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20.袋小路の少年と老人

次は、津田 紀彦の場面です。

 その日ー、

 津田紀彦は、通関業者にて、輸出入業務についての定期打ち合わせがあった。 打ち合わせがおわり、相手方のビルを出たのが夕方近く。


(このまま表通りを道なりに行けば、最寄りの駅に着ける)


 紀彦にとって、何の変哲もない通いなれた道。

彼は、いつものようにその舗道を、通行人たちに混じって歩いた。

にぎやかな通りを少し進むと、ビルとビルの間に狭い路地がある。


―今日は裏道を通って、駅まで行ってみるかな

ふと、そんなことを考えた。(近道を見つけてやろう)と、目論んだわけではい。

本当に、何気なくそう思っただけだった。


そして、そう思った時には、紀彦はその裏通りに一歩踏み込んでいた。

そこで彼はスマホをとりだして、駅までの経路を確認した。

少し入り組んではいるが、ショートカットして駅前に出られそうである。

 

―楽勝だな

紀彦は、道順の見当をつけると、スマホをポケットにしまった。

それから、ショルダーバックを肩にかけなおし、ゆっくりと歩きだした。


     x   x   x   x

 

 しばらく歩いて、紀彦は後悔した。

―全く、簡単ではなかった

予想に反して、いつまでたっても裏路地から抜け出すことができない。


狭い道はどんどん入り組んでー、

いつの間にか、道の両側が、ビルの側面から高い塀に変わっていた。

そのため、空が、直線で区切られて、平行な空間しか見えない。


 紀彦は、スマホの位置情報を確認した。結果は、(位置情報は確認できません)

―うそだろう

スマホを再起動したが、画面の表示に変更なかった。


さらに、通話ができないマーク……。

これには、少なからずあわてた。都市のど真ん中で、こんなことがあるのか

―いや、あるわけがない


 紀彦は、はやる心を抑え、これはスマホの一時的な不具合だと、思い込もうとした。 彼は、スマホ片手に、歩き続けた。

少し歩けば、スマホも元に戻っているだろう。


 次の角を曲がったところに、少年がひとり立っていた。

少年は、塀に同化しているかのように、じっとしている。

少年は、食い入るように、彼の目前を通り過ぎる紀彦を、見ていた。


 一方、紀彦はー。なぜか彼は、少年の存在に気がついていない。

少年は、通り過ぎた紀彦の背中を見て、いやらしく(にやりと)わらった。

クモが、網にかかったちょうちょうを見るようにー。


 紀彦は、さらに先の曲がり角に向かって、路地を一心不乱に歩いていた。

道を見失ったかもしれない、通信ができないと、いう焦りが、彼をさらなる迷路へと駆り立てている。


―冗談じゃない

前方に、一方向だけへの曲がり角が見えていた。

―次の角だ。次の角を曲がれば、今度こそ、表通りに出れる


紀彦は、ネクタイを緩めて、早歩きになった。

呼吸が荒くなり、ショルダーバックが、何度も肩からずり落ちた。角を曲がったところにー、同じ少年が立っていた。やはり、紀彦は、少年に気が付かない。


 その少年はー 

年の頃なら15歳くらい、ちょっと変わった―ひと昔前の風貌、幼い顔立ちに小利口さがにじみ出ている。少年は、先ほどと同様に紀彦の背中を目で追ってー、さらにその先の突き当りを見た。


この路地は、袋小路になっていた。


     x   x   x   x

 

 ―袋小路だ

紀彦は、行き止まりの少し手前で、足を止めた。

―なんてこった


彼は、肩を落とし、目の前に立ちはだかる塀を見上げた。

ただ、迷っただけなのに、なぜか不安と焦りが大きくなり、胸を締め付ける。

背中からおしりにかけて、汗でぬれて気持ちがわるい。


―オレって、こんなにビビりだったのか?

