつはしちゃん)が困惑とプロ意識の狭間から出すような声で読み上げる報道を見聞きしろと促す。

「えっ!? 何これ!?」

 乾いた目をカッと見開きながら身を乗り出した五花のせいで、軽く腕を乗せて体重を預けていたこたつが揺れる。

「しかも、唐王市で起こったことが全国でニュースになっているんですか……確かにすごいですね」

 俺たちに合わせて半身を起こしたものの、猫背になっている御来屋は顎に手を当てて思案のポーズを取っていた。そう、八橋志保ちゃんはバラエティ番組にも出演する全国区の人気アナウンサー。そして、この現象はなんと俺たちが住んでいる町――唐王市で発生したものなのである。

『次のニュースです。温室効果ガス削減の新たな目標を話し合う環境省と経済産業省の合同審議会が……』

 続いて画面は重苦しい雰囲気を放つ会議室を映し出す。左上に表示される時刻は『7時46分』。最近話題のファッションを特集するのに時間を割くきらいがある番組で三分も報道されたのは及第点と言えよう。七時過ぎに発見されたものなので如何せんマスコミ側も情報不足。それでなければもう少し尺があったかもしれない。

「他のチャンネルも回してみるか」

「そこまで古いテレビじゃないよ、お兄ちゃん?」

「朝っぱらから人の揚げ足を取るな。お前だって『これレンジでチンして』とか俺に命令するだろ」

 今どき「チーン」と鳴る電子レンジなんて見たことない。無機質な耳に残りにくい電子音をぶつくさと提供するだけのものがほとんどだ。

「……まあ、揚げ足を取ったのは謝るけど。でも、今のセリフでお兄ちゃんが妹に足で使われてることは明瞭だったね」

 人を舐めたようにせせら笑う五花。うるせえ。足舐めるぞ。

「そんな話してないで早くチャンネルを回すか変えるかしてくださいよ。僕だってこのニュースは気になってるんですから」

 寝起きで機嫌があまり良くないのか御来屋は珍しく不平を漏らす。この会話を進めるためには無秩序な雑談を挟まないといけないというのはそろそろ撤廃した方がいいよなあ。往々にして路線変更はよくあること。展開に合わせてテンションも変えていかなくてはならない。とは言っても、今までのハイセンスギャグをかます俺がいなくなるわけではない。いつかまた非日常性が消失したときに颯爽と帰ってこよう。

「悪い悪い。吉野家くん」

「何かもう投げやりですね!? 僕は御来屋です!」

 いや、単純にネタ切れだった。ナンセンスギャグしか口を衝いて出てこない。そもそも俺はそこまで面白いことを言えないのである。優しいボケに対して期待されるツッコミを返すだけでその場を凌いできた機械的で無機質な人間――それこそ電子レンジのように。

 そんな軽い一悶着の末、リモコンで適当にチャンネルを変えていくことで、目ぼしい情報を集める俺たち。それによって得られたものを合わせてまとめると次の通りになった。

 今朝、七時十五分頃のことだ。唐王市南方に位置する閑散とした住宅街。そこの人通りの少ない路地裏で樹高六メートル、直径四十五センチほどの落葉樹がアスファルトを突き破って生えているのが見つかった。第一発見者は早朝の散歩を日課とする近所に住む中年男性。彼は仕事帰りにもそこを通るらしく、少なくとも二十四日午後十時の段階ではこんなものはなかったと証言した。そして、この樹がどういった種類のものなのかはまだはっきりと分かっていない。もしかしたら新種かもしれないという話もある。

「パッと見でウメの樹かとも思ったんだけどね。樹皮がゴツゴツしてて不規則な裂け目があるし。でも、それにしては幹の直径が大きすぎるかな。老木でも三十センチがいいところだよ、うん」

 そう現役農学部生である五花は言う。昔から花や草木が好きな妹。川原で摘んたタンポポを俺にプレゼントしてくれる可愛げはなくなっても、入る学部の選定にそれは如実に現れていた。

