27.「便利屋」万年係長
よろず商事 組織図(一部分)
海外事業管理部-同2部(東南アジア担当)部長 宮村
-同2課(ベトナム、オロシャ国、タイ担当)課長 片山
ー紀彦が、『もの吹き爺』に会った翌日
ある都市のビジネス街、大通りに面して、高層ビルが、競うように立ち並んでいる。その中に、よろず産業の本社ビルはある。
低層階のフロア面積を広くして、中層階以上はカーテンウォールになっている。
ビルの敷地内に、広場をもうけて、その中に、木々の植え込みや花壇、噴水などを配置していた。また、通行人がやすめるようベンチもある。
午前10時半ー、ビル中層階にある会議室でー。よろず商事、海外事業管理部 同2部―同2課の内部打ち合わせが終わった。会議に参加していた社員たちが、がたがた音を立てて、椅子から立ち上がり、三々五々会議室から退出をはじめた。
紀彦は目の前のパソコンのフタを閉じると、伸びをしながら立ち上がった。
頭の片隅が痛い、昨日の酒の影響が,まだ残っているようだ。
2課の課長ー片山が、後ろから津田の肩を、ポンとたたいてー
「津田ちゃん。わるけどさー、いつものように今日の議事録、全員配布たのむわー」
と、愛想わらいした。笑うと、36歳とは思えないほど可愛くなる。
「わかりました。課長」
津田は、事務的に返した。片山は、彼の1年先輩で、直属の上司になる。
片山は、行きかけて「おっと」と振り返えり、
「そうそう。議事録、今日中におねがいね。できたら定時までにー」
―お疲れのところ、わるいね。片山は右手を挙げて、会議室からでていった。
「はい、承知しました」
紀彦は、片山の背中に向かって返事をした。
すると、今度は逆側の肩をたたかれた。
「津田さん、だめですよ。会議中に居眠りしちゃあ…」
同僚の安田だった。紀彦は、安田にわき腹をつつかれて、肩をすくませた。
「いやぁー。ごめん、ごめん。昨日―遅かったもんで、ついー」
女子社員たちが、笑いをこらえながら、紀彦と安田の横を通り抜けていく。
安田が、周りを気にしながら、声を潜めた。
「津田さんの居眠りー、部長がにらんでたんで、思わずメール送りましたよ」
紀彦は、苦い表情をして、安田に片手拝みをした。
「いやあ、助かったよ。安田君のブルブルで目が覚めたー」
「昨日、津田さん。珍しく直帰したんで、おかしいなと思ってたんですけどー」
―ちゃっかり、飲みにいってたんですね。紀彦は、「そんなんじゃ、ないよ」
と、渋い顔で抗議した。
「昨日は、迷子になるし、変な酒飲まされるし……、たいへんだったんだよ」
安田は、―ハイ、ハイ。わかってますよ。ただ、
「あんまり無理しないでくださいよ」
ーといい、笑いながら、会議室から出て行った。紀彦は、
「ああ、ありがとう」
というと、パソコンをかかえて、安田の後から出口へといそいだ。
x x x x
会議室を出ると、扉の脇で、紀彦のアシスタント、東野紗英が待ち構えていた。
紗英は、紀彦の横に並んで歩き出すとー。小声で、不満をぶつけてきた。
「課長、ひどいですよね。議事録なんて、入社2~3年目の社員の役目なのに。いつも、津田さんに丸投げしてー」
どうやら、片山が依頼するのを見ていたらしい。
「まあ、オレの議事録がいちばんまとまっていて、読みやすいらしいからー」
紀彦は、紗英をなだめた。紗英は、あきれたという顔でー
「そんなこといってたら、ずっと議事録とらされますよ。いつまでたっても、便利屋扱いの万年係長ー」
と、肘で津田の腕をつついた。 紀彦は、苦笑いした。
腹をたててくれるのはありがたいが、「便利屋」とか「万年係長」は、さすがに耳が痛い。が、紗英は憤懣やるかたない。
「こんど私、課長に文句言っときます。津田さんは、議事録係じゃあないってー」
この調子なら、本当にいいかねない。紀彦は、話題をそらすことにした。
「いいんだよ、東野君。それより、議題に上ってたー、今度あつかう新製品の件―。 どうなったか、あとで内容を教えてくれないか?」
紗英は、「はあ」と、ため息をついた。
「……いいですけどー。そこらあたり、居眠りしてたんですね?」
どうやら、紗英も気が付いていたようだ。
「うん。うとうとしてー、聞いてなかった」
紗英は、紀彦をじろりとみて、
「きのう、遅かったんですか?」
と、咎めるように訊ねた。
紀彦は、視線をさまよわせて、あいまいに答える。
「ああー。すこし、夜更かししたたかな……」
「もおー。居眠りするぐらいなら、早く寝てくださいね」
紗英は、肩で津田の二の腕を押す。紀彦が、2度目の肩プッシュをかわしたとき。
後方でー「おーい、津田君」と、部長の宮村が呼ぶ声が聞こえた。
宮村は、海外事業管理部 2部の部長で、片山課長の上司にあたる。紀彦は、立ち止まり振り返ると、宮村が手招きしながら、廊下を近づいてきた。
紗英も振り返ると、姿勢を正し宮村に深く会釈した。
彼女は、紀彦に、先にいきます と合図してー。
通路をエレベーターホールへ向かって歩いて行った。
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数分後―
紀彦がエレベーターホールに行くと、紗英が待っていた。紀彦は、彼女を一瞥して、パネルのボタンを押した。紗英が、無言で紀彦の後ろに立つ。あのうー
「部長、なんだったんですか?」
紗英が、紀彦の肩越しに訊ねた。紀彦は正面をみたまま、
「ああ、今度の土曜、ーちょっと、付き合えってーさ」
と、応えた。社員が数人、雑談をしながら、エレベーターをまっていた。
「津田さん、ひとりー、ですか」
「いや、片山課長も来るって……」
「用件は、なんですか」
「ええと。来れば、わかるってー」
紗英は、下を向いて唇をかんだ。なに、それー
「また、課長と組んで、厄介事を津田さんに押し付けてくるつもりですよ。いやならいやと、はっきり断ってくださいね」
ーできれば、紀彦もそうしたい。
「わかった。そうする」
と、即答したが、紗英はそれでも不満だったらしい。
「なんでも『はい、はい』いって、引き受けたらだめですよ」
まるで、紗英が紀彦の上司のようである。
「わかってるよ…」
―わかっているよ。ただ、穏便にすませられるなら、済ませるに越したことはない。 だが、若い紗英には。まだそれが分からない。
「ホント……、津田さん、お人好しなんだからー」
紀彦も、好きでお人よしを演じているわけではない。
ただ、その理由を、紗英に説明する必要などない。
とにかく、紗英は、煮え切らない紀彦の態度が、もどかしい。
ホールにチンとチャイムが響いて、1基のエレベーターのドアが開いた。
ふたりは、数人の社員と、それに乗り込んだ。
お付き合いいただきありがとうございます。




