23.「どうさつ」のちから
「どうさつ」は、『もちぬし』の「おまけ」のひとつ。
矢筒…矢をいれる円柱(筒)形の筒のことです。武士が背中にせおっています。
紀彦は、自宅のソファで横になっていた。
カナウがしきりに彼の顔をのぞき込んでいる。
―ここは、オレの家だ……
―リビングのソファに寝かされたのは、何となく覚えている。
今日、 取引先(通関業者)からの帰り、道に迷ってー、ホームレスの老人に会って、酒をすすめられて……。ペットボトルの酒を飲んで、酔っ払って……
気が付いたら、なぜか、カナウが迎えに来ていた。それから、彼女に支えられて、駅のホームに上がって、電車に乗ったこと。ーは、ぼんやりとだが覚えている。あとは、彼女に差さえられながら、千鳥足でマンシャンまでたどり着いた。
「ねえ、だいじょうぶ」
カナウの声が、はっきりと耳に入ったきた。酔いがさめてきたようだ。
―飲んで。カナウが、冷水の入ったコップを渡してきた。一気に喉に流し込む。
―きくーっ、頭がすっきりしてきた。カナウの顔が、安心でゆるんだ。
「心配したよ、だってー、フラフラになって、帰ってきたんだもん」
カナウが、甘えた声をだした。
―えっ、おかしいだろ。紀彦は、ソファで上体を起こした。
頭が、ずきんと痛んだ。
「カナウちゃん」
「えっ、なあに?」
「むかえにきてくれたよね。どうして、オレがいる場所がわかったんだ?」
「えっ、なにをいっているの、紀彦。まだ、よっぱらっているの」
「どうして、あのお爺さんの娘のふりをしていたんだい?」
―たしか、君のお父さんは、震災でなくなったはずだがー
「えっ、全然わからない。どうしたの、ねぼけているの」
「それから、あの少年。いきなり、竹ぼうきになったよね。
あれは、カナウちゃんのちから……?」
「えっ、ちょっと待ってー」
(ど、どういうこと?)、カナウは、紀彦の目を見つめた。
―おかしい。袋小路に入ってからの記憶は消したのにー
彼女は、ハッとして、片手で口をおさえた。
「そうか、あの、お爺さんのお酒か。あれ、とんでもない効果があったようね」
「おじいさん、お酒、こうか……。ああー、オレが、飲んだやつかー」
「ええと、わたしが、迎えに来たことを覚えているの」
「うん、カナウちゃんがオレを電車にのせて、連れて帰ってくれたよね」
「まいったなあー、ちょっとまっててね」
カナウは、紀彦の目をのぞき込んで、自分の目に力をこめた。
―おねがい、わすれて!
紀彦は、目の中で火花が弾けるのを感じた。カナウは、今初めて訊ねるようにー
「紀彦、だいじょうぶ? かなり酔っぱらって帰ってきたけどー」
と、いった。彼は、きょとんとした顔で、彼女を見返した。
「えっ。さっきから、何言ってんの。
カナウちゃんが、俺を迎えに来て、連れて帰ってくれたんだろう」
(だめだー、わすれない)
―ど、どうしよう。おばあちゃんも出かけてるしー
「いや、どうしてオレがいるところが分かったのー。
オレ、道に迷って、困っていたんだ」
紀彦が、ふたたび詰め寄ってきた。
(あんまり、紀彦の記憶をいじるのもよくないしー)
カナウは、ごまかすのが、面倒くさくなってきた。
―とりあえず、ここはいったん正直に話してー。
―あとは、おばあちゃんに相談するか……
カナウは、大きく息を吸い込んで、ゆっくりとはいた。
「うん。じゃあ、今日あったこと、順に話すね……」
x x x x
「『たまとり』の隠れた姿を、人前にさらす「どうさつ」ー!、オレがぁ」
紀彦は、上ずった声をだして、ソファに座りなおした。
「それが、紀彦が、持っているちから「どうさつ」だよ。『もちぬし』の「おまけ」ー」
ーと、いわれても、である。紀彦は、目をパチクリする。
自分の「おまけ」については初耳だ。
「ええと、お爺さんに、お酒飲まされたこと…。おぼえてるんでしょ?」
紀彦は、ああと、うなずく。
「それじゃあ、路地裏であったー、街灯の下にいた子のことは、どう」
「おぼえているよ。たしか…、竹ぼうきになって、くるくるまわっていたら、カナウちゃんにのみ込まれた……」
―やっぱり、おぼえてるぅー
「あの子ね。紀彦が、じっとみつめたから、竹ぼうきになって、まわりだしたの」
紀彦は、絶句した。―えっ、えっつ?
