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第一部:9

 やっと開始されるクリスマスパーティー。

 蛍光灯の光を反射するこたつ机の中央に据えられているのは電気から変換された熱を発するホットプレート。俺たちはそれでただものを焼くという簡略されつつも原始的な調理方法を用いていく。

「蔵之助くん、肉ばっかりじゃなくてちゃんと野菜も食べて」

「ええー。いや、タマネギだけはどうも苦手で。カボチャはまだ火が通ってないみたいだし」

 さっきとは打って変わって微笑ましい雰囲気が場には醸し出されていた。彼氏彼女というよりは姉弟のような五花と御来屋。もし俺たちに弟がいたらこんな感じだったのかもしれない。

「言い訳はなし。ほら、あーんして。あーん」

「あーん」

 いや、前言撤回。

 バカップルめ。

相変わらず俺がいてもいちゃつきやがる。

 俺はそれを一瞥した後、黙ってちょうどいい具合に焼けた霜降りの特上カルビを割り箸で掴みにかかった。

「お兄ちゃん、それは油脂じゃなくて肉だよ。何、間違えてるの」

「一応、聞くけどこれ俺の金で買ったものだよな!?」

「私の胸で肉欲を満たしたからもう食べなくていいでしょ?」

「いや、満たされてないよ!?」

 お前の小さい胸をちょっと揉んだだけで俺の溜まりに溜まったフラストレーションが解消されるか。俺はな、巨乳が好きなんだよ。

 と、そこで俺は演劇サークルの「こやま」さんのことを考える。「いや、旦那ァ。そこで思い出すのはマズイでっせ」という非難が殺到しそうだが別に忘れていたわけではない。名和との邂逅、パイタッチ騒動中もしっかり頭には彼女の顔を張りつかせていた。

たまにはこいつらみたいな浮いた話をしても悪くないかもしれない。

「そういやなあ、俺にも春がきたぜ」

 甘酸っぱい喜びで頬を緩ませながら俺は砕けた調子になる。

「えっ? お兄ちゃん、もしかして彼女ができたの? じゃあ、こんなところにいたら駄目じゃん。早くその人の元へ行ってあげないと。一人で不安なら蔵之助くん連れて行ってもいいから」

「お前、さっきからただ肉を独占したいだけだろ……」

 しなやかな身体つきのヒントがそこにはあった。

「うん、その通りだよ。この中で一番、肉欲に溺れてるのは私だもん」

 ビッチが。俺たち青少年の性欲と食欲舐めんな。

「それにお兄ちゃんに彼女ができるとは到底思えないし。蔵之助くんもそう思うでしょ?」

「僕に同意を求められても困るけど……まあ、そうですね」

 二人して俺が彼女を作るに足る魅力のない人物だと断定する。俺って、そこまで言われるほどかなあ。風呂上りは結構イケメンだと思うけど。ファッションだって無難な黒で揃えてるから少なくともダサくはない。

「……で、そんな身の程知らずなお兄ちゃんが叶わぬ恋をしちゃったと」

「散々な言われようだな!?」

 それなりに身の程はわきまえてるわ!

「どうせ風呂上りはイケメンとか黒い服はダサくないと思ってるんだろうけど、それまったくの勘違いだからね」

「読心術かよ!」 

 俺が五花のことを分かりきっているように五花もまた俺のことを分かりきっている。そして、五花の方が一枚上手である。

「……まあ、興味本位で聞いてあげるけど、どんな子を好きになったの?」

「それは僕も気になります。って、あっ!」

 おざなりに同意した御来屋は隣りに座る五花の目を盗みながら肉汁したたるロースを箸で掴む。しかし、あっさりとそれはバレて箸使いのタブーの一つ箸渡しで掠め取られてしまった。何やってんだが。

