34.うたがい
33.横憐坊からのつづきです。
ーリビングルーム
浴室から、カナウの使うシャワーや洗面器の音が聞こえている。紀彦と袋孤児、そして、パジャマを着た小春がソファに座っていた。結局、横憐防の対策については、契約者を見つけて『ふっ』するところから、進んでいない。
小春は座ったまま、動かない。多分、人形の中でー。今日の首尾について、彼女とアラヤが話し合っているのだろう。袋孤児はひたすら、ポテトチップスを口に運んでいた。ーそれを、ぼんやりと眺めながら、
「安田君だったよな…」
紀彦が、ぽつりとつぶやいた。
「えっ? なんだよ。おっさん」
袋孤児が、ポテトチップスを運ぶ手をとめて、紀彦を見た。
「安田君が、オレをトイレに行くように仕向けたのー。君も、オレの背中で見てたんだろう? オレが、安田君の残業の手伝いをしていた…。あのとき、彼がオレにー」
「あの、のっぽのにいちゃんかい? ああ、覚えてるぜ」
「あの時、トイレに行かなければ、オレは残業を終えて、カナウちゃんと帰宅していた」
「ふ~ん、なるほどなぁ、そういうことか。うん、あのにいちゃんならー、横憐坊と契約した可能性はあるな……」
「どうして、そう思うんだい?」
「おっさん、気が付かないのかい? のっぽにいちゃん、おっさんにべったりの姉ちゃんに、惚れてるぜ。ーで、今日、見ていて分かったけどー。あのねえちゃんは、おっさんにほれてるぜ」
「オレに、べったりのねえちゃん? ああー、東野君か…。ええーっ、そうなの?」
「おっさん、KYかー」
「ごめん。オレ、男女の関係についてはー、ちょっと疎いんだよ」
―だから、苦労してんだよ。と、紀彦は声を大にしていいたかった。
「おっさんさえいなくなれば、『あのお姉ちゃんと上手くいくのに』と、考えてー。あのにいちゃん、横憐坊と契約したのかも?」
「そ、そんな短絡的なー」
―自身の魂を犠牲にしてまで、することなのか? 紀彦には理解できない。
「ねえ。なにか、わかった?」
風呂上がりのカナウが、髪を拭きながら入って来た。
「いや、まだはっきりとは…。でも安田君が…、考えられないなぁ…」
「まあ、どっちにしろ、早く、契約者見つけてなんとかしないと。 横憐坊のやつー、またすぐ次の『たまとり』を送ってくるぜ」
x x x x
それから、三日間は何事もなく過ぎた。
紀彦の背中には、袋孤児が張り付いていた。カナウが瞬時に移動できる距離は、限られていたのでー。登校前は社員専用口まで、彼を見送りー。学校が終わってからは、会社の前の公園に移動し、紀彦が出てくるのを待っていた。
カナウは、目立たないようにしているつもりでもー。さすがに3日目となると、「夕方になるとーすごい美少女が、所在なさげに、公園のベンチに腰を下ろしている」と、噂になった。
じろじろ見られるだけでなく、「どうしたの」と、声をかけてくるおせっかいな野郎もいる。野郎だけでなく、女性からも、「どこからきたの」「あめ玉いる」とか。その都度、カナウは、クールに「だいじょうぶです」と、かえした。
もうすぐ、紀彦が退社する時刻。正面玄関から少し横手にある、社員通用口からはすでに多くの社員たちが出てきていた。
カナウは、その中に紀彦の姿を捜しているとー
「ねえ、ねえ、なにしての」
と、声をかけられた。
4人組の高校生だった。
カナウは、先ほどからこの4人を目の端にとらえていたが、まさか、声をかけてくると思わなかった。真面目そうな見た目で、服装も身だしなみもきっちりしていた。ただ、4人とも、それを鼻にかけているのは否めない。
ナンパなどではなく、単純にかわいい子に話しかけてみようという、青い冒険心からであろう。
「…人を待ってるの」
カナウは、正直に答えた。
彼女が返事をしたので、彼らは調子に乗ってー
「ねえ、君。昨日もいたよね」
「お父さんか、家族の人が、ここに勤めているの」
と、つづけて訊ねてきた。
どうやら、この学生たちは、ここのー、ビル前の公園を通り抜けて、通学しているらしい。 カナウが、黙って、視線を社員通用口に戻すと、4人の中で、一番背の高い学生が
「ねえ、ねえ、一緒にまっててあげようか」
と、いった。
他の3人が、「それはないだろ」、「そんなのいやだよね」、「それ、一番ダメなパターン」とか、口々に騒いだ。カナウはにっこり笑うと
「いいよ」
と、応えた。
少し、彼らをからかってみたくなったのだ。
4人はそれを聞いて、「えっ、いいの」と、目を丸くした。
完全に予想外の返しだったんだろう。
―師匠、なんですか。その4人。 カナウの頭の中で、袋孤児の声がした。
見るとー、今しがた、通用門から出た紀彦が、こっちに向かって歩いてくる。
―なんでもないよ。 カナウは、応えた。ほんとうに、なんでもない。
4人は、お互いに顔を見合わせている。どうリアクションしたらいいのか、悩んでいるようだ。―そのぐらいのこと、想定しておいてね。
カナウは、おかしくなった。それよりー、
―なによ、あの女ー。ムカつく
紀彦の隣で、同僚らしき女性が、しきりに彼に話しかけている。それに、紀彦が笑顔でうなずきながら、返事をしていた。カナウは、袋孤児に訊ねた。
―そ、その女が、この間話してたー紀彦にべったりの女なの?
―そうっす。東野紗英っていうっす。師匠、どうやら、この女に横恋慕しているやつが、横憐防と契約したんじゃないかとー、オレの推測です。なかなかいい線いってると思いませんか、師匠。
カナウは、それには返事をせず、ベンチから立ち上がると、
「のりひこー」
と叫び、彼にむかって、大きく手を振った。その場にいる全員が一斉に彼女を見た。
カナウは、そのまま紀彦めがけて、駆け出した。カナウの目の前でー、紀彦は彼女の突進を見て、明らかに戸惑っている。隣の女性ー紗英は、目を見開いてカナウを見つめている。
―かまうものか カナウは、スカートの裾を翻しながら、大股ではしった。
―ししょう、だいた~ん。 袋孤児がひやかした。
―いってろ。 カナウは、紀彦の胸に飛び込んだ。
あわてた紀彦は、カナウの両肩をつかんで、彼女を引き剥がそうとするがー。
カナウは、「いや」と、いってさらに彼にしがみついた。
紀彦の周りにいた社員たちが、ふたりを見てざわついた。
紗英が、あっけにとられてー
「ちょ、ちょ、ちょっと、津田さん。その子は、だれですか」
と、訊ねた。紀彦は、カナウの腕から身をよじって、顔を紗英のほうにむけた。
「ああ、むすめです、オレのむすめですよ」
紀彦は、紗英や周りの人々に向かって、特にー、「むすめ」の部分を連呼した。カナウは、頭の上でそれを聞きながら、紀彦の胸に、顔をむぎゅと押しつけた。
(ちがうもん。わたし、のりひこの奥さんだもん)
例の学生4人組は、カナウの突撃に恐れをなし、いつの間にかいなくなっていた。
お付き合いいただきありがとうございます。