「どういうこと。オレがみたから……、あいつが、竹ぼうきになったの」
「そう、それで、正体をあらわしたのー。あのこね、袋孤児って『たまとり』だったの」
―そういえば、あいつに惑わされたとか、爺さんが言ってたな……
「『たまとり』は、紀彦に見つめられると、正体を隠し切れなくなるみたい」
そこで、カナウは少し、ためらったが…、
風水師の一件があって以来ー。
紀彦に、彼の「おまけ」を、伝えようかと、おばあちゃんと話していたところだ。
ちょうどいい機会かもしれない。
カナウは決断した。
―ええとね、実際にやってみようか……「どうさつ」のちから
―えっ、やってみるって。 紀彦は面食らった。
―うちで、なにをするの
―ほんものの『たまとり』だすのは、難しいから、「物の怪」でためしてみるね
カナウは大きく息を吸うと、胸を膨らませてー。竹で編んだ筒のようなものを、リビングテーブルの上に吐き出した。ー矢筒だった。
紀彦は、目を見張った。―あの爺さんと、同じだ
「えっ、なに。カナウちゃん、いつの間に、そんな技……」
「いま、それはいいから。とりあえずこの矢筒を、じっとみてみてー」
紀彦は、いわれた通り、テーブルの上の矢筒を凝視した。
ー十数秒後、矢筒は、ゆらゆらと揺れ始めた。
ーさらに数秒後、矢筒は炎のかたまりになり、テーブルの上を回りだした。
紀彦は、あわてて、ソファから飛び降りた。
「えっ、なにー? なにがおこったの」
炎のかたまりは、火花を散らして、紀彦めがけて飛びかかった。
「がぶっ」
カナウが、大口をあけて、火花ごと炎を呑み込んだ。
「どう、わかった? あの子の時と同じだったでしょ」
これが「どうさつ」の効果だよ。『たまとり』や物の怪の隠形をあばくちから―」
紀彦は、引きつった顔のまま、カナウの口元をみつめた。
なにかの焦る臭いにおいがした。紀彦は、とりあえず理解した。
「『たまとり』の隠形あばき、正体をさらすちからー」
「そう、あの子は、竹ぼうき。いまの矢筒は、炎ーが、隠された正体だったの」
「えっー。なんでー? いつ、オレにこんな力がぁー?」
「たぶん、あのお爺さんのお酒を、のんだからだよ」
「さけ、ああ……。あの酒かー」
紀彦は、微妙な顔をした。味を思い出していたんだろう。
「うん。あれ、ただのお酒じゃあないよ。中に、なんか入ってたんだと思う」
「なにかって、なに?」
「わたしに、わかるわけないじゃん」
―わかいらないけどー。飲んだ後、すぐに起こった変化を考えると……
「紀彦の「どうさつ」を、引き出す効果があったみたい…」
―多分、あの、お爺さん。紀彦が「どうさつ」のおまけを持っているのを、わかっていて、お酒を飲ませたんだ。
…カナウは、だんだんと腹が立ってきた。
―袋孤児がいたのも知っていたし、紀彦に「どうさつ」のちからを使わせてみたりー。ほんとー、なん、なのよ。あのジジイ。きっと、また紀彦を狙ってくる……
彼女が、急に黙り込んでしまった。ーので、
紀彦は目を閉じると、こめかみをもみながら、ソファにひっくり返った。
「どうさつの効果……。オレの「おまけ」か……」
彼は、そうつぶやいてみたもののー。
あの老人が、自分の「どうさつ」のちからを引き出してー、
彼に何をさせようとしているのか? 紀彦には相変わらずー、
『もの吹き爺』と名乗った老人の素性や、彼の目的がよくわからない。
「どうさつ」は、『たまとり』や物の怪などの隠形をあばき、正体をさらすちから。
袋孤児…少年の姿(隠形)⇒ 竹ぼうき(正体)