「どんな子かあ……そうだなあ……まず背丈はデフォルメフィギュアで例えるとお前が、にいてんごでその子がねんぷちって感じだな」

 俺は至福の表情でロースを食す五花と不憫でならない御来屋に向かって質問に答えた。湖山さんの小柄な体躯を頭に呼び起こしながら。

「何それ? そんな例えで分かる人がいるわけないじゃ……」

「なるほど。つまり、いっちゃんより少し小さいくらいですね」

「分かる人いた!?」

 パンッと小気味のいい音が部屋に響く。それは俺と御来屋の共感を喜ぶハイタッチで生じたものだった。

「うーん、何かあんたら最近、妙に仲いいよね……別にいいけどさあ」

 それを間近で見た五花はというと塩辛い顔で俺たちの仲を案じる。そして、その気持ちを秘めるように続けざまに言葉を発した。

「でも、私だってそんなに背の高い方じゃないからその子、結構小柄ってことになるよね?」

「ああ。例えなしで答えるなら百五十センチ前後ってところだろうな。華奢で愛嬌のありそうな子だった。演劇で主役を張れるくらいしっかりもしてるし」

 目の前の妹とは大違い。あんな可愛らしい子と付き合うことができたら大学生活がはるかに充実するだろうなあ。いや、ゆくゆくは結婚して人生を充実させたい。まあ、俺や御来屋みたいに結婚を前提に交際を考える大学生っていうのはおそらくマイノリティなのだろうが。

「『演劇で主役』……」

 俺の返答を聞いた五花は彼氏そっちのけで牛とベロチューをしながらそれが気にかかったかのように反芻する。胃が四つあるわけではない。そんな偶蹄目な妹は嫌だ。もしいたら家畜として農場送りにしてやる。

「……もしかしてその子って湖山さんだったりする?」

 なんと五花の口から紡ぎだされたのは俺に呪いをかけて恋に落とした張本人の名前であった。

「えっ? お前って湖山さんのこと知ってるのか?」

 訊いた直後、それが愚問だと気づく。こいつの交遊関係は俺とは比べものにならないくらい広い。知り合いの知り合いで唐王大学の学生すべてを網羅できるほどにだ。数学的に考えてそれがどれほどのことなのかは成績不良の俺には分からないが、単純にすごいに変わりはない。

「友達が演劇サークルだからね。実は言うと今日の公演の告知ポスターのイラストを描いたのも私だったりするんだよ」

「マジで? あのファンシーな猫はお前が描いたものかよ」

どうりで親しみやすかったわけだ。そいうえば昔、お絵かき帳に似たようなもの描いていた気がする。

「いっちゃん、絵心ありますから、友達づてで色々なサークルや委員会に頼まれてはポスターや立て看板を描いてたりするんですよ。先輩の言うその猫は唐王大学の非公式マスコットキャラと化しています。公式マスコットの唐王殿くんなんてもう切腹寸前ですよ」

「それはやめてあげろよ……」

 知らないうちに妹が下剋上を起こしていた。こういう最近の五花に関する知識はやはり御来屋の方が上。だから、したり顔で補足説明をしてくれたのだろう。分かりやすい男だ。

「私も夕方にはパーティの準備を終わらせてその演劇を観に行こうと思ってたんだけどね。でも、お兄ちゃんの部屋の掃除に予想以上に手間取られちゃって。もうなんで床を掃きもしないかなあ。なのに、お兄ちゃんは観に行けたんでしょ? こんな酷い話がある? いや、ない」

 と、五花は反語を交えながら慨然とクレームをつけてくる。お前が勝手に掃除しだしたんだろうが。

「でさあ、どうだった? 確かシェイクスピアの『ハムレット』の男女逆転版をしたんだよね?」

「ん? あっ……ああ『ハムレット』ね。あのハムとレタスとトマトをパンに挟んだマックの新商品の……で、シェイクスピアは槍のように刺激のある炭酸シェイクってところか」

「何そのありそうでギリギリないメニュー。えっ、観に行ってないの?」

「ええと……いや、観に行ったぜ? お前があくせくとメイドのように俺の部屋の掃除をしてパーティの準備をしている間にな。……ただ最初のナレーションが小難しすぎていつの間にか寝てしまったんだ。途中で目を覚ましても話の流れが分からないから湖山さんの姿をひたすら追うだけで終わってしまった」

 正直に失態を白状する。

どうやら俺にはああいう文学的作品を理解する能力が著しく欠如しているらしい。そこまで触れる機会が今までなかったのだから無論である。

「ふーん、なんかお兄ちゃんらしいね。そこで湖山さんに一目惚れしちゃったことも含めて。本当に女子のルックスしか見てないんだから」

 五花は呆れたように肩をすぼめて言う。そんな風にルックスだけで女子を判断するやつと思われるのは些か心外だ。なので、俺はぶっきらぼうにこう言い返してやる。

「うるせえ。胸が大きそうだから好きになったわけじゃねえよ」

「いや、そこまで言ったつもりはないんだけど……キモっ。死ねば?」

 結果、その蛇足で藪をつついて蛇を出したようになってしまった。この妹、二言目にはすぐ「キモっ」「死ね」ばかり言えばいいと思って。

「先輩、さすがにそれは僕もどうかと思います。気持ち悪いです」

しかも、同士としてハイタッチをしたはずの御来屋にも「気持ち悪い」と苦言を呈される。そんな巨乳好きなのって気持ち悪いかなあ。男として生まれたなら普通のことだと思うけど。いや、こいつみたいに五花の持つ貧乳を好む方が絶対におかしいんだ。御来屋ロリコン疑惑を浮上させてやろうか。