だが、ここでタソガレていると、本当に日が暮れてしまう。

―とりあえず、今来た道を引き返えそう


 紀彦は、気持ちを切り替え、踵を返した。

そのとき、塀の隅―地面からうずたかく積まれたゴミが、彼の目に入った。

廃棄されたゴミの塊が、かげろうのように、揺れていた。


 紀彦は、振り返り、目を凝らしてゆれているあたりを見た。

そのゆらぎは、不自然に大きくなり、ちょうど扉くらいの大きさになった。

ーとき、ゆらぎの中から、老人がひとりあらわれた。


 紀彦には、老人が、ゴミの中から出てきたように見えた。

―えっ、どういうこと。 彼は、目をぱちぱちと瞬いた。

短く刈り込まれた頭髪は真っ白で、顔は無数のしわで刻まれていた。


皮膚は緩み、そのため瞼が垂れ下がっており、かろうじて目が開いているのがわかる。年齢的には、70代後半だろうか。

老人は、深緑の作業服着て、作業ズボンをはいていた。その服装からー


―なんだ、ごみの中にホームレスの老人がいたのか……

と、紀彦は思った。老人は、彼を見て、細い眼を線のようにして穏やかに微笑んだ。 そして、その表情のまま、一歩二歩と彼に近づいてきた。


紀彦は、反対に一歩二歩と、後ずさりした。

―なんだか、気味が悪い

そこで、老人は止まり―再び、紀彦の顔を見、全身を眺めて大きく息をはいた。


「そこの、お前さん。迷わされたな」

老人は、歌を歌うようにいった。紀彦は、少し気にはなったが、ここは、関わりにならないほうがいいと、判断した。


紀彦は、聞こえないふりをして、足早に立ち去ろうとした。

「おい、おい、ちょっと待てー」

老人はあわてて、彼を呼び止めた。


―触らぬ爺さんにたたりなし。 紀彦は無視を決め込んだ。


だが、老人はあきらめなかった。彼の背中に向かって

「このままでは、帰れないぞ」

と、大きな声をかけた。紀彦は、歩みを止めて振り返った。


―もしかしたら、道案内してくれるのか。それは、助かるのだが……

ただ『帰れない』は、ちょっと大げさではないか。いい大人をつかまえてー

「よいか、このままではお前さん、やつのエサになるぞ」


老人は、いうに事欠いて、とんでもないことを口にした。

―えっ、迷子になったくらいで、だれかさんの『エサ』になるって……

(も、もしかしたら、この状況は、『たまとり』のしわざ) 紀彦は、緊張で顔が引きつった。


老人は、素早く彼に近づくと、したり顔で

「安心せい。わしが、お前さんを助けてやろう」

と、いい―。大きく息を吸い、カエルのように胸を膨らませて、口から息を吹き出した。


―う、うわっ、

紀彦は、息の風圧に思わず顔をしかめた。老人のくせに、とんでもない肺活量だ。しかも、老人が、息を吹き出した先―地上から1メートルの高さに、ぽっかりと黒い穴があらわれた。


穴の大きさは、直径60センチメートルはあるだろう。


紀彦は、ポカンと口を開けた。

「こ、これは、いったいー」

―どういことだ?


 紀彦は、路地に空いた穴と、その隣でドヤ顔をしている老人を見比べた。

「だから、助けてやろうというとるに」

老人は、いきなり紀彦の襟首をつかむと、強い力で、彼を穴の中に引っ張り込んだ。


     x   x   x   x


 紀彦が引き込まれたところは、住居内の和室だった。彼は襟を引っ張られた勢いで、畳の上にドッシンと転がりー、腰をしたたかに打った。


老人は、紀彦の横にどっかと腰を下ろし

「まあ、落ち着いて、ゆっくりしてくれ」

と、座布団をわたしてきた。


ーが、『落ち着いて』といわれても、できるわけがない。

「ここは、いったいどこですか。あ、あなたは、何者なんですか」

紀彦は声を荒げて 老人に詰め寄った。

お付き合いいただきありがとうございます。


1話あたりの文字数が約3,000文字を越えてきたので、1日1話の投稿になります。投稿は、毎朝 8:00am になります。よろしくおねがいします。

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