33.横憐坊(よこれんぼう)
紀彦が、恋黒子に、トイレで襲われた日の夜です。
ーその夜、紀彦のマンション
「いててて、てぇー」、「うそだろう」、「あのヤロー」
身体中に湿布シートを貼られながらー。紀彦はその言葉を、リビングのソファの上で繰り返した。
あの風水師が、今起こっている災難の元凶だった…。
あいつが、紀彦の『もちぬし』情報を、『たまとり』や『かりびと』へながしていた……にちがいない。と、小春から説明をうけた。
小春は、紀彦の「おまけ」の「どうさつ」が覚醒しつつあること、消された記憶がよみがえろうとしていることー。これからは、紀彦が『たまとり』に襲われても、記憶を消せないので、覚悟してほしいともー、率直に伝えた。
紀彦は、『もの吹き爺』と『袋孤児』に関する出来事は、ほぼおぼえていたがー、その前の『求魂娑』の夢攻撃については、思い出していなかった。
とりあえず、今日襲ってきた「たまどり」―『恋黒子』について、袋孤児を交えて、これからの作戦会議がおこなわれた。
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「こ、こいくろこ?」
「あの黒い靄ー、『恋黒子』。紀彦、会社のトイレで見たでしょ……」
紀彦は、思いっきり嫌な顔をした、あの不協和音が耳について離れない。
それとー、あの黒い靄が、あの麗しい清掃員の女性だとは思いたくなった。
今ー、リビングのソファにいるのは、紀彦とカナウ、袋孤児だった。小春は、お風呂に入っていた。今日も歩き回ってかなり汚れたらしい。
昨晩も話したように、小春は、しばらくは、アラヤにかかりっきりにならないといけない。『恋黒子』や、その他の『たまとり』『かりびと』に関しては、カナウと袋孤児が、受け持つことになった。
「でも、その恋黒子って『たまとり』、カナウちゃんがやっつけたんだろう。なぜー」
―作戦会議をする必要があるのか 紀彦は、至極当然のことをいった。
「おっさん。次の『たまとり』が、直ぐにやってくる。あのな、やつらの目的は、おっさんの魂やエナジーじゃあないぜ」
袋孤児が、ポテトチップスを食べながら答えた。ポテチは、彼の好物だそうだ。
―えっ、そうなの? 『たまとり』の目的は、オレの魂ではなかったの?
「ちがうよ。今度の『たまとり』の目的は、紀彦を冥界に、引きずり込むことだよ」
カナウが、断言した。紀彦は、意外な顔をした。
―なに? 人の魂やエナジーのほかにも、そんな目的があったのか……
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カナウの『たまとり』に関する知識は、小春からきている。彼女が紀彦と暮らすようになってからー、5年間で小春が彼女におしえたものだ。そして、その小春の知識は、彼女の師匠から引き継いだ。
師匠が記した『たまとり』等にかんする記述ノートが、数十冊ある。それから考えるとー、小春の師匠なる人物も『たまとり』と闘っていたのか。それとも、『たまとり』が大好きだったのか……
そのノートは、紀彦が一人暮らしをはじめるさいー。小春の指示で、彼が故郷の家から持ち出した。小春は、紀彦にそのノートを読むことを、許さなかった。
実際、読みたくても、ノートに書かれた師匠の字が、彼には読めなかった。
そこに書かれていたのは、ミミズがのたくったような、太い線だった。
―これって、いったい何語っていうレベル
そのノートをもとにー、
カナウに、ちからを使って『たまとり』との戦い方をー教えたのは小春だ。
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今や、カナウは、小春のひ孫兼愛弟子なのである。
紀彦は、率直に訊ねた。
「めいかいって……なに?」
「ええとね、真っ暗闇な所だよ。引きずり込まれた人は、永久に暗黒を彷徨うことになるの。そこでー、肉体は、カラカラに干からびるーかな」