「でもまあ、湖山さんが巨乳なのは大胸間違ってないと思うよ」

「『大胸』じゃなくて『概ね』な。上手いけど」

 端から聞いてる御来屋のような人間にはわけが分からないだろうが、こういうメタ的なやり取りができるのも妹とだけだったりする。

「やっぱり女子力とかで偽乳って判断できるものなのか?」

 その妹のまるで湖山さんの服を引ん剥いて見たことがあるかのような口ぶりに少しだけ違和感を覚えた俺はそう尋ねる。

「女子力で偽札は判断できないよ、お兄ちゃん。そういうのは捜査官や判別機の仕事になっちゃうね」

「そんなものを女子力に求めるか!」

札を手に入れるたびに目を凝らしてチェックするのが女子としてのステータスになってる世の中なんて俺は生きたくない。こっちから願い下げだ。たいていの偽札なら凹版印刷、すかし、ホログラム、潜像模様の有無で素人でも判別はできるがそれはその偽造防止策を知っていなくてはできないこと。我が国は造幣技術が世界トップクラスであるがゆえにそういう注意喚起を怠ってるように思う。しかし、それくらい平和な方が俺はいい。

「でも、『乳』が『札』と字面が似てるのは何か感じざるを得ないものがあるよね? うん、そう考えるとパイタッチの代償としてお兄ちゃんのお金で高級な肉を食べてもまったく問題がない気がしてきたよ」

 大義名分を得たかのように一層ばくばくと焼けた肉を口に放りこんでいく五花。まったく問題大ありだ。俺と御来屋なんてまだ五切れほどしか食べていないのだから。

「……質問の仕方が悪かったな。訂正しよう。なんでお前は湖山さんが巨乳だと分かるんだ?」

「演劇サークルの友達に今年の夏、湖山さんと海に行ったときの写真を見せてもらったからかな。うん、なんていうかあれは女子としての自信をなくしちゃうほどのものだったね」

 驚嘆に値するとばかりの言いっぷり。そんなにすごいものだとは俺の審美眼でも察知できなかった。というか、帰ってから妹の胸揉んだり好きな子の胸の話をしたりで散々だ。

「へえ、海か。いいなあ」

 寄せては返す波の音と潮の香りが漂うビーチに想いを馳せながら俺は間延びした声で言う。来年、再来年の夏、もし湖山さんと海水浴に行くことができたならそれはどんなに幸せなことだろうか。二人きりでなくてもいい。そこに五花と御来屋を加えたダブルデートもいいだろう。そんな夢のような妄想。そして、それを現実にするためにはやはり何らかのアクションが必要となってくる。

「当然、お前なら湖山さんの連絡先くらい知ってるんだよな?」

 だからか気づいたら俺は唐王大学の学生に関するデーターベースとも言える五花を介して彼女との接点を探ろうとしていた。

「……ううん、知らないよ。湖山さんとは面識はあっても話したことはないんだ、私。友達の友達は友達じゃないしね」

しかし、期待外れもいいところ。五花は木で鼻をくくるような冷めた物言いをする。何だろう? 巨乳と貧乳では相容れないものがあるのだろうか? それとも友達の友達だから嫉妬? よく分からないがあまり足を踏み入れない方が良さそうな事情が渦巻いていた。

「それに、たとえ知ってたとしてもそんな個人情報、お兄ちゃんなんかにみすみす横流しにするわけないじゃん。危ないったらありゃしない」

 ありゃ? 自分の子どもに包丁を扱わせたくない母親のような顔をされてしまった。そこまでの信頼を築くことができなかったのは兄として遺憾を感じざるを得ないが、まあ、常識的に考えてそれが普通の対処だろう。個人情報は安易に晒されるべきではない。

「――けど、これくらいなら教えても問題ないかな」

そして、五花は上手い落としどころとしてそれを渡してきた。

言うならば子ども用の包丁。

刃先が丸く軽いそれは一見して安全そうに思われるが、その実、中途半端な切れ味なので力の入れ加減をついつい誤ってしまいむしろ怪我をしやすい。

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