「――そういえば、何年か前にど根性大根っていうのが流行ったよな」

 俺は初めにあの不可解な樹を目にしたときに頭の中で結びつけられたものを歯切れ悪く言葉にして出した。

「ああ、そんなものがありましたね。ど根性茄子なんかもあった気がします。なるほど。今回と似たケースですね。規模は大分違いますが」

 それを拾った御来屋はふむふむと頷きながらまるで探偵の助手のような事務的な物言いをする。

 一方、五花はというと、

「でも、ど根性大根はマスコットキャラになるくらい人気だったけど、あの樹は何というか不気味だよ……」

 と、暗澹たる思いを示した。

 不気味。

 人は自分の理解の範疇を超えたものをそう称すことが多い。

 気味がなくて気味が悪いと――。

 だから、あの樹が理解されることはこれから先ないのだろう。

「まあ、確かにど根性大根は猫がバク転したくらいの衝撃しか与えてくれなかったからな。まだ許容できる範囲だ」

 あんなものデカい雑草がアスファルトの隙間から生えたと思えば何てことない。植物に元からそういう特質があるように猫だって訓練次第でバク転することはできる。

「軽いね。じゃあ、あの樹は?」

「そうだなあ……猫が『ワン』と鳴くと見せかけて『ワンピース』の正体をネタバレしてきたような感じだな。驚愕に値する」

「いや、それはただ『ワンピース』の展開に驚いてるだけじゃ……」

 まったくもうと呆れ顔で溜息をつく五花。

 人気漫画はコミックスが発売されるのを待ってから読む派の俺。もし何の配慮もなくネタバレをするような猫がいたら彼方へと蹴り飛ばしてしまうかもしれない。

「これ、誰かが植えたっていうのは考えられないですかね?」

 この兄妹はほっといたら『ワンピース』トークに花を咲かせると察した御来屋は軌道修正も兼ねて自分の意見を述べる。いいストッパー役だ。

「そんな一晩でか?」

「いきなり一晩で生えてきたよりは現実的で濃厚な線だと思いますが?」

「うむ……そうだな」

 一理ある。自然的なものでなく人間の手による仕業。現象ではなく事件。言われてみれば真っ先に思い当たらなかったのが不思議なくらいだ。

「うん、その方が私もまだ納得かな。でも、あんな大きな樹を倒れないようバランス良く建てるためにはそうとう深くまで掘って植えないといけないはずだよ。しかも、それを一晩で近隣住民にバレないように。これ、かなり至難の業だと思うなあ」

 五花も腑に落ちない点を列挙しながらも、御来屋の考えに合点をいかせようとしている。

「まあ、硬いアスファルトに直径四十五センチほどの穴を開けるなら、どう頑張っても何かしらの音は出るだろうしな。時間だってかかる。それにいくら人通りの少ない路地裏とはいえ夜十時から朝七時十五分までの間に誰一人としてそこを通らなかったっていうのは考えにくいことだ」

 いつ、この現象あるいは事件が起こったのか。

 その時間帯はこれから出てくる証言で狭められる可能性がある。なにぶん現段階では情報が少なすぎるのだ。

「うーん……かと言って、ひとりでに一瞬にして生えたなんていう都市伝説のような話を肯定したくもないんだよねえ」

「『都市伝説』……」

 街談巷説。道聴塗説。根も葉もない噂話。しかし、幹と枝は一晩にして地上へと姿を現した。根が見えなく葉がついていなくとも現実で起こってしまったことである。それを確固たる真実として受け入れて認めることは自己または世界を変えることに他ならない。

「ま、ここで俺たちがとやかく言っててもしょうがないだろ。顔を洗って朝飯の準備しようぜ」

 俺は行き詰った会話を打ち切るべく気丈に振る舞った。

 現象あるいは事件。都市伝説。街談巷説。道聴塗説。自己または世界。そんなものは所詮、ただの外連味でしかないのだから。

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