「ひ、干からびる? ひものになるの」
紀彦は、さっき食べた夕食のおかず、アジの干物を思い浮かべた。
ああは、なりたくない。
「それだけじゃないよ。徐々に紀彦の存在自体が、なかったことになるんだよ。もともと、この世でいなかったことになるんだ。紀彦に関係している思い出が、すべて消えるの」
―オレの存在が、なかったことになるのか 紀彦は、息を飲み込んだ。
「おっさん。恋黒子は、俺様みたいな一匹狼じゃないぜ。親玉の命令でうごいているんだ」
―お、親玉って…… 紀彦は、いぶかしげな表情で、カナウの顔をみた。
「うん、おばあちゃんもいってたけどー。紀彦のことを恨んでる誰かがー、『横憐坊』と契約したんだよ。きっとー」
「よ、よこれんぼう? けいやく?」
―そういえば、『たまとり』の中には、人の世界で商売をやっているやつがいるって…
「ああ、あの黒い靄ー『恋黒子』の親玉だよ。―あいつがあらわれるってことは……、色恋沙汰、横恋慕にちがいないな」
―い、色恋沙汰ぁ、横恋慕。なんか話が、急になまなましくなってない
「おっさん。『横憐坊』の表のビジネスは、恋愛コンサルタント。でも、裏の稼業は、横恋慕してる契約者から、魂を調達することさ。おっさんの魂じゃないぞー」
袋孤児が、物知り顔にいった。顔は小賢しい少年だが、だてに長く生きていない。
「契約者は、きっとー紀彦のことを恋敵とおもってる。紀彦に、ものすごく焼きもちやいててー。自分の恋が上手くいくように、紀彦の存在を消そうとしているー」
―それにー、たぶんだけど。『横憐防』は、紀彦が『もちぬし』であることに、気づいていないと思う。単純に契約を果たそうとしているだけ……
「契約を果たすと、オレの存在は消えてなくなる……のか」
「そうさ、おっさんのこと想ってた女(男?)にとって、おっさんは最初からいなかったことになるのさ。恋敵にとっちゃ、好都合このうえないってことだよ」
―だからー、短期決戦で、おっさんをヤリにくるぜ 袋孤児は、あっさりといった。
「恋敵って……。いったい、だれが、そんなことを?」
紀彦は、悪寒を感じて身震いした。カナウが、彼に身体を寄せてきた。
「今のところー、だれか分からない。でも、契約者は、必ず紀彦の近くにいるよ」
「…近く。会社ー、オレのいる部署内? ええーっ、海外事業管理部のなかってこと」
「まあ、心当たりをいろいろと考えてみることだな」
―えっ、そんなこといわれても。ーである。何か、見つける方法はないのか……
「―で、見つかったとして、契約者がわかったら、どうするの?」
「私かおばあちゃんが、契約したやつを『ふっ』するよ」
カナウは、ろうそくの火を吹き消す動作をして見せた。
「それってー。う、うそでしょ?」
「あのね、紀彦。一旦むすんだ契約はー、契約者が生きている限りー、破棄できないの」
「おっさん。契約者は、死んだ後の魂を代償に、横憐坊と契約してるんだ」
「契約者が死ねば、契約者の魂は無条件で横憐坊のものになるの。だからといって、横憐防は契約上、契約者自身を殺せないのよー」
「じゃ、第三者が契約者を『ふっ』した場合はー」
「それで、契約は終了ってことさ。おっさんには、ちょっかい出さなくなる。横憐防は、労せずに契約者の魂を手に入れる」
「不慮の事故が起こった場合と同じだよ。横憐防は、どうしようもできないでしょ」
―それで、カナウちゃんか、おばあちゃんが、契約者を不慮の事故に……
「ちょっと待ってー。契約者を消す以外に、なにか方法はないの?」
同じ職場の顔見知りが、自分のために消されるのは、どうも目覚めがわるい。
「横憐坊と闘って、倒すしかないーでも、契約者を消すより数千倍も難しいよ」
カナウは、あっさりいった。
「おっさん。横憐防は、かなり強いぜ。『たまとり』を何体も従えている。恋黒子も、その中のひとりだったのさ」
「うん。紀彦の「どうさつ」も、横憐坊には利かないかも……」
お付き合いいただきありがとうございます